#16:第6日 (7) 大食の女が二人
カリナの服は、日に日に露出度が上がっている気がする。今日のブラウスの透け具合はすごい。ブラジャーのデザインがはっきり判る。それに盛り上がりの絶妙なカーヴまで。
これって、ベチナが家から持ってきたんだよな。カリナが帰らないから。どういう考えで選択したのかなあ。
ともあれ、昨日と同じように二人で東へ歩いて、駐車場へ。今日は車のところに誰もいなかった。乗ってから、カリナに電話を借りる。ニコーリの連絡先を訊くのを忘れていた。レジーナをデートの誘っていたせいだ。
ホテルに電話してアイリスに訊いてもいいのだが、
「アカデミアのメンバーへのメッセージがあれば、承ります。あなたへのメッセージを訊きたいときは、お名前をどうぞ」
「財団のアーティー・ナイトだが、俺へのメッセージがあるはずだ。マリオット・ホテルのカリナからだと思う」
「セニョリータ・カリナ・ダ・シウヴァから、セニョール・アーティー・ナイトへの録音メッセージを再生します」
ニコーリの電話番号。個人の携帯端末のものだと。つまり、彼女と直接話ができるわけだ。
それから画家のジョルジーナについて。
「2020年生まれ、24歳。出身はリオとされていますが、地域は不明。ファヴェーラ出身という噂もありますが、詳細は不明。美術界へのデビューは2042年から。リオ出身の画商エイトール・ドス・サントスの紹介。前歴不明。会派には所属せず。水彩画が専門で、雨の風景が特に評価されています。代表作は『雨のコパカバーナ』『雨のポン・ヂ・アスーカル』『雨のサンボードロモ』。現在、リオ美術館で特別展を開催中。画風は古典派だが、ファッションは前衛的。趣味は
ここ数日、アイリスに会ってないけど、彼女は情報集めに関してはけっこう有能だということが判った。明日はちゃんと礼を言ってやらねばならない。土曜日なのに来てくれれば、の話だが。
レストランへ向かいながら、ニコーリへ電話。アーティー・ナイトだと名乗ると「ウアゥ!」と喜んでいる。俺が電話をすると、女は必ずこの感嘆詞を吐くよな。驚きと喜びという違いはあるけれども。
「感激です、プロフェソール! あなたから電話をいただくのは、ホテルのコンシエルジュを通じて連絡がありましたけど、まさか本当にいただけるなんて」
「毎日、律儀に報告をくれたからな。それで、課題についてだが」
「私の考えは、正しかったでしょうか?」
「部分正解だが、合格点をやっていいだろう」
「ありがとうございます!」
「世界地図を例に出したのなら、大圏航路より、東回りと西回りの距離差の方がより正しかった」
「ええと……ああ! そういうことですか。世界地図で、アフリカとオーストラリアは、南米大陸を挟んで遠いように見えるけれど、インド洋経由ならもっと近い……」
「そういうことだ」
南北アメリカ大陸を中心とした世界地図では、左右の端にインドの辺りが描かれている。アジア大陸がど真ん中で分断されているのだ。
その地図だと、アフリカとオーストラリアは左右に遠く離れているが、地図を丸めて端どうしをつなげると――もちろん地球儀の方がより解りやすいが――インド洋を挟んで近いのだということに気付く。
つまり、平面の地図上で離れているほど、実は近い。即ち、負の相関というわけ。
「しかし、俺は地球から思い付いたんじゃないんだぜ。実は、ヴィデオ・ゲームからだ」
「ヴィデオ・ゲーム?」
「ある有名な、古いヴィデオ・ゲームなんだ。画面は迷路のようになっていて、その中でキャラクターを動かすんだが、その迷路の一部は、画面の左右の端でつながっている。“ワープ・トンネル”と呼ばれる通路があって、右から入ると左へ、左から入ると右へ移動できる」
「そんなところから!」
「そのゲームが何だか判るかい。今、答えられないのなら、明日までの課題にしようか」
「判りませんので、調べます!」
やけに嬉しそうだ。課題を出してよかったんじゃないかな。
さて、車はもうレストランに着いた。この前夕食を摂った『ア・カペラ』。カリナのお気に入りの店なのか。いや、気兼ねせずに大食いできるところなのかな。
「私にもお時間をいただくことになっていましたが、いつか決めて下さいましたか?」
店へ入る前に、カリナが訊いてきた。もちろん俺だって、忘れていたわけではない。
「明日の10時から3時間、ただし昼食と移動時間を含む、ということでどうだろう。君とは食事する機会が多いし、他の人よりは時間を取っているつもりなんだぜ」
「結構ですわ」
「ただ、君の前にも約束があるので、5分や10分、減るのは我慢してほしい」
「それも結構ですわ」
ブラジル人なら、30分や1時間遅れたって平気と言って欲しいくらいだ。
「場所は、すまないがホテルに迎えに来てくれ。その時に伝える」
「そのままホテルのあなたのお部屋でお話しするのでも構いませんわ」
どうしてどいつもこいつも俺の部屋に入りたがる。というか、カリナは毎日、俺の部屋に入ってるじゃないか!
「それでいいかどうかも、その時に決めよう」
「では、そのように」
それから、レストランへ入る。テーブルに案内されたが、既に先客がいる。マヌエラだ。いつもながらの、むすっとした不機嫌な表情。
「俺が呼び出したことになってるのかな」
カリナにそっと尋ねる。
「もちろんです」
レストランへ入る前に、会う相談をした理由が解った。マヌエラに聞かせたくなかったんだ。
「他の3人は?」
「彼らだけで昼食に行っているはずです」
「マヌエラだけ、食べる量が違うからな」
「彼女と一緒なら、私も気兼ねなく食べられますから」
昨夜は気兼ねしていたように思えなかったんだがなあ。とりあえず、マヌエラの向かいに座る。カリナは俺の隣。
「やあ、マヌエラ。呼び出しに応じてくれてありがとう」
「契約の話を、するっていうから」
あれ、契約ってことになったままなのか。オリヴィアへの言い訳のはずだが、引っ込めたくないってことかい。
「その話は、食べてからにしよう。昨夜のように、好きなだけ注文してくれ」
「好きなだけ食べたら、あなたの言うことを聞くってわけじゃないわ」
「もちろん、そのつもりだよ。そもそも俺は、金や食べ物で人を釣るのは好かないんでね。命令で言うことを聞かせるのも嫌だし、ちゃんと話し合いをしようや」
「…………」
昨日は「命令」という形にしたが、同じことをしては芸がない。レジーナですらデートの誘えたんだから、マヌエラにもまだ何か違う
ただ、今日は彼女の出番がないはずなので、やる気を出させる必要はない。明日に備えて、
とりあえず、注文。この間は食べなかった、チキン・カットレット――フランゴ・ア・パルメジアーナ――にしておく。カリナは。
「ランプ・ステーキとフライド・ポテトとブロッコリー・ライスのプレート、バカラオのソテー、カマラオン・ソースがけ、フランゴ・ア・パルメジアーナ」
この前と一緒だな。それが彼女の定番なのか。で、マヌエラ。
「彼女と同じ」
「三つとも?」
ウェイターが怪訝な顔で訊き直す。まあ、そうだろう。カリナは三人前でも“入る余地”がありそうな身体つきだが、マヌエラはそうじゃないんだから。
「ええ、三つとも」
「スィン・セニョリータ」
それからウェイターは俺の顔を見る。なぜだ。「どうして男であるお前が、もっとたくさん食べないんだ」って? 余計なお世話だ。さっさと料理を作って持って来い。
「オリヴィアたちは、今日のゲームの研究をしてるかい」
「してないわ。どんなステージになるか、判らないんだもの」
「傾向はないのかね」
「ないことはないわ。前の二つのステージとは、違うジャンルになることが多いってくらい」
「前の二つはアドヴェンチャー・ゲームだったな。そうすると今回はロール・プレイング・ゲームか」
「そんな単純じゃないわ。アクションが入っていたり、パズルが入っていたり」
「予想は別として、君がやってみたいジャンルはあるかい」
「私は何だって構わないの」
そんな不機嫌そうに言わなくても。
「じゃあ、ウィルは何をやりたいか言ってたか」
「どうしてウィルなのよ」
「奴が一番やる気がありそうだろ。知識もテクニックもあるだろうし」
「彼が好きなのは、ダンジョン・クローラー」
「モンスターを倒して宝を見つける?」
「そう」
「バトルが多いと、2日じゃ終わらなさそうだぜ」
「ステージの一部だけがダンジョンになっていれば、満足なのよ」
「君はロール・プレイングがやりたいだろう?」
「だから、何でもいいんだってば!」
そんなに怒ったふりしなくても。
「でも、騎士が活躍するのにちょうどいいぞ。俺は盗賊をやってみたいな。宝箱を開けるのが好きなんだ」
「リーダーの職業に盗賊は選べません。戦士か騎士か魔術師だけです」
カリナが横から口を出してきた。まあ、そうかな。盗賊がリーダーなんてのはおかしいよ。チーム全員が盗賊というのが許されるならまだしも。
それより、マヌエラの呟きの方が気になるなあ。「閣下が盗賊なんて」って言ったよな? 心の中で言ってりゃいいのに、どうして口に出すんだか。
しかし、それを尋ねることはできなかった。料理が来て、マヌエラとカリナが猛然と食べ始めてしまったから。
カリナの食べ方は以前同様“淫ら”なんだが、マヌエラは……“がさつ”かな。貧乏人らしいといえば、らしい。少なくとも俺の前で、食べることに遠慮はないようだ。
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