#16:第6日 (12) [Game] 噂好きの姉妹
スーパー・マーケットへ。小さな町にある店としては、大きい。町の食料品や何かを、一手に引き受けていると思われる。食品で売ってないのは酒類くらいだな。雑貨も、あの婆さんの店とは適度に競合を避けているようだ。
店員は、店主らしき中年の男と、その妻と思われる女。この女がどういうわけか、こんな片田舎にふさわしくないほどのラテン系美人。ただし、目を奪われるほどではない。
さて、この規模の店だと、俺の経験から考えて、一人か二人、品出し係がいるはず。そう思って見回っていたら、やはりいた。若い女が二人。いずれも美少女で、店主夫人に顔が似ているから、娘か。ただ、こんな勘が当たっても、嬉しいことも何ともない。
さて、店主から順に声をかけていく。キャンプのための食料品を見に来たと言うと「うちはいい肉を仕入れてるよ」と笑顔。キャンプではバーベキューと決めつけているような答えだ。
「この店は長いのか」
「ああ、親父の代からだからね。50年くらいかな。他の店が次々にやめるんで、仕事を引き取ってたら、こんな規模になっちまって」
「親父さんは隠居?」
「そう。腰を悪くして、店に立てないもんだから」
「変なことを訊くが、刑務所跡があるのを知ってるだろう?」
「ああ、あるね。でも、あそこの職員がうちへ来たことは、ほとんどないな。あいつら、レストランかバーにしか行かないんだ。他に欲しい物は、本部に注文すれば次の日にはグアヤナから送られてきたらしいんで」
だからそれはどこの国の都市なのかと。それはともかく、囚人の仕事について訊いてみたが、知らないと言う。ついでながら、夫人や娘にも声をかけてみよう。店主に、夫人の美しさを褒めてから、話しかけていいかと訊く。
「いいけど、マレリサは刑務所が閉鎖した後に来たから、何も知らんよ」
「どこから来た?」
「カラカスだ。友人たちとキャンプに来たんだが、どういうわけか俺のことを気に入ってくれたらしくて、以来毎年来てるうちにね、ハハハ」
ゲーム世界の中でのろけられたって、羨ましくも何ともない。さてそのマレリサには、刑務所のことは訊かず、キャンプのことを訊く。
「この店へ買い物に来たら、ラウルが親切にしてくれて、買った物をキャンプ場まで運んでくれたりして。一緒に来たボーイ・フレンズより彼の方が優しかったから、キャンプの合間に彼と会って話してるうちに、親しくなっちゃって」
だから、のろけられたって羨ましくないんだって。
「西の湖へは遊びに行った?」
「チカナン湖? いいえ、行ってないわ。あそこは聖地で、近付いちゃいけないって聞いたから」
「それは誰に聞いた?」
「川中島の農家の、ビレガスさんよ。まだいると思うけど」
ついでながら、二人の娘にも話を聞く。もちろん、マレリサに了承を得てから。姉のヴァネッサは15歳くらいで、妹のイレーヌが12歳くらい。学校へも行かず、なぜ朝から働いているのか。それとも今日は休日という設定なのか。
彼女たちにはキャンプのことは訊かず、刑務所のことを尋ねる。
「刑務所のことで、何か知ってることはあるかい」
「噂しか知らないわ」
ヴァネッサが答える。そうだろうと思った。こういうことは、子供の間で話が広がるものだ。中には真実も嘘も混ざっているだろうが。
「何でもいいから聞かせてくれ。礼に、君たちが勧めるものを一つずつ買おう」
「あら、そんなことしてくれなくても」
「いいから、何でも」
「中で、幽霊が出るのよ」
そういうのもあるだろうと思った。
「ということは、夜に誰か入ったことがある?」
「誰かは知らないけど、入った人はいると思うわ」
「でも、橋が壊されてるんだろう? 川を渡れるのかい」
そういえば、川はまだ見ていない。ここが南米なら、幅の広い、ゆったりした流れだろう。ただ、ピラニアがいたりするかもしれないが。
「床板は全部外してあるんだけど、両端の鉄材が残ってるのよ。そこを歩けば渡れるかも」
「見に行ったことがあるんだ」
「ええ、もちろん」
言いながら彼女は、イレーヌと顔を見合わせた。二人で行ったのか。
「刑務所の側は跳ね橋と聞いたが」
「それはきっと下りてるわ。だって、中の人が出て行くときには、下ろしたはずでしょ?」
確かに。しかし、渡れないように何かしてあるかもしれないぜ。見に行かなきゃ判らないけどさ。
「中で蝶を飼ってたって話は知ってるかい?」
「知ってるわ! 金色の蝶が、すごくたくさんだって」
今度はイレーヌの方が答えた。幽霊の話なのに怖がったりせず、むしろ俺とヴァネッサの話に加わりたかったように見える。姉妹で橋を見に行ったのは、イレーヌが誘ったからかもしれない。
「モルフォ蝶というらしいが、実物を見たことは?」
「ないわ。ウェブや本の、写真で見ただけ。でも、北の森にいるのは知ってる」
「北の森へ行ったことは?」
「ないわ。だって、行ったら迷子になって、帰って来られないんだもの」
「森へ入らずに、手前まで見に行ったことは?」
「…………」
また姉妹で顔を見合わせた。あるんだな。解った。
「刑務所の囚人が、森へ蝶を捕りに行ったらしいが、どうして迷わなかったか知ってるかい?」
「たぶん、地図があるんだわ」
「森の奥まで調べた人がいるんだろうか」
「知らない。でも、たくさんの人で探せばできるんじゃないかしら」
「そうか。たぶん、そうだろうな」
そりゃ、囚人が森で迷って死んでも、刑務所としては困らないだろうから。
「どうもありがとう。約束どおり何か買うよ。お薦めは何だい?」
「キャンプに来たんでしょう? じゃあ、お肉をたくさん買って。とても美味しいのよ! 10キログラムくらいでいいから」
ヴァネッサが嬉しそうに言った。君、肉10キログラムがどれだけ大量か、解って言ってるのか。とりあえず肉売り場へ行って、カートに肉を放り込む。さてイレーヌよ、君は?
「買わなくていいから、もし刑務所を見に行くのなら、後でお話を聞かせて。キャンプの場所は川中島? 夜に、そこへ行っていい?」
君、夜中に男のところへ忍んで来るのがどういう意味か、解って言ってるのか。
「ハンニバル、まだここにいたの。早く次へ行きなさいよ」
オリヴィアに追い付かれてしまった。君が早過ぎるんだよ。あと15分もあるぜ?
カートを押してキャッシャーへ行き、マレリサに精算してもらう。途端に、カートの中の肉塊が消えた。もちろんアイテム化されたからだが、どこに、どうやって持っていることになっているのだろう。
「ねえ、夜に行っていいでしょう?」
店の外へ出たのに、イレーヌが付いて来て訊く。なかなかしつこい。ゲームの展開を考えると、夜までここにいるかどうか不明だが、「いいよ」と答えておく。この姉妹は、もしかしたら後で別の情報をくれるようになるかもしれないので。
残るは二つ。“1時”の店は薬屋。店番は老婆。耳が遠いらしく、何を訊いても「何の薬です?」としか言わない。たぶん、オリヴィアでないと聞き出せないだろう。
最後、“2時”の店はレストラン。ヴァーチャル・タイムが昼に近いので、客がいた。店主は料理で忙しくなっていて話が聞けないので、ウェイトレス――若くて綺麗、明らかに未成年――に話を聞く。もちろん、彼女だって忙しい。注文取りと、皿運びだけが仕事だけど。
「刑務所跡があるだろう。見に行ったことあるかい」
「橋が壊れてて、渡れないわ」
「どんな風に壊れてるか、見たことはあるんだ」
「あんなの、とても渡れないわよ」
「でも、渡った奴がいるらしいじゃないか」
「私もそう聞いたんだけど、誰なのか知らないわ」
答えながらウェイトレスは、視線を一瞬だけ逸らした。これは、そいつのことが頭に浮かんだのを意味するはず。
「『それが誰か知ってる人』を紹介してくれたら、礼をするよ」
「今、仕事中だから」
「もちろん、仕事が終わってからでいいよ。俺はもうしばらくこの辺りにいるから」
「それより、あなたのご注文は?」
「何がお薦め?」
「アレパの牛肉詰め」
「じゃあ、それを」
ウェイトレスは行ってしまった。“
町の中心へ戻る。ウィルもフィルも既にいた。オリヴィアは買い物なので、待たずに先に情報のすりあわせを始める。まず、ウィルの報告から。
「あそこの岩場は、洞窟ができやすい地質らしいよ。何ていうんだっけ、鍾乳洞? 穴がたくさん空いてたり、水で溶かされやすいところと、そうでないところが入り交じってて、凸凹の多い地形になって」
「カルストだよ。そんな名前はどうでもいいが」
「とにかく、古代の人はその穴を住居にしてたんだってよ。で、それとは別に、削りやすい岩の層もあって、このへんに家を作るとき、壁石を切り出して持ってきたって。だから、とにかく穴だらけ。で、最近の噂じゃあ、そこに誰かが住んでると。刑務所があった名残からか、“逃亡犯”とか“死刑囚”って呼ばれてる。ほんとは何だか、よく判ってないんだけどね。でも、とにかくそいつ、何かヒントを持ってると思うよ」
「岩場でどうやって生活してるんだ。野生動物の狩猟をしてるのか」
「それがねえ、そいつら二人組で、若い方がときどき買い物に来るっていうんだよ。金をどうするのかと思うだろう? 持ってないんだけど、若くてハンサムだから、町の若い女性たちが食べ物や何かを恵んでやってるって話なんだ。誰に聞いても『そういう人がいるらしいけど、誰かは知らない』って言うんだけどね。でも、目星は付いたよ」
「刑務所のことでも、若い女がいろいろ情報を持ってたよ。“噂”として」
「後でコエリーニョに聞き込みしてもらおうよ」
「そうするか。彼女の聞き込みは、シナリオ・ライターが泣いて喜ぶくらいうまいらしいからな」
「何、それ?」
ゲームが始まる前にエンリケ氏が褒めてただろうが。もしかして、エンリケ氏に激励されたことで興奮して、聞いてなかったのか?
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