#16:第2日 (14) [Game] チュートリアル
広場を見回していると、ウィルがオーケイと言うので振り向く。声がちゃんと“後ろから”聞こえるんだよなあ。よくできてる。
「よし、いったん、解散。コエリーニョはあっちへ。リアル・タイム1時間後にこの広場」
「
バニー・ガールのオリヴィアが歩いて行く。コエリーニョってのは兎のこと? 何だ、その尻の振り方は。淫らがましい。
「あんた、よく聞いてよ。効率のいい探し方を教えるから」
「歩くだけじゃないのか」
「歩いてたらリアル・タイムがどんどん経っちゃうよ。ヴァーチャル・タイムは経過するけどリアル・タイムがほとんどかからない移動方法ってのがあって」
そういえばエンリケ氏は、車に乗る選択をすれば、リアル・タイムにして一瞬で遠隔地へ移動することができると言っていたな。その応用か。
「あんた、時計を着けてるはずなんだ。実際に着けてなくても、VRでは着けているように見える」
「うん、着けてるな」
左手首に着けてるよ、いつものタイメックスを。VR世界でも同じデザインだ。古代ローマの服と合わないこと甚だしい。
「それを右手で叩く」
言われたとおりにすると、目の前が急に狭くなった。何だこれは。視界に文字と数字が重なっている。まさか、ヴィデオ・ゲームの画面に表示されるステイタスってやつ? これはVRゲームならではだなあ。
「ヴァイザーにいろいろ表示されてると思うけど、それは後で説明する。とにかくそれで、コマンド・モードに入ってる」
コマンド・モード! 何と懐かしい響き。キーボード・ショートカットが利くのか?
「その状態で、
それ、本当にまるっきり大昔のアドヴェンチャー・ゲームかロール・プレイング・ゲームだよ。話しかけるときは「トーク」って言うのか?
しかし、ゲーム時間が短いから仕方ないか。会話で情報を引き出すのに特徴があるってことは、移動時間をなるべく減らさないとな。
「解った。活用してみる」
「ああ、それから、腕時計が指してる時刻は、ヴァーチャル・タイムな。リアル・タイムはコマンド・モードで、経過時間と並べて画面の右隅辺りに表示される。で、経過時間1時間後にここに集合。コマンド・モードで『
ウィルは言うだけ言って、振り返ったが、その瞬間に姿が消えた。たぶん、コマンド・モードで移動したのだろう。
さてそれでは、いつもとだいぶ勝手が違う情報収集を始めるか。話しかけるべき相手は、キー・パーソンみたいに、ぶつかってくるんだろ。そうだ、カリナのアヴァターも探さないと。
あっちの方と言われたが、この先の道はどうなっているのか不明。まあ、いつものことか。方角は、太陽が右手にあるから東か。いや待て、ここはおそらく南米なんだった。じゃあ昼の太陽は北に出ている。だから、目の前は西、でいいはず。
その西に続く道は、広場を出たところからいきなり急な下り坂。歩くと、おお、足元が軽い。傾斜に応じて、トレッドミルの抵抗が変わるんだ。でも、目に見えるところから想像する感覚と少し違うぞ。まあいいか。
一本道で、左手には家が建ち並び、右手や空き地や古い建物。正面と右手の奥には山が見えていて、中腹辺りに教会が建っているのが見える。しかも教会は2軒も。手前は真っ白な壁にイエローの縁取りが鮮やか。奥のは2棟の鐘楼を持つ大きな聖堂風。
こんな山の中の町に、立派な教会が2軒もあるというのはいかにも不自然で、しかも坂を下りていくと、家並みの向こうにまた鐘楼が見えてきた。いかにゲームの中の町でも、教会が多すぎる。しかし風景はかなりリアルなので、実在の町をモデルにしているのだろう。
そうすると、そのモデルになった町はどういうところなのか。俺の持っている知識では、それは鉱山の町である、という結論が導かれる。しかも金か銀。ゴールド・ラッシュのような大ブームにより町が潤ったため、教会をいくつも建てたのだ。
となれば、この仮想世界、違った、VRゲームのステージでは、ヒントや
考えているうちに、右手には小綺麗なホテルが現れた。この町では、泊まるところを気にする必要はないだろう。坂を下りきると、小さな広場になっていて、道は2方向へ分かれている。何人かとすれ違ったが、話しかける気がしなかった。聞き込みをした方がいいと思うのだが、町を見て回るのとどちらを優先した方がいいのかな。
さて、左右の道の、どちらへ行くべきか。コマンド・モードにすれば何か判るだろうか。腕時計を叩く。目の前に文字が重なる。ステイタスを示すらしき数字がいくつかがあるが、バトル・ゲームじゃないので攻撃力は防御力はないだろう。体力くらいはあるかもしれない。
それより、場所に関する情報が表示されているか? おお、道に文字が。右が"R. São José"で左が"P. Reinaldo Alves de Brito"。"R."は“
「ハロー、
二人組が振り返って笑顔を見せる。
「ハロー、あなたも合衆国から? すぐそこに、カサ・ドス・コントス博物館があるわ。古い税吏人の家を利用したもので、町と鉱山の歴史や、昔の貨幣が見られるわよ」
「その道を先へ行くと?」
「ノッサ・セニョーラ・ド・ロザーリオ教会があるわ。それから、右手の丘へ登れば、サン・フランシスコ・ヂ・パウラ教会。そこからの町の眺めがとても綺麗よ」
「ところで、君たちはどこに泊まっている?」
「この町じゃないわ。ベロ・オリゾンテ。夕方のバスで帰るのよ」
100キロメートルあって、2時間かかると。合衆国からの観光客が距離をキロメートルで言うのは気に食わないが、まあいいとしよう。礼を言うと二人組は広場を南の方へ行った。こんな風に分かれ道に出るごとに、道案内のNPCがいるような気がする。
さて、せっかく案内してくれたので、さらに西へ行くことにする。ウィルの言によれば、広場へはコマンド・モードにより一瞬で戻ることができるので、待ち合わせに遅刻することはないだろう。カサ・ドス・コントス博物館は、時間があれば後で見ればいい。もしかしたら中で、コマンド・モードを利用した効率のいい見方があるかもしれない。
ついでに、コマンド・モードによる移動を試す。腕時計を叩き、"P. Reinaldo Alves de Brito"を指差して、「
右手、坂を登る道に"R. Teixeira Amaral"とある。真っ直ぐ行くのは"P. Reinaldo Alves de Brito"の続き。右に行くと丘の上の教会に出られそうなので、そちらを選択。「
小さな教会の横を過ぎると、一直線の急坂になっていて、その上に大きめの教会が見えている。あれがサン・フランシスコ・ヂ・パウラ教会だろう。そして最初に広場から坂を下りるときに、見えていた教会のはず。
石畳の急坂というと、ベルギーで最後に自転車で登った坂を思い起こさせるが、ここでは
ファサードに装飾は少なく、白い壁で、柱の部分がイエローに塗ってある。他でもこういう配色はあったから、この町の特徴なのだろう。
それにしても、壁がすすけている。鉱山で儲かったときに金に飽かして建てたが、寂れてからは保守もしていない、といった感じ。VRゲームの中でどうしてこんなことになるかと思うが、どこかの時点で撮影した写真のテクスチャーをそのまま使っているのだろう。
ここにも観光客の姿があって、しかもまた女二人組。話しかけたら何か教えてくれるのだろうか。
「ここはサン・フランシスコ・ヂ・パウラ教会よ。オウロ・プレットを紹介する写真によく使われるわ。ここから見る町の景色も綺麗よ」
んん、今、町の名前を言ったか? オウロ・プレット。憶えておくべきなのかね。近くに何があるか訊く。
「すぐ北に、長距離バスの停留所があるわ。西へ降りるとノッサ・セニョーラ・ド・ロザーリオ教会が」
また説明口調だよ。つまり彼女たちは単なる説明員NPCで、キー・パーソンズじゃないってことだよな。それはそうと、バスって乗れるんだろうか。仮想世界と同じで、停留所に近付けないんじゃないのかなあ。礼を言って別れると、二人組は坂を下りていった。
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