#16:第2日 (7) 賞金は500万ドル

「4人がチームとなり、協力してキーゲートを探す。ゲームは三つのステージからなる。一つのステージは2日間。ただしプレイは1日3時間または5時間だ。参加できるのは24チーム。第1のステージは、6チームずつ、四つの組に分かれて競う。それぞれの組において、先にゲートから出ることに成功した二つのチームが次のステージに進む。第2のステージは、4チームずつ、二つの組に分かれて競う。同じく、先にゲートから出たそれぞれ二つのチームが次のステージに進む。最終のステージは残った4チームで競い、最初にゲートを出たチームが勝者となる。賞金は500万ドル。今どきのゲームにしては低いと思われるかもしれないが、毎週開催しているということに注意していただきたい」

 エンリケ氏が話している間に、トーナメントの仕組みや、過去のゲーム映像が、目の前で次々に切り替わる。ローラー・コースターに乗りながら映画を見ているかのようだ。

「チームは4人なのに賞金が500万ドルである理由は?」

「リザーヴを一人置くことが認められているからだ。ステージ開始前にメンバーを入れ替えることができて、開始後はキーを入手した際に、一度だけ交代が認められる」

「賞金の原資は観戦料?」

「それにギャンブルだ。第2ステージに進出した8チームに対して、賭けを行う。南米ブロックの売り上げが、全ブロックの下から2番目なのが悩みの種だがね」

 一番下はたぶん、あそこだな。

「参加チームはどうやって決める?」

「オンライン版で一定の成績を上げたプレイヤーの中から、抽選だ。ただし、特別参加制度もあるよ。例えばドトール、君なら特別参加を私が許可するし、他のプレイヤーや観戦者も文句を言うことはないだろう。ゲーム開発の影の貢献者と言っていいくらいだからね。もっとも、ゲーム中はユーザーネームとアヴァターを使うので、他のチームのプレイヤーや観戦者は、君がどんな名前と姿で参加しているかを知る術はない」

 なるほど、過去のゲーム映像の登場人物が、現実離れしていたのはそのせいか。古代ギリシャの戦士と思われるようなものから、中世ヨーロッパの騎士、日本の鎧武者、西部劇の無法者、現代のスパイ、宇宙海賊、他のゲームのキャラクターまがいのものまであった。

「今週のゲームはいつから」

「今日からだ。既に第1組が終わって、今は第2組が終わろうというところ。第3組は4時半から、第4組は8時からだ。もちろん、組み合わせの抽選は既に終わっているが、特別参加チームはたいてい第4組に参加するので、今からでもエントリー可能だ。参加してみる気は?」

「一緒に参加する3人がいないんでね」

「メンバーをNPCから選ぶことも可能だよ。もっとも、大して戦力になってくれないんだが」

「夕食を終えるまでに考えておくよ」

「連絡を待っているよ。他に質問は? ゲームの仕組みではなく、NPCの動きに君の論文がどう応用されているかを知りたくないかね」

 そう言われても、俺が書いた論文にどんなものがあるか、はっきり思い出せないんだけどね。。以前はあることすら知らなかったのに、今はこんなに書いたのかと呆れるくらい知識があるんだよなあ。第二仮想記憶は何ペタバイトくらいあるんだろう。

「人の流動についてはおおむね予想が付く。しかし、受け答えに俺の論文は使っていないだろう」

「そうでもない。流動を経るとNPCの言動を変えなければならないが、事前のシミュレイションで何パターン用意すべきかが、君の論文を応用して適切に計算できるんだよ。テーブル方式だとしばしば“組み合わせ爆発”が起こって、プログラミングすら破綻していたんだから、どれだけ助かったことか」

「言動によってNPCか他のプレイヤーかを見分けることは可能だろうか」

「そういう目的を持って接すれば容易に可能だろうが、基本的に、キーを誰かが見つけるまで、他のプレイヤーは不可視になっている。見つけるまでに邪魔し合いが入るのではつまらないし、ゲーム時間が足りないからね。そうそう、ゲームの中の時間は、リアル・タイムではない。例えば車で移動するとなったとき、リアル・タイムではほぼ一瞬で移動できるが、ゲーム内の時間は経過する。あるいはゲーム内で夜に“眠る”という行為を選択すると、次の瞬間目が覚めて、ゲームの中では日が昇っているというわけだ」

 つまり二人以上のプレイヤーが、同じ時間に、同じ場所に行っても、互いに見えないことがあるわけだ。この仮想世界でもそんなことがあったよな。ああ、ややこしい。どっちがどっちなのか、区別ができなくなったらどうしようか。

「NPCに学習させることはできる?」

「もちろんできるが、ゲーム時間が短いので、学習の成果を認識することは難しいだろう」

「NPCと恋愛することはできる?」

「もちろんできるが、ゲームの外に連れ出すことはできないよ」

「NPCが嘘をつくことある?」

「それはシナリオ次第だろう。必要があれば嘘をつくし、後で本当のことを言うようにもできる」

「視覚と聴覚以外の感覚はどうなってる」

「嗅覚、味覚、触覚については、現実を再現しない。ただ、移動について。先ほど君はこの部屋を歩き回って、それでピラミッドの前を歩くことができたが、実はそれ以外にも移動の方法がある。ゲーム専用の部屋があって、そこではプレイヤーの身体をある位置に固定したまま、歩いたり走ったりすることができる。具体的には、腰の辺りを固定するベルトを着けて、動く床の上に乗るんだ。それで歩き心地や走り心地がリアルかというと、さほどでもないのだが、タブレットを操作して目の前の景色を動かすよりは、多少リアルだろう」

 あれねえ。床の動きが軽いと立ち止まれないし、重いと常に坂を登ってる感じがするんだよな。俺の時代でもその程度だから、2045年なら高機能トレッドミルってところが関の山だろう。

「ゲームの中に、イースター・エッグはある?」

 ターゲットがこのゲームの中にあるのかという意味の質問だが、果たして? エンリケ氏は苦笑しながら答えた。

「シナリオ・ライターやプログラマーの遊び心は、十分に反映しているつもりだ。と言って、イースター・エッグを見つけても、特に意味はない。むしろ時間の無駄遣いになるだけだろう。勝ちが確定して余裕があるとき、あるいは負けが確定して他にすることがないときにでも、やってみればいいね」

「チーティングは?」

「プログラミング・バグによるチーティングは存在しない。そう見えるとしても、それはステージの仕様だ。“すり抜ける壁”の存在は当たり前ということだよ」

「最後に一つ。宝を奪っていい理由はある?」

 仮想世界では設定されているが、ゲームの世界ではどうか? エンリケ氏はまた苦笑した。

「ゲームをするのに、理由が必要かね!? 作りたい者が作り、プレイしたい者がするんだよ。他に理由はない」

 仮想世界で望まぬゲームをやらされている俺の気持ちは、解ってくれそうにないな。

「素晴らしいプレゼンテイションをありがとう」

「では、現実世界にお戻りいただこうか」

 エンリケ氏が腕を振り上げながら、指を鳴らす。目の前の光景が、壁が崩れるようになくなっていって、元の会議室に戻った。ヴァイザーを外して、カリナに返す。VRの中でいいから、彼女の水着姿を見てみたかった。

「一つ訊き忘れていたが、ゲームはここでやるのか?」

「リモートでの参加も可能だが、超高速回線に接続していないと難しいね。少なくとも1テラビット毎秒。画質が落ちてもよければギガビットでも可能。ただ先ほど言った動く床は、ここでないと使えない。もちろん主要都市には当社のアーケード・スポットがあって、そこでも使えるがね」

 とはいえ、ブラジル以外の南米各国は人口的にも経済的にも大したことがないので、首都に1ヶ所だけ、とかだろう。もう一度礼を言ってエンリケ氏と握手をすると、「カリナに君のホテルまで送らせるよ」。

「ドトールにもぜひゲームに参加していただきたいですわ」

 カリナがエレヴェイターに案内しながら言う。横に並んでいるので、尻の揺れが見えない。

「参加すると何かいいことがあるかな」

「先ほど、イースター・エッグのことをおっしゃっていましたね? ぜひ、探していただきたいものがあるんです」

「それは何を?」

 エレヴェイターは一つだけ、ドアが開きっぱなしのものがあった。さっき乗ったやつ。最上階専用かもしれない。それに乗り込んでから、カリナが言う。

「NPCとして、私がいるんです! どんな役柄で出ているのか知りませんが、三つのステージのどれにも登場するということなんですわ」

「それは、シナリオ・ライターかプログラマーが教えてくれた?」

 エレヴェイターが下がり始めるときに、ちょっと頭がくらっとした。加速がよすぎる。というか、仮想世界でこんなこと再現しないで欲しい。

「ええ、シナリオ・ライターが。どれも端役らしいんですけど、プレイヤーと遭遇する確率は高いらしいです」

「そうすると宿屋の女主人ミストレスとか」

「そうかもしれません。台詞は宿屋へ入るときの『ようこそ!』と、出て行くときの『よい冒険を!』でしょうか」

「寝るのは一瞬で終わるらしいから、その二つの台詞の間隔は2秒くらいだな」

「でも、台詞があるだけで十分ですわ。町の名も無き通行人よりは」

 エレヴェイターは地下まで降りた。駐車場があって、カリナがどうぞお乗りになってと言ったのは白いコンパクト・カー。どうやら水素燃料車。エンブレムから、日本のだと判った。

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