#15:[JAX] もう一人の相談相手

  ジャクソンヴィル-2065年12月23日(水)


 いつもと同じく7時に目が覚めたが、今日はすぐにベッドを出ないことにする。予定変更だ。マギーからもらったリストを、まだ精査していない。練習の合間にちらちら見ているだけじゃ解らないし、夜は早く寝たいから頭が働かないし。

 それにしても部屋が寒いなあ。しかし、暖房を使うと快適で寝過ぎるかもしれないし、起きたくなくなっても困る。ただし、寒くてブランケットから出たくなくなるのと、どっちがつらいかは疑問だ。

 その生温かいブランケットにくるまりながら、ベッド・サイドに置いていたラップトップを引き寄せ、携帯端末ガジェットとデータを共有。スプレッド・シートを開く。昨日、ちらっと見たときもすごい人数だったが、改めて見直してもやっぱり多い。毎日こんなにマギーのところへ来るのかと驚くと同時に、それを全部リストに残しているマギーのにも驚かざるを得ない。

 さて、ここからどうやって怪しい奴、あるいは協力者候補をピック・アップしようか。一人ずつ見ていくしかないよなあ。スプレッド・シートなので並べ替えソートできるのはありがたい。

 とりあえず、アルファベット順アルファベティカル並べ替えソート。ジョルジオ・トレッタは? 何度も来てるな。10回か。週に1度くらい。俺は……ああ、ほぼ毎日だ。

 回数で並べ替えると、10月以降では俺が断然トップ。2度来ている日は一度もないというのに。というか、プレイヤーで他に来ている奴は一人もいないじゃないか。みんな電話かメールで済ませてるんだな。いや、こんなこと見てる場合じゃないって。

 所属で並べ替えもできるのか。人事部が多いな。でもこれは部屋が近いからだろ。その他、多い順に、経理部、施設部、購買部、販売部、秘書室、企画部、福利厚生部、広報部……マギーは広報所属なのに、どうして同じ部門からのアクセスが少ないんだよ。そりゃ別に、会いに来なくても用事はメール、メッセージ、電話で済むんだろうけど。

 あれ、こんなところに"E. Chandler"という名が。エリサベス・チャンドラー? 同姓同名か? しかし、所属の後にCLと書いてるな。前にマギーが書いてたチア・リーダーの略語だろ。じゃあ、やっぱりベスだ。

 でも、彼女はオフィス・エリアに出入りできないはずでは。他にエレノア・チェンバーズはないし、リリアン・スタンフォードはないし、ヴィヴェカ・スコールズは……あるのか。

 マネージャーだから? でも、ベスはなぜ? ダンサーだろ。ヴィヴィの代理ができるようにかな。そのわりには回数が多いが。それに、この日付は……

 おっと、7時半か。そろそろ食事に行こう。続きは後だ。ブランケットを蹴り飛ばし、顔を洗って着替え、外へ出る。今日は珍しく冷えるな。道理で部屋が寒いはずだ。走って行こう。

 屋内練習場のレストランに入ったら、コックが驚いた顔をしている。俺がいつもと同じ時間に来なかったのが、そんなに驚くようなことか。病気にでもなったかと思ったか? いつもと同じのを食べるから安心しろ。

 食べ終えて、マギーのところへ行く前に、ベスに電話。先週末に番号を教えてもらったばかりだ。

おはようモーニン、ベス。もしかしてまだ寝てたかい」

 すっきりした「ハロー」の第一声だったが、一応型どおり聞いてみる。

おはようモーニン、アーティー。起きたのは7時前よ。今は美容体操の最中」

「昨日はケヴィンとレスリーのことで話を合わせてくれてありがとう。助かった」

 何も連絡しなかったのに、アイ・コンタクトだけでよく話を合わせてくれたと感心する。観察力があるよな。何となくは解ってたけど。

「気にしないで。でも、レスリーにはあなたからも謝っておいてね」

「番号を知らないんだ。後で教えてくれ。ところで、朝から電話したのはちょっと頼み事があるからなんだけど」

「それを聞いたら何をしてくれるの?」

 そういう交換条件を出してくるとは思わなかった。ただひたすら控えめで優しくて親切と思っていたのに。

「君が知りたいトレーニングの方法を何でも」

「直接指導してくれるのね。いいわ、それで、頼み事って?」

広報PRのマギーを知ってるだろう。ミセス・マーガレット・ハドスン。彼女の悩みの相談に乗ってやってほしいんだ」

「マギー? 何を悩んでるの?」

「電話では説明しにくい。ただ、チームの他のスタッフにはなかなか言いにくいことらしくて、君は外の立場アウトサイドに近いから話しやすいと思うんだ」

「でも私、メンターでも何でもないわよ」

「チア・リーダーは人を前向きにするのが役目だし、君はそういうことも得意なんじゃないかと思って。トレーニングの時でも、他の二人をよく励ましてるからね」

「得意というわけじゃないけど、やってみるわ。でも、彼女の悩みをどうしてあなたが知っていて、どうしてあなたが私に頼むのかしら」

「俺はチームに途中から加わったんで、彼女にいろんなことを助けてもらったんだ。だから今度は俺が彼女を助けてやりたいと思って」

「それは私の二つの質問のうちの、後の方に対する答えね。先の方の答えは?」

「彼女の様子が変なのは、見れば解るからさ」

 我ながら苦しいな。ベスが鼻で笑ったような気がする。毎日俺がマギーのところへ行ってるのは知らないはずなんだけど。

「その詳しいことも彼女から聞いていいのかしら」

「いいとも。彼女にも君に話していいと伝えておく。俺も朝に少しだけ相談をすることになってるんだ。今日は午後からにしてくれるかな。昼食にでも誘って」

「解ったわ。それじゃあ、彼女の相談に乗っている間、ずっとトレーニングの指導してくれるのね」

「毎晩来るつもり?」

「ええ、そのつもり」

 毎晩か。ううむ、マギーの悩みをずっと聞いてもらって、こっちは1回限りってのはあり得ないからな。仕方ないか。

「君に指導したがってる奴は他にもいるから、時々交替するかもしれないけど」

「二人きりになる時間を作ってもらうのがいいんじゃないかしら」

 まさかそういうことを言い出すとは思わなかった。二人きりは却ってまずい。しかし、“虎穴に入らずんば虎児を得ずナッシング・ヴェンチュアド・ナッシング・ゲインド”か。

「毎晩は無理かもしれない」

「じゃあ、あなたの時間があるときに」

 ベスにものすごく優位な立場を与えてしまった気がする。しかし、この際仕方ない。かなり無茶な頼みをしてるからな。さて、マギーのところへ行こう。


 また1分前からこっそり部屋を覗く。いや、覗く前からドアの方を見てるじゃないか。俺が来るのを察知してるのか、それとも毎朝この時間に来るから待ってるだけなのか。一応、入るときはノックするけどね。

おはようモーニン、マギー」

おはようございますグッド・モーニング・サー

 またミスター・ナイトと言ってくれない。悩みが解決するまではきっとこのままだな。しかし、部屋の様子がなんだか変だ。朝なのに、部屋の空気がマギーに馴染んでて。えーっと、まさか。

「昨夜は家に帰ったかい」

「いえ、帰る気がしないので、ここで泊まりました」

 マギーの視線が部屋の隅へ飛んだ。デッキ・チェアが畳んで置かれていて、ブランケットが増えている。だから、そんなことしたら身体に悪いって。

「許可が下りないんじゃなかったっけ」

 何も答えない。無断かよ。まさかマギーが規則破りをするとは思わなかった。そこまで思い詰めているということは、精神的にかなりまずい状態なんじゃないか。

「チア・リーダーのベスを知ってるよな。ミス・エリザベス・チャンドラー」

「はい」

「彼女に、相談に乗ってくれるよう頼んでおいた。彼女はとても前向きで、世話好きだから、きっと君の悩みにも真剣に向き合ってくれるだろう。俺に言ったことは、全部彼女にも言っていいから。何も隠さなくていい」

「はあ」

「もちろん、俺も毎日相談に来るよ。ベスに全部任せてしまうわけじゃないから、安心してくれ」

「ありがとうございます」

「家に帰りたくないのなら、彼女が泊めてくれるかもしれない」

「彼女たち4人は集合住宅アパートメントに2戸賃貸契約して、二人ずつ同居しています。部屋は余っていないはずです」

 どこの集合住宅アパートメントだよ。まさか俺と同じじゃないだろうな。あそこはさすがにチア・リーダーの給料で住めるところじゃない。でも、二人一部屋ならあり得る?

「一つのベッドで二人寝ることもできるし、それがダメならあのデッキ・チェアを持ち込めばいい。少なくともここで寝るよりはましだろう。君が病気になって休んだらみんな困るんだ。それに夜にここで一人だと、寒いし寂しいし怖いだろう?」

「一人でいるのは慣れているのですが……」

 結婚してる女の言うことか、それが。一人に慣れてるのは、ずっと一人でいる俺みたいな奴だけで十分だよ。

「でも、今は一人でいるべきじゃないよ。精神面と健康面の両方で」

解りましたアンダストゥド

「それで、昨日もらったリストのことだけど」

「お役に立ちましたでしょうか」

「もう少し情報が欲しい。このリストの中の人物で、マイアミ大の関係者がいたら教えてくれ。俺とジョルジオ・トレッタは解ってるから、それ以外で」

解りましたイエス・サー。調べてみます」

「君の本来の仕事の合間でいいから」

解りましたイエス・サー

「急がなくていい。君が帰る前に俺の情報端末ガジェットへメッセージを送ってくれればいいから」

解りましたイエス・サー

「それから、今日はベスが昼食に誘ってくれる」

解りましたイエス・サー

 なんだか、惰性で返事しているようにも思えるが、本当に大丈夫かな。


 昼休み、食事の合間にロッカー・ルームで情報端末ガジェットをチェックする。マギーからメッセージ。スタッフにマイアミ大の卒業生は数人いて、その名前が列挙してある。帰る前でいいと言ったのに、仕事が早いな。どの名前にも覚えはなく、顔とも一致しないが、後で調べることにしよう。

 そして同じく早くもベスからメールが。「大変なことを相談されたけど、できるだけ力になるわ。あなたのためにもなると思う」。予想どおり前向きだなあ。それから「マギーを集合住宅アパートメントの私の部屋へ誘ったけど、返事は夕方まで考えるって」。これも予想どおり。

 一応、どこか訊いておくか。「集合住宅アパートメントの名前を教えてくれ。住所や部屋番号は教えてくれなくていい」。さて、グラウンドに戻らないと。おっ、返事。早っ。

「シップヤード・アパートメンツ。スタジアムの東」

 俺と一緒かよ! なぜなんだろうな。チームに関連する不動産会社が建設に関わったのか、それとも株主の一人に不動産関係者がいるのか。どっちでもいいけど、同じところに住んでいるというこの状態は、動きやすいのか動きにくいのか?

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