#16:第6日 (11) [Game] 名もなき町の調査

 町の中心へ行き、45分後にここで再集合と決めて、解散。

 俺は東へ向かう。3時の位置にはカフェがある。町で何かを尋ねるのはちょうどいい場所と言えるだろう。

 しかしそこにあったカフェは想像していたよりも遥かに小さな店で、場末のバーのカウンターだけがあるようなものだった。店主は女で、わりあい美人なのが唯一の取り柄か。ただし、年齢は定かではないけれども。

 他に客はおらず、一人でカウンターの椅子に掛け、お薦めを聞いて“カラカス”の“カラコル”にする。カラカスが豆の品種で、カラコルが等級。カラカスというとベネズエラの首都が思い浮かぶのだが、してみるとここはベネズエラなのだろうか。

 豆を挽いている間に、店主に訊く。

「ここに観光客はよく来る?」

「ほとんど来ないわよ。見るところなんて何もないし。キャンプに来る人がいるくらい」

「キャンプはどこでするんだろう」

「町の西にある、川の中の島よ。農地の向こうにちょうどいい河原があって」

「その北の、湖にある島は?」

「あそこは住人以外、入っちゃいけないの」

「じゃあ、湖で遊ぶのもダメ?」

「水辺で足を浸けるくらいならいいけど、船を浮かべるのはダメ。キャンプに船を持って来た人がいたら、町の誰かが注意することになってるわ。あなた、船を持って来た?」

「いいや、持ってないし、水遊びをする気もないよ」

 なるほど、何かしら秘密がある島なんだ。

 さて、本気で会話をしているとどんどん時間が経つので、コマンド・モードにする。余計な応接をしなくてよくなる。何しろ、1軒を3分45秒で回らねばならない。

 ただし、全く情報が得られない店もいくつかあるはずで、そうすると脈があるところでは4分から5分は使っていいということになるだろう。

「町の東に、刑務所の跡があるらしいけど」

「もう10年以上も前に閉鎖されたわよ」

「誰か有名な犯罪者が投獄されてたとか、知ってる?」

「さあ、私が子供の頃のことだから」

 嘘つけ。でも、たとえ彼女が大人になっていたとしても、10年前のことなら忘れていても当然だろう。

「勝手に入っちゃいけないのかな」

「もちろんよ。それに、渡るための橋が壊れてるわ」

 そんなものは何とかなるというのが、ゲームの中のパターンだ。

 しかし、ここからは何を聞いても彼女の返事は「知らないわ、私が子供の頃のことだもの」か「他の人に訊いてみて」の二つになってしまった。会話のシナリオがもう尽きたらしい。

 普通のモードに戻し。コーヒーを飲んで――もちろん「drink」と言うとカップの中身がなくなるだけで、味はしない――店を出た。

 次は“4時”の店。バーだ。閉まっていた。そりゃ、午前中だから。

 仕方ないので“5時”の店へ。小さな雑貨屋で、オリヴィアの買い物にちょうどよさそうな感じ。店番は老婆だったから、刑務所のことを知っているかと思いきや、「私ゃ、あそこが大嫌いでねえ」といきなり不機嫌になってしまった。

「看守が何人もいたのに、うちへ買い物に来たのは一人もいやしない」

 そんなことで機嫌を悪くしてどうする。だいたい、看守が欲しいのは酒やタバコや暇つぶしの道具で、雑貨屋で買えるものはたいてい支給されただろうよ。

 とにかく話にならないので、“6時”へ。"HOTEL"と看板が掛かっているのだが、どう見ても宿屋インだ。車を置くスペースがないから、モーテルですらない。

 亭主は気のよさそうな中年男。軽く挨拶してから、入り口近くの酒瓶が置かれた棚を見る。こういうところで情報をもらうには、何か買わなければならない。

 ウイスキーの瓶を持ちながら、「町の東にある、刑務所跡のことなんだが」と切り出す。

「ああ、あるね」

「あそこを見に来る奴はいる?」

「たまにね」

「誰か有名な犯罪者が収監されてたのかい」

「それはない。ただ、囚人がちょっと変わった仕事をさせられた時期があってね」

「何の仕事?」

「そりゃあ……」

 亭主が意味ありげに口をつぐむ。ここから先はお代がないと話さないよということだろう。瓶を持ってカウンターへ行くが、まだ買うとも買わないとも言わない。

「これ、うまそうなウイスキーだな」

 飲むつもりもないが、一応そう言っておく。

「そいつはウイスキーじゃない。カシャッサだよ。サトウキビから造る蒸留酒だ」

 聞いたことがない種類の酒だった。

「この地方の特産?」

「いや、ブラジルだ。サトウキビを原料にするのはラムと一緒で、製法がちょいと違うだけなんだがね。とにかくブラジルじゃあ、カシャッサとラムは違うってことになってる」

「するとラムは……」

「ラムがいいのかい? その隣のを持ってくればラムだったのに」

 そういう意味で訊いたんじゃない。ラムはどこの酒だと訊きたいんだ。

「ラムはこの辺りで作ってる?」

「こんな田舎で作るものかね。もっと北の、グアヤナの辺りだ」

 だからそれはどこの国の都市なのかと。いや、こんな問答をしてる場合じゃない。

「刑務所での変わった仕事ってのは?」

「ラムを作ることじゃないよ」

「もちろん、そうだろう」

 解ってて、言い渋ってるな。対価を要求してるわけだ。瓶の横に、キャッシュ・カードを置く。亭主がにやりと笑う。

「聞いたら驚くと思うね。蝶を捕ることさ」

「蝶を?」

「この辺りにたくさん棲む、モルフォ蝶だ。青と金の珍しい色の蝶でね。はねから染料を取ろうと研究してたらしい」

 蝶のはねから染料なんか取れるもんか。特に青は、鱗粉の構造による光の干渉で、そう見えるだけだ。色が付いてるわけじゃない。

「研究って、誰が?」

「所長だよ。何年がかりかでたくさん蝶を集めたらしいが、どうやら失敗で、研究はやめたそうだ」

「研究資料は?」

「さあね。持って行っても意味がないだろうから、所長室の金庫の中に入れたままじゃないのかな」

「このカシャッサ、くれるかい」

「泊まらないのに買ってくれるのかい。いい人だねえ、あんた」

 もちろん、情報をくれた報酬として買うんだよ。解ってんだろうに。精算を済ませたカードを受け取りながら、もう一つ訊く。

「蝶はどの辺りに棲んでるんだ?」

「北の森だ。ただ、あそこは道に迷いやすいから、行かない方がいいよ。囚人も、迷わないように身体にロープを付けて、森の中を歩いたそうだ。もちろん、逃亡を防ぐためだが、逃げたら迷って死ぬかもしれないってんで、誰もロープを外さなかったんだと」

 そうは言っても、何人かは脱走に成功したに決まってるぜ。もしかしたら、森の中にそいつらの骨が転がってたりするかもな。

 続いて“7時”へ。本屋だった。そういえば、さっきのところで湖について聞くのを忘れた。まあいい。

 本屋の店主は中年の婦人。なぜだか愛想が悪い。町の住民以外は、本なんか買うはずがないと思っているのかもしれない。

 本棚をざっと眺める。綴りからは、どうやらスペイン語のように思える。とはいえ、南米はブラジル以外ほとんどスペイン語だから、国を特定する手がかりにはならない。地図くらい置いてあればいいのだが、見当たらない。

 あるのは小説と雑誌と、ヴィデオ・ゲームの解説書だった。こんな田舎でもゲームをしている奴がいるのか。というか、ゲームの世界の中だからなのか?

 恐る恐る刑務所のことを店主に訊いたが、「あすこの看守は本も読まないんだから」と怒り始めた。意味不明。きっとここに、彼らの欲しい本や雑誌がなかったんだろう。官能小説とか美女のグラヴィア雑誌とか。

 “8時”の店はレストラン。昼食にはまだ早いからか、客は一人もいない。ウェイトレズもおらず。中年男の店主が暇そうにしているだけ。

 腹は減っていないが、情報を聞くのにただというわけにはいくまい。何か食べることにしよう。腹は膨れないからなんでも来いだ。お薦めを訊いてみると“アレパのチーズ詰め”だったので、それを頼む。

 コマンド・モードにして“待つウェイト”すると、一瞬で目の前に皿が出てくる。パン・ケーキのようだが、トウモロコシの粉で作るらしい。

「ところで、町の東にある刑務所跡のことだけど」

「ああ、あそこの看守はよく食事に来たよ。夜食の注文を受けて、持って行ったこともあったな」

「橋を渡らなきゃ行けなかったんだって?」

「そう。ところが途中で途切れててね。向こうから跳ね橋を下ろすと渡れるようになるんだ。もっとも、渡っても門衛がいて、中には入れなかったけど」

「その跳ね橋の部分が壊れてる?」

「いや、全部だ。閉鎖の時に、壊していったよ。どうして壊さなきゃならないのか不思議だったけど、別に止める理由もないしねえ」

 アレパのチーズ詰めはどういう味か判らないが、さっさと食べイート、「うまかった」ということにして店を出た。ようやく半分終了。

 7軒目、“9時”の店はカフェ。いや、こんなのは店じゃない、屋台スタンドだ。芝もないサッカー場の脇に、オート・キャンプのときに使うモーター・ホームのようなの――車で引っ張って行くあれ――を置いて、店にしている。そして近くにテーブルと椅子をいくつか。客がなければ、いつでも他に行くぜと行った感じ。

 モーター・ホームを覗くと、“3時”のカフェより豆の種類が多い。水も巨大なタンクを置いてある。店主はコーヒーのマニアかもしれない。中年の男で、もじゃもじゃの長髪に、半白の髭を伸ばして、哲学者のような面構えだし。

 一杯くれと頼むと、銘柄はと訊かれたので、「今日、一番うまそうなのを」と言ってみる。

「それだけじゃ選べんね。あんた、濃いのが好きかね、薄いのが好きかね」

 そういうの、こだわってもゲームの中じゃ意味ないんだぜ?

「中くらいだ」

「酸味は?」

「それも中くらい」

「砂糖とミルクはどれくらい入れる?」

「砂糖は入れない。ミルクは入れるとしてもほんの少し」

「よし、待っていなさい」

 いいや、普通には待ってられない。コマンド・モードで“待つウェイト”。すぐに湯気の立つコーヒー・カップが目の前に現れた。

「ところで、町の東にあった刑務所を知っているかい」

「さあね。僕はここに来てから日が浅いんで」

 やはりそういうことだったか。旅するコーヒー職人なんだな。注文する前に聞けばよかった。しかしそういうNPCは、必ずや後で何か別の役割があるだろうという気がする。ともあれ、飲んでドリンク、すぐに席を立つ。

「後で友人を連れてくるかもしれない」

「そいつはどうも」

 “10時”はバーだが、やはり閉まっている。後でもう一度来ないといけないんだろう。

 “11時”は貴金属店。こんな小さな町には不似合いだが、実のところは時計屋や電気工事屋も兼ねていると思われる。店主は俺と同い年くらいの若い男で真面目そうな顔つき。しかし、刑務所なんて全く知らないと言う。

 さて、残る店はあと三つ。

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