ステージ#15:第5日
#15:第5日 (1) アヴァター観賞
第5日-2039年8月18日(木)
【By 主人公】
アカデミーからホテルに戻り、メグに「お休み」と電話した後でまた抜け出す。既に日付が変わっている。連日の夜歩き、しかも運動不足で、身体に悪いのは自覚している。
いつものアールパード橋へ来ると、街灯の下に人影が見えた。すらりとしたシルエット。逆光で顔は見えないが、立ち方で誰か判る。ジゼルだ。24時間以上、姿を見せなかったが、今度は何をしに来たのか。
「おはよう、アーティー。心配しないで、今夜は酔ってないよ」
すっきりとした笑顔を浮かべている。あの時までは、会うごとに笑顔が親しげになっていたが、今は初めて会った頃の感じか。
「おはよう、ジゼル。まだ通信が終わってないんだ」
「うん、知ってる。君が通信に来るのを待ってたんだ」
ジジと呼んで、とは言われなかった。
「待たせたのか。申し訳ないな」
「気にしなくていいよ。ほんの1時間ほどなんだ。夜景を見てるだけで、すぐに経っちゃった」
なんで1時間も待ってるんだよ。会いたいならホテルへ電話すりゃいいだろ。今夜は会えないって答えたと思うけどさ。
「じゃあ、もうあと一瞬だけ待っててくれ。通信中は外の時間が経たないはずだから、息をつく暇もない」
「違うよ。僕を君のバックステージへ連れて行って欲しいんだ」
無邪気な顔して何を言ってんだよ。そりゃ、バックステージへ他の
「それは許されるのかなあ」
「許されるはずだよ。だって僕はヴァケイション中だし、中立の立場を守るもの」
ヴァケイションはともかく、中立の立場は単なる宣言だろ。君の
「バックステージへ入って何がしたいんだ」
「君の
どうしてそれを知ってるんだよ。盗聴器は探したが、見つからなかったんだぞ。
「なぜ見たいんだ」
「見せたくない? 君は
そりゃ、自慢はしたいよ、現実世界ならな。仮想世界でもステージ内に連れてきてるのなら会わせもするが、バックステージのアヴァターを見せてどうしようと。
「君はアヴァターに誰の造形を使ってるんだ」
「まだ予告されただけなんだ。ヴァケイションが終わったら使えるようになるって言ってた。このステージで誰かと結婚したら、そのアヴァターが使えるのかもね」
「そうじゃなかったら誰のを使う予定?」
「僕の妹。可愛くて大好きなんだ。写真を持ってるから、見たいなら見せてあげるよ。君の好みにも合うと思う。僕と違って、とても女性らしい容姿だし」
いや、別に好みに合ったって、もうどうしようもないから見せてもらう必要はないが、俺もメグの写真を持っておけばよかったな。このステージが終わったら、装備に加えてもらうことにしようか。
「バックステージ内で余計なことを言うなよ」
「僕が何を言っても君の
「そうじゃなくて、アヴァターの感想を言うなってこと」
「もちろん、バックステージを出てから言うよ」
けなしたら承知しないからな。腕時計に向かって「ヘイ、ビッティー!」と呼びかける。この呼称についても後で何か言われそうだ。黒幕が下がってスポット・ライトが当たる。ジゼルにまで当ててくれなくてもいいんだが。
「ステージを中断します。
「ビッティー、俺の隣にいる素敵な
「心得ています」
アヴァター・メグは無表情に言ったが、俺が家に女客を連れて帰ったら、こんな愛想の悪い顔は決してしないだろう。というか、俺の家ってどこにあることになってるんだ?
「セーチェーニ図書館について教えてくれ」
「
「その中に絵画は」
「絵画と版画を合わせて約32万点です」
とても全部は見きれないな。まあ、書庫の中を探して盗むなんてことはないだろう。
「歴史博物館について」
「ブダペスト歴史博物館は1907年の創設で、1887年に設立された
アクインクム博物館が関係しているのか。確かにあそこは最も古い時代の歴史展示と言えるけれども、ターゲットとのつながりがなあ。
「分館が三つあると言ったが、地図を表示してくれ」
床が地図に変わる。前と同じく、俺の立つ場所がマルギット島の北端。ブダ城とアクインクムは位置が判っているが、キシェリ美術館は? アクインクムの半マイルほど西か。そしてブダペスト美術館はいずこ。これまたアクインクムのすぐ東じゃないか。何なら今から行って忍び込むか? 真っ暗だろうけど。
ジゼルが横っ腹を
それはさておき、これらを全部明日中に回るなんて無理だよなあ。図書館と博物館本館だけでも夕方5時頃までかかるんだろうし。初日にアクインクム遺跡だけでも行っておいてよかった。
その他のところへ行くとしたら、明後日の金曜日か。仕事はないが、時間指定でいろいろなところに呼ばれてるんだっけ? 全部観光だったような。そこで何とか時間をひねり出すか。さて、訊くことはあと一つ。
「マルーシャからメッセージをもらったが、あれはペナルティーの対象になるか」
「なりません。既に予定された行動に対する確認と見做されました」
やっぱりそうか。しかし、彼女はその辺りの線引きに詳しいなあ。
「よし、今夜は終わりにしよう。おやすみ、ビッティー」
「ステージを再開します。おやすみなさい、アーティー」
幕が上がる。隣の淑女はずっと楽しそうだった。
「あれが君の
「いつ声を聞いた?」
聞き捨てならないことを言いやがって。やっぱり盗聴してるのか。
「教えない。でも、君は少し不用心だよ。他の
「部屋に盗聴器が仕掛けられてないか、探したんだ」
「じゃあ、他のところを探すんだね」
まさか、アネータか? 彼女が情報を横流しするとは思わないが、盗聴器を仕掛けた何かを持たされているというのはあり得るな。かといって、今さらそれを探し出してももう遅いという気がする。
「ビッティーって何?」
考えてる途中に割り込んでくるなよ。
「自分で調べてくれ。英語の辞書でも引いて」
「
「アヴァターを使えるようになる前からそう呼んでたんだよ」
「僕は妹の名前で呼ぼうかな。でも、声が違うし」
「つまり、そういうことだよ。名前を変えて区別しておいた方がいいんだ」
「ああ、そういうことか。それは
どうして俺の自転車にまたがってるんだよ。
「僕をホテルまで走らせる気? 着く前に倒れちゃうよ」
「どうやって来たんだ」
「橋の東まで
「フォー・シーズンズの前で降りていい。部屋まで付いて来られても困る」
「それはないね。明日も朝が早いから。メッセージに書いたとおり、世界遺産を見に行くんだ。その話を君に聞いて欲しいから、土曜日の退出前に少しだけ時間が欲しいんだけど、いいかな?」
ずいぶんと控えめだな。まるで人が変わったみたいだ。あるいは心を入れ替えたというか。
「何となくだが、最終日は未明に盗みをしていそうな気がするから、午後からなら会えるだろう」
「もちろん、それでいいよ。でも、君がターゲットを獲得して、他の
そういう想像をしただけなのに、やけに寂しそうな顔をするんだな。どうしてそんなに俺にこだわるんだ。ジゼルが自転車を漕ぎ出す。アールパード橋の東側へ。それに付いて俺も走り出す。
【By オペラ
ジゼルが彼と会っていた。彼にもう手は出さないと言っていたのに。リタのことが気になったのだろう。その気持ちは仕方ないかもしれない。ジゼルは寂しいのだ。ヴァケイションになると、気付く。
私もヴァケイションの時は寂しい。だから彼に頼った。とても申し訳ないことをしたと思う。
二人は帰っていった。私もそろそろ通信を始めよう。
「
「
「承ります」
「ジゼル・ヴェイユ。ミドルネームは不明。女性。年齢はおそらく30歳前後。国籍は
「承りました」
ジゼルの時は冷静で、ジジは人懐こい性格。他におそらく第三の人格を持つが、封印された模様。仮称をエルとしよう。彼女のことは憶えていてあげなければいけない。せめて私だけでも。
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