#16:第4日 (16) 夜のトレイニング
プレイ・ルームを出てから、いつものようにオリヴィアとローナを駅へ送り届け、その後はカリナとドライヴ。もちろん、スサナとの夕食のため、ヒルトンへ向かっている。カリナの服は昼間と変わっていない。ドレスを買うと言っていたが、どうしただろう。
「ローナと話をした?」
「彼女がゲームを見るのに夢中で、なかなか話が進みませんでした」
「そんなに熱中していたのか」
「特にあなたのプレイを」
「目を奪うようなところがあったかな」
「あなたが気絶させられる直前に、『気を付けて』と呟いてました」
あそこで襲われそうだと気付いたのか。俺は何か見逃したかな。
「自分がリーダーのつもりで見ていたか」
「そうかもしれません」
「君は何か気付いたかい」
「一つ、面白い発見をしました。ソーラという女性のことで」
「彼女が何か?」
「アヴァターの造形が、他の3人と少し違っていたんです。あなたのはきっと、合衆国の男性が好むタイプに調整されていると思いますわ」
そんなことが。しかし、仮想世界だってそういう調整をされている気がするから、ゲームの中でしていたって驚くほどのことではないよな。
「男と女でもアヴァターが違ったんじゃないか」
「そのとおりです。オリヴィアと、他の二人も違ってました」
「君はどのタイプが好ましいと思った」
「あなたの見ているソーラです。私は考え方が男性的なのかもしれませんね」
女の誰もが憧れるようなプロポーションのくせに、よく言う。しかし、カポエイラをしているのは、性格に何かしら攻撃的なところがあるからかも。
「それで、ローナはゲームをしたそうだったかい。何かいい誘い文句はありそうか」
「ええ、いくつか。でも、明日のプレイ前に彼女と二人きりで話をする時間を持つことをお薦めしますわ」
そういう時間を欲しがっているのは君だろうに、ローナにはずいぶん親切なんだな。
「まず、そのための誘い文句を考えなきゃあ」
「後ほどアドヴァイスします」
「しかし、時間が問題だ。俺は明日も5時まで仕事があるはず。プレイ前のミーティングもできない」
「明日は州立大学と科学アカデミーを視察と伺っていますが、州立大学を後になさったらいかがです? e-Utopiaの目の前ですわ。そうすれば移動時間のロスが少なくて済みます」
そんなことを今頃言われても、明日の予定はもう決まっているだろう。アカデミーが午前中になっていれば、レジーナに会えたかもしれないけどさ。アイリスに確認しようにも、この時間では帰ってしまってるだろうし。
車はすいすいと走り、ヒルトンへ。9時半に着いた。スサナは既に待っていた。カリナは電話をしていなかったが、出る前にしたのか、それとも自動で電話するアプリケイションを使ったのか。
とにかくスサナはちゃんとディナー向けのワイン・レッドのドレスを着ていた。トレイニング・ウェア姿しか見たことがないので、新鮮。それにしても、そんなに胸を強調して。もちろん、カリナに対抗するつもりだろう。
そのカリナは「着替えてきます」と言って車を降り、後ろのトランクからバッグを取り出して、ホテルへ入っていった。化粧室を借りるのだろう。
空いた運転席に、スサナが滑り込んでくる。薄化粧をしているので、朝の健康的な印象とは全然違う。
「あなたもディナー用の服を着てきて欲しかったけど、約束してないから仕方ないわね」
そうは言うが、これだってスマート・カジュアルなんだぜ。ディナーだから、ジーンズは避けたんだ。
「本当はあなたと二人きりで話をする機会が欲しかったけど、それは明日以降に」
「そういう約束をしたがる女性が多くて、時間が取れるか判らないよ」
「そんなことないわ。必ず機会があるはずよ、土曜日までに」
「そうかな」
どういうことか、よく判らない。そういうときは、相手の目を見る。サングラスをかけていないスサナの目は、とても綺麗だ。何となく解った。
「じゃあ、それまで手の内は明かさないことにするよ」
「もちろん、それで構わないわ。ただ、今のところあなたの手持ちのカードの方が多いみたいで、羨ましい限りよ」
ゲームで余計な時間を取られてるのに? あの中に今回のターゲットのヒントがあるか、一応探してるんだが、今のところは皆目だ。
しかし、もしかしたらスサナもゲームに参加しているかもな。ユーザーネームとアヴァターで、プレイヤーが誰かは判らないようになっている。今日は夕方から空いていると言っていたので、1組目に参加していたかもしれない。
カリナが戻ってきた。いつもながら着替えが早い。黒のドレスだが、華美ではない。しかし、胸を強調している。特に谷間。よほど自慢したいのだろう。
「私が運転するわ。後ろにお乗りなさいよ」
「そうですか。では、お願いしますわ」
スサナの言葉に、カリナは素直に従った。レストランの場所も、スサナが知っているからだろう。アトランチカ通りを走り、マリオットとのちょうど中間辺りにある『ペルグラ』へ。
俺の隣にどちらが座るかで揉めるのでは、という気もしたが、屋外の丸テーブルへ案内されたので安心した。
メニューもスサナが決めてくれていて、前菜はツナとアヴォカドとカシュー・ナッツのレモン和え、メインが椰子の芽のローストと豆のサラダ、サイドに野菜のグリル、そしてデザートはキャッサバ・ケーキ。さすがアスレティック・トレイナー、脂肪を極力抑えている。
食事中はほとんどスサナがしゃべっていた。今日視察した、女子フットボール・チームのトレイニングについて。俺が教えたドリルは、スサナが用意している練習メニューの中にいくつか取り入れたそうだ。
カリナはゆっくり食べている。昨日、見せつけた旺盛な食欲は、ここでは封印している。ポンは昨日と同じく8カップ食べたようだが、彼女の場合、それで腹が膨れるとは思わないんだがなあ。
滞りなく夕食が終わり、マリオットへ。なぜか、俺の部屋へ行くことになっている。でも君たち、ドレスだぜ。それでどうやってトレイニングするんだよ。
部屋へ入る前に、
「週末は劇場でどなたかとお約束ですか?」
いつの間にか背後に近付いていたカリナが、肩越しに訊いてくる。君、スパイに向いてるな。秘書の肩書きは仮のもので、本当は他社に潜り込んで情報を奪ってるんじゃないのか。ゲーム業界は競争が厳しいらしいからさ。
「ああ、知り合いからだが、いつもすっぽかされるんで、行かないつもりだ」
「自分から約束をして破るなんて、ひどい人もいらっしゃるのね」
それから部屋へ。何か飲むか、と訊こうとしたら、二人で和やかに談笑しながらバス・ルームへ入っていこうとする。
「ヘイ、そっちはトレイニング・ルームじゃないぜ!」
「トレイニング・ウェアに着替えるだけよ」
スサナが言い、笑顔でドアを閉めたが、ウェアを持っていたとは思えない。普通のハンド・バッグしか持っていなかったはず。そこに入るウェアというと?
飲み物を用意して待っていると、二人はすぐに出てきた。予想どおり、水着。もちろんビキニ。カリナはいつもので、スサナはいつもと違って面積が小さい。それはトレイニング・ウェアとして果たして適切なのだろうか。
「アーティー、あなたも一緒にやりましょうよ」
誘われると思ったよ。美女二人のトレイニングを黙って眺めているわけにもいかないので、「着替えてくるから先に始めておいてくれ」と言ってバス・ルームへ。しかしドアを開けた瞬間、まずいと思ったが
そちらをなるべく見ずにTシャツとジャージー・パンツに着替え、リヴィング・ルームに戻る。二人は四つん這いになって片脚を横に上げ、膝を曲げ伸ばして“キック”を繰り返しているところだった。後ろから見たら、さぞかし官能的な光景だっただろう。
カリナの右にスサナがいるので、俺は左へ。次は床に肘を突き、腕立て伏せのような姿勢から、足を延ばしたまま横へ“キック”。左右を交互に繰り返す。カリナが“キック”をするたびに、胸の下のメロンが大きく揺れる。床にこすりそうだ。
続いて、四つん這いに近い姿勢で、前後に動く。膝は床に着けず、背中を床と平行に保つのがポイント。ベア・クロールという。次に、同じ姿勢で左右へ。
その次、膝を曲げて座り、後ろに手を突いて、尻を上げ、その姿勢で前後に動く。クラブ・ウォーク。さっきは熊で、今度は蟹というわけ。やはり同じ姿勢で左右の動きもある。
今度は立って、前屈し、床に手を突き、そのまま手で前に“歩く”。背中が伸びたら、足で歩いて手に近付け、立つ。再度前屈し、足を後ろへ動かして、背中が伸びたら手で後ろへ。インチ・ワームという動き。
いずれも体幹を鍛える運動で、ゆっくりと、リズミカルに、バランスを取りながらやるのがポイント。フットボールなら
次はまたベア・クロールの姿勢。ただし膝はなるべく伸ばして、尻を高くする。右手を床から放し、左足を浮かせて身体の下を通して、クラブ・ウォークの姿勢に。今度は左手を放し、右足を浮かせて身体の下を通して、ベア・クロールの姿勢に。これを繰り返す。
何回かやったら、今度は逆回転。だんだん手首が痛くなってくる。終わったら手首をよくほぐしておくのがポイントだそうだ。
どれもゆっくりした動きなのに、結構きついなあ。それにどの運動でもカリナの胸が揺れに揺れて、気が散ってしまう。
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