#16:第2日 (13) Ready for play

 入ると、先ほどの部屋――おそらく控え室――の4倍くらいの広さ。縦横10ヤードほどの正方形で、壁が4面とも全面ディスプレイになっているようだ。

 そして“トレッドミル”は――正式名称くらい教えてくれてもいいと思うのにまだ知らない――四つがそれぞれ四方の壁を向くように、即ち十字型に、全員が背中合わせになるよう設置されていた。

 ちなみに装置の“向き”が解るのは、トレッドミルのように前に操作パネルが付いているからだ。

「ウアゥ! ウアゥ! ウアゥ!」

 ウィルが興奮してうるさい。ようやく頭を抱えなくなったようだ。アドレナリンが出て、痛みが引いたかな。

「こちらへ、アーティー。これがリーダー専用の装置だ。他の三つは誰がどれを使ってくれても構わない。ところで、ユーザーネームを考えたかね?」

「本名ではいけないのか?」

「いけないことはないんだが、残念ながら“アーティー”は予約名なんだ。アーサー王にちなむ名前を付けたがるプレイヤーが多くてね。その他の有名人の名前と共に、一般のプレイヤーには解放していないんだ」

「僕の名前! 僕の名前!」

 後ろでウィルがわめく。指差す壁が、例の“古代の壁画”風のグラフィックになっていて、そこに"Cara Cebola"の文字。あれが奴のユーザーネームか。エンリケ氏がまた苦笑する。

「彼はユーザーIDを持っているようだね。しかし君はゲストIDでログインすることになる。ああ、そこに立てば、カードが認証される。それで、ユーザーネームは?」

「それより、"Turma Z"というのは?」

 俺がトレッドミル――もうこの名称でいいことにする――に乗ると、正面のディスプレイがやはり古代壁画風になり、そこに"Turma Z"と表示された。

「"Turma"は群れスウォームあるいはスクァドロンのことだ。英語版では"Team"となっていたかな。だからZチームということになる。Zは特別参加を表す。一般参加はAからYまで、Xを除く24チーム。Xはデバッグに使う欠字だ」

「なるほど」

「君の使用言語は英語に変更しておくよ。それで、ユーザーネームは?」

Hannibalハンニバル

 もちろん、カルタゴの将軍ハンニバル・バルカのこと。“Zチーム”と聞いたら、なぜか頭の中に勝手に浮かんできたんだから仕方ない。

「残念、重複だ。別の名前にするか、何か識別子を付けるか。識別子は数字でもいいよ」

「じゃあ、13」

 数字といえばそれだ。フットボールのジャージー番号。大学カレッジとアリーナ・リーグではずっとその番号。マイアミ・ドルフィンズのダン・マリーノにあやかったもの。

「オーケイ、次はアヴァターの選択だ。ハンニバルという名前から、古代の戦士が自動選択されているが、変更するかい?」

 おそらくはどこかの美術館にあるハンニバルの像から起こしたであろう、チュニックのような白服にマント、簡易の鎧を着けた姿だった。剣を持って戦うゲームではないのに、戦士の姿というのも不自然だが、アヴァターの選択に時間をかけても意味がないので、そのままにしておく。

 それからエンリケ氏にベルトの装着を手伝ってもらう。トレッドミルの横の手すりのような金属バーに、緩やかにつながれた。足元の“動くマット”を動かしてみる。転がりにくいボールの上に乗っている感じかな。滑らかに歩くのは、少しコツがいるようだ。後はVRヴァイザーを装着すれば準備完了。その前に、他の3人を見る。

 ウィルは既に準備万端。奇声を発しながらトレッドミルの上でバタバタと暴れている。アヴァターは、玉葱のような形の頭の、3Dアニメーション風ヒューマノイド。奴の動きに合わせて、アヴァターも動く。身体の動きの検知はどうしているのだろう。カメラかな。

 フィルのアヴァターはもっとリアルな造形。映画俳優をイメージしたようなハンサム。マッチョな身体に、ぴったりした黒い袖なしライダー・スーツを着ている。名前は"Fil de B.A."。

 オリヴィアは、いつの間にか来ていたカリナにベルトの装着を手伝ってもらっているところ。アヴァターは美人で無闇にプロポーションのいい女。ファッション・モデルだろうか。胸も尻もオリヴィア本人より激しく大きいが、そうなりたいってこと? しかも、衣装が青いバニー・スーツってどういうことだよ。名前は"Coelhinho♥azul"。

 しかし、名前といいアヴァターといい、チームの調和が取れてないなあ。まあいいか。

「では、ヴァイザーを装着して、両耳にイヤーフォンを。開始時刻を過ぎているが、他のチームとは時差を付けてゲームが始まるので、問題ない。リーダーが、"Ready for play"の扉を開けた瞬間から、ゲームが始まる。一つお知らせだが、コロンビアで参加予定だった1チームがキャンセルされた。従って、第1ステージ第4組は他の組と同様6チームで争われる。公平になったわけだ。さあナウ、“ゲームを楽しんでエンジョイ・ザ・ゲーム”」

 イヤーフォンを付けると、そこからエンリケ氏の声が聞こえてきた。ヴァイザーを通して見た彼は、仏教の僧のような白い服を着ていた。ただし、フードアノラックが付いている。SF映画に出てくる宇宙宗教の導師グールーのようだ。

 その姿が、ヴァイザーの視界から消える。おそらく、カリナと共にプレイ・ルームを出て行ったろう。俺の目の前には、古代遺跡風の石扉が立っていて、隙間から揺らめく赤い光が漏れている。扉には炎の文字で"Ready for play"。ゆっくりと歩を進めて――もちろんトレッドミルの上で――扉を押す。VRなので特に手応えもなく、しかしで扉が開いて、眩しい光が……


 光が消えると、街中にいた。白い壁に、赤い屋根の建物がたくさん。足元は石畳。古いヨーロッパの町並み。その向こうには山並み。高台にも建物がある。ドイツの架空の国に似てるな。

 さて、いつ、どこだ。こういう、仮想世界のスタートの時のような演出は、やめて欲しいんだけど。1ステージで2回はさすがに鬱陶しいわ。しかし、ゲームを勝ち進むとこれがあと2回あるんだろうなあ。

 仕方ないので、いつもどおり考える。時代はいつか。まさか、中世ではあるまい。通行人を見る。服装は、くたびれてはいるが現代風。はあ、すると、ヨーロッパじゃないな。南米の山の中の町ってところ?

「おい、あんた、さっさと歩いてくれよ」

 後ろからウィルの声がした。振り返る。俺の後ろに、従者の如く3人立っている。本当はトレッドミルの上に、みんな別の方向を向いて立ってるはずだが、VRでそこに並んでいるように見せられてるんだろうな。

 改めて見ても、3人の姿はバラバラだなあ。アニメーション風に、ディストピア映画風に、青いバニー・ガール。で、俺は古代ローマ風だろ。何の仮装団体かと思われるぜ。

「歩くって?」

「だから、こんなところに突っ立ってても仕方ないから、歩けって」

 ゲームが始まったら、また偉そうな態度に戻ったな。別に構わないけど。

「お前はここがどこだか知ってるのか?」

「知らないよ。でも、とにかく歩かなきゃ町の様子が判らないだろう? あと、ずっと4人で歩いてても時間の無駄なんで、どこかで解散して、情報を仕入れてから集まって、付き合わせるんだよ」

「ここで解散できないのか」

「町の狭い通りなんだから、2方向しかないだろう? すぐそこの広場まで出て解散するんだよ」

「ここがどこだか知らないのに、よくそんな提案ができるな」

「よくあるパターンなんだよ! いいや、とりあえず、B.A.ベーアーはあっちな。リアル・タイム1時間後に広場」

了解エンテンディ

 フィルが振り返って通りを歩いて行く。姿が町に全く溶け込んでいない。ところで、B.A.ベーアーってフィルのことか。ああ、"Fil de B.A."だったな。何の意味なんだ、B.A.ベーアーって。それはとりあえずどうでもいいか。

「で、早く向こうに歩いてって。それとも、僕が先頭になってもいいの?」

「先頭を決めなきゃいけないのか?」

「今、パーティー・モードなんだよ。あんたが歩けば、僕らの位置も勝手に変わるんだ」

 何だい、そりゃ。それじゃVRじゃなくて、大昔のアドヴェンチャー・ゲームかロール・プレイング・ゲームだよ。主人公のキャラクター・アイコンを、画面のタップやコントローラーで動かすと、他のキャラクター・アイコンも付いて行くやつ。

「あんた、根本的な行動方法が解ってないのか。ゲームをよく知らずに参加してる?」

「そうだよ。記念参加だからな」

何てこったいメウ・デウス! まあいいや、今さら中断するわけにもいかない。とにかく、歩いてくれ。その間に説明するから」

 フィルの落胆ぶりが激しい。このアヴァターの表情は、どうやって本人のものをフィードバックしているのだろうか。それはともかく、通りの先へ向かって歩く。

「歩きながら、周りを観察してくれ。特に通行人と店。通りがかりの人に話を聞いたり、店に入って買い物したりする必要があるんだ。いくらあんたがゲームを知らないって言っても、情報収集や、アイテムの取得は解るよな?」

「それは普通のゲームと同じだろう。解るよ」

 ついでに仮想世界とも同じだよ。そっちは“ゲーム感”が全くないんだけどね。

「このゲームは、特に会話で情報を得るのが難しいんだ。でも話しかける相手は、よく見ていれば判るはずなんだ。何かが、他のNPCと違っている。雰囲気というとおかしいけど、とにかく判るんだ。しかし、判らなかったら数を当たってくれ。そして情報を憶えておくこと」

「やってみよう」

 それ、いつもやってるんだぜ、仮想世界の中で。もう16週目だ。ヴァケイションの2週間はやってなかったけど。

 傾斜のある石畳を登っていくと、傾斜のある細長い広場に出た。真ん中に塔が立ち、奥には石造りの博物館風の建物。中央に鐘楼も付いている。大時計の時刻は10時過ぎ。当然、午前中。

 右手には商店か宿屋かという感じの建物が並んでいる。どれも似たような作りだが、窓枠が色とりどり。左手は無骨な造りで、役場の建物という雰囲気。中世を舞台にしたRPGの町といった感じだが、もちろん現代だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る