#16:第4日 (14) [Game] 背の高い女
背の高い女は少し躊躇した後で、バス・オフィスへ入っていった。俺は入らず、外で様子を窺うことにする。しかし、彼女はどうして一人なのだろう。黒服たちはどこへ行ったのだろう。
一番ありがちなパターンとしては、もう一人の背の低い女が重要人物であり、彼女はその保護者であったのだが、黒服の男たちに重要人物をさらわれ、彼女一人が捨てられた、というもの。ゲームというか、映画の筋だよなあ、これじゃ。
とりあえず、仮名を付けようか。
ただ、声のかけ方が難しい。直接かけると、俺が怪しまれる。できれば、彼女が危ない目に遭って、そこを俺が助ける!という展開になることを望むのだが、そのために彼女を危ない目に遭わせるのもよろしくない。
「ここで何をしている」
ありゃ、俺の方が声をかけられたよ。いかにも怪しげな男の声で。振り返ると、黒服の男が一人。サングラスをかけていて表情が読めないが、少なくとも口元に笑みは浮かべていない。顔が長いことしか判らない。
もしかして、博物館で俺と目を合わせた男? ここまで
「乗り合いバスのことを調べに来たんだ。ここ、バス・オフィスだろう?」
とりあえず正直に言う。何しろ、
「どこへ行く?」
「オリャンタイタンボだ。あんた、オフィスの人? それとも、タクシーを紹介してくれるのか。でも、バスの方が安いって聞いたよ」
よどみなく答えたせいか、男はそれ以上何も言わず、振り返って立ち去った。しかし、
「
「
今度は男が悲鳴をあげてすっころんだ。勢い余って、顔から地面に落ちたようだ。下は石畳だから、痛いぜ。もちろん、
「バス・チケットが欲しかった? でも、彼女に返してやりなよ」
言いつつ、右手を背中へ回して捻りあげる。コマンド・モードでこんなことができるとは驚き。男はまた悲鳴をあげ、持っていたものをあえなく放した。それを回収する。しかし、チケットではなかったようだ。
手を放し、身体の上からどいてやると、男は素早く立ち上がって逃げていった。そっちの角を曲がると黒服がいるはずだけど、仲間じゃないよなあ?
「私の紙を取り返していただいて、ありがとうございました」
「チケットと間違われたようだな。手に持たないで、バッグに入れた方がいい……バッグを持ってないのか」
言いながら、紙を
「はい、少し事情がありまして」
「バッグも盗られた? 困っているなら、警察へ行ってみれば」
「はい、そうします……」
と、言ってはいるが、
「俺はコレクティーボのチケットを買いに来たんだが、もしかして今日のは買えないのかな。
「いえ、売っていると思います。ただ、人数が集まらないと出発しないそうなので」
なるほど、そういうシステムか。
「じゃあ、買ってこよう。君は買わなくていい?」
「いいえ、買えないんです。お金が足りなくて」
「いくら足りないんだ」
「10ソーレスです」
全額だ。そういうのは不足じゃなくて、無いって言うんだぜ。
「財布も盗られたんだな」
「はい」
「申し訳ないが、俺は君の分を買うほど余裕がなくて」
「いえ、私の分まで買っていただこうとは……」
「やっぱり警察へ行った方がいいよ。それじゃあ」
「あの……少しだけ、相談に乗っていただけますか?」
突き放そうとすると、捕まりに来る。やっぱり
ひとまず、彼女を連れてバス・オフィスへ。チケットを買うと言ったからには、買わねばならない。10ソーレスで買うと、すぐ横の駐車場の前で待っていろ、10人集まったら車を出す、と売り子が言う。昼間だと20分から30分待てばいいようだ。そしてオリャンタイタンボまで2時間ほどかかる。
「さて、俺はどんな相談に乗れるだろう?」
オフィスを出て、北へ歩きながら
「私はマチュ・ピチュへ行きたいのです。そこへ私を連れて行ってくれる人を、一緒に捜して下さいますか?」
なるほど、俺が金を持ってないことを臭わせたので、「連れて行って下さい」ではなく、「連れて行ってくれる人を捜して下さい」になったわけだ。
「どれくらい急いでいる?」
「なるべく早くです」
「今日の何時までに、向こうへ着かなければならないという制限は?」
「それはありませんが、可能な限り早く」
もちろん、それがこのゲームの中での、ミッションの一部に違いない。そしてあの山上の遺跡で大冒険が始まるわけだ。いいねえ、仮想世界のステージになってないのが不思議なくらいだよ。
しかし、彼女を連れて行こうにも、金の都合というものがある。先ほどチケットを買ったときに残額を確認したら、454ソーレスだった。使ったのは、タクシーで3ソーレスを2回、遺跡で10ソーレス、博物館で20ソーレス、そしてチケットで10ソーレス。つまり元々500ソーレス持っていた。
残金でマチュ・ピチュ行き列車のエクスペディション・クラスには乗れるが、必要な金はそれだけじゃない。向こうへ着いたら遺跡行きのバスに乗るし、入場料を払う。その他にも何かといるはず。
他のメンバーも、所持金が減っている。一人当たり450ソーレス残っていると仮定しよう。4人で1800ソーレス。彼女を含めた5人分の列車チケットの代金は1500ソーレス。ぎりぎりだ。ウィルが無駄遣いに注意してくれたのは正解だったな。
「友人と一緒に来ているんだが、彼らと相談してもいいかい? きっと君の力になってくれるよ」
「それは……」
美人が答えないので、少し話を逸らす。
「自己紹介を忘れていた。ハンニバルだ」
合衆国から来た、と言うべきかどうかわからないので、今は言わないでおく。
「……ソーラです」
名前を言うのを、一瞬躊躇した。偽名かも。しかし
「OK、ソーラ、マチュ・ピチュへ行きたい理由を教えてくれる? もし言いたくないというのなら、無理には聞かないよ」
ソーラはまたしばらく考えてから「今は言えません。お許し下さいますか」。となると何かまた信頼を博すイヴェントを発生させなければいけないわけで、そこは仮想世界と同じだな。
歩いているうちに、エル・ソル通りに出た。太陽神殿に近い。「友人に連絡する」とソーラに言って、コマンド・モードに入る。彼女にはどう見えているのか、少し気になる。一斉メッセージで「尋ね人発見。集合場所変更、太陽神殿前。手が空き次第来られたし」と送信。
エル・ソル通りを渡り、緩やかな坂を登って、1分ほどで神殿前へ。広場はないが、歩道に少し広くなったところがあるので、そこで待つ。一応、周りを警戒する。黒服の気配はない。
「OK、ソーラ、クスコへは何をしに来たか教えてくれる?」
合衆国民はこうして名前を何度も呼ぶことで相手に親しみを感じさせようとするが、果たしてこのゲーム内では有効なのだろうか。
「今は言えません。お許し下さいますか」
答えはさっきと同じだった。これではどこの国から来たのかも訊けない。間が持たないな。どうしようか。マチュ・ピチュへはどうやって行くことを予定してたか訊いてみる。
「列車のチケットを持っていたのですが、それもバッグと一緒に盗られてしまって……」
「それは何時の便だろう? クスコから出るのは朝早くだけだから、オリャンタイタンボを1時? 3時?」
「3時です。オリャンタイタンボへはタクシーで行くつもりでした」
「残念ながらそれにはもう間に合わない」
今、2時だ。タクシーに「倍出す」と言って飛ばさせても無理だろう。
「はい、それは諦めています」
「エクスペディション・クラスは夜7時と9時があったと思うが、それに間に合えばいいな」
「はい」
「盗まれたことを、警察へ言わなくてもいいのか」
「それは……事情があって、できないのです。お許し下さいますか」
話が続きかけても、すぐに「言えない」「できない」「お許し下さい」になってしまう。もちろん、ゲーム内の定番であって、何かのキーワードを聞かせたりキー・アイテムを見せたりすればうまくいくはず。しかし、俺は短時間でそれをやるのが下手なんだよ。早く誰か来てくれないだろうか。
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