ステージ#15:西風の賦 (The Golden Team.)

#15:バックステージ(開始前)

「機能更新により、バックステージ内で裁定者アービターにアヴァターを使用できます。用意されたアヴァターの中から選択してください。なお、使用しないことも可能です」

 なんと、以前リクエストしたことがついに実現したか。というか、機能ってどんどん更新されていくんだ。この先、俺がこのまま仮想世界に留まり続けたら、どこまで進化するんだ? まあ、それはさておき。

「用意されたアヴァターというのは他にどんな姿があるんだ」

「あなたの近親者の他、これまでのステージに登場した人物のうち、あなたに対する好感度パラメーターが高かった7人です」

「俺に対する好感度? 俺が持った好感度じゃなくて?」

「はい、あなたに対する好感度パラメーターです」

 そうか、観察者には俺の心は解らないから。しかし、言動で判りそうな気もするが。それはともかく。

「その7人を見せてくれ」

「順にアヴァターを交換します」

 サン・トロペのダニエル、オックスフォードのルイーザ、メキシカン・クルーズのベス。あれ、ノーラじゃなくて? モントリオールのジャンヌ、ノルウェーのカーヤ、ウクライナのユーリヤとニュシャ。なぜあのステージから2人も。しかもエステルを差し置いて。

 いずれ劣らぬ美人だし、性格的にも印象が良かったし、好ましい人物ばかりであるのだが、裁定者アービターとなるとどうか。秘書のようなものだろ。そうすると性格的にはルイーザが一番適任? 学究だし。でも、逆に彼女から質問されそうな気がするよな。そうすると……

「どうしてメグが含まれてないんだ?」

 彼女こそが、俺に最高の好感度を持っているキー・パーソンだろ。

「彼女はあなたの近親者の一人です。もちろん、使用可能なアヴァターに含まれています」

 先にそれを言え! メグの姿にビッティーの声を出させるのは、意外と合うんじゃないかと思ってたんだ。性格がまるっきり正反対だけど、有能なところは共通してるしな。

「メグのアヴァターに変えてくれないか」

「パートナーのアヴァターを消します」

 隣にいるメグの姿が消えて、ビッティーがメグになった。

「ちょっとしゃべってみてくれないか」

「自由会話はできません。何か質問をどうぞ」

「その姿になってどんな気分?」

「感想はコメントできません」

「機能更新により、って言ったときの説明をもう一度繰り返してくれ」

「機能更新により、バックステージ内で裁定者アービターにアヴァターを使用できます。用意されたアヴァターの中から選択してください。なお、使用しないことも可能です」

 いやいやいや、これは結構イケてるイッツ・リアリー・スワッグ。メグとは思えぬ生気のない表情と冷たい声。このギャップはちょっと危険な魅力がある。

「一つ質問だが、同伴者がいるステージのアヴァターはどうなる?」

「開始前に同伴者のアヴァターを別途選択しますが、その際はバックステージでもそのアヴァターを使用することになります」

「つまり、ステージごとに君のアヴァターを変えることができる?」

「現時点の仕様ではステージごとの変更はできません。同伴者がいるステージのみ、選択できます」

「じゃあ、今のそのアヴァターを選択しよう」

「了解しました」

「ところで、服はどうするんだ。ずっとそれか」

「毎日着替えます。アヴァターの元となる仮想人格に基づいて服を選択します」

 何という凝った仕様。それにどれくらいの意味があるのか。まあ、制服しか選択できないというよりはましか。

「続けてくれ」

「第15ステージについて説明します。ターゲットは“西風の神ザ・ゴッド・オヴ・ウェスト・ウィンド”、競争者コンテスタンツはあなたを含めて4名、制限時間は7日です。このステージでは、裁定者アービターとの通信が可能です。指定の時刻に、指定の場所において、腕時計に向かって呼びかけて下さい。ターゲットを獲得したら、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出してください。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言してください」

 いつもはぼんやりと聞いているのだが、今回は説明をする裁定者アービターの顔を見ながら、しっかり聞いていた。無表情のメグがこれほど美しいとは、意外な発見だ。真の美女は苦悩する様ですら鑑賞に堪えるということだろうな。通信でビッティーを呼び出す時の楽しみが増えた。

 ところで、ターゲットの“西風の神”とは実に曖昧な表現だ。まるで絵画のタイトルのような。もし質問したら……「お答えできません」と言われるのに違いない。この表情のメグが、あの冷たい声で!

 あああ、不用意なままに聞いたら、嬉しさのあまり悶絶死するかもしれない。心の準備をしておかねば。

「装備の変更は、金銭の補充以外、特にありません。前のステージであなたが入手した装備は継続して保持できます。次のステージでの、パートナーの使用について選択してください」

「常に同伴というわけじゃないということか。そもそも、パートナーはターゲットを盗むとか、そういうこと知っているのか?」

「仮想世界の中で獲得したパートナーには、それらの知識は与えません。あなたがそれを打ち明けることは可能ですが、協力を得られるかどうかはパートナーの性格次第です」

 冗談じゃない、俺が泥棒であることをメグに打ち明けるなんて、できるもんか。そうすると、メグを連れて行くのは不利だということになってしまう。

「同伴しない場合は、家で留守番していることになる?」

「それを選択することも可能です」

 いや、他にどういう選択肢オプションがあるんだって。

「どういうオプションがあるのか、説明してくれないか」

「同伴する、またはしない。同伴しない場合、在宅する、または不在にする。以上の三つです」

「不在というのは連絡を取れないということか」

「はい」

 それはメグがいないのと何ら違わんな。その選択肢はない。

「在宅にすると、こちらから連絡を取れる?」

「はい。パートナーから連絡を取ろうとする場合もあります」

「え、でも、宿泊先が決まっていない場合は?」

「その選択をする場合、宿泊先はあらかじめ決まっています」

「つまり、仕事で出張するのと同じ状態か」

「はい」

 それは宿泊先を見つける手間が省ける分、キー・パーソンに会う機会が減るような気もする。それに、部屋で女と一緒にいるときにメグから電話がかかってきたら、どうすればいいのか。いや、そんなことしなきゃいいんだが、情報を集めるためには仕方ない場合もあるからなあ。決して楽しんでいるわけではなくて。

 うーむ、どうするかな。いろいろ試してみたいところだが。

「じゃあ、今回は同伴せず、在宅ということにしよう」

「了解しました」

 まずは一番無難な選択をしてみよう。しかし、同伴はこの先ありそうだから、どうするか考えておかないといけない。エレインとは違って、メグの勘は鋭いから、下手なごまかしは利かないぞ。しかも、他の女からの誘いは全てシャット・アウトしなければならない。それだけでなく、夜にはメグと……

「ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」

「もう難易度は上がらないのか」

「ご要望によっては上げることもできます。上げますか?」

「上げない。逆に、下げられるか」

「下げられません」

「ターゲットを獲得できる確率は教えてもらえるか」

「お答えできません」

 しまった、心の準備ができてなかった! ああ、この背筋がぞくぞくするチリー感じ。明らかな快感。いや、身体の感覚がないのに、どうして背筋とか快感とかを得てるんだ、俺は。

「以上だ」

「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」

「メグ、ほんのちょっとのお別れだぜ。1週間経ったら戻ってくる」

 言いながら、ディレクターズ・チェアから立ち上がる。戻って来たら、また1週間の出張へ行かなきゃならないんだがな。心が安まる暇がない。いや、さっさとこの仮想世界から脱出すればいいのか。しかし、それはそれで、メグと会う楽しみがなくなるか。せっかくパートナーとして獲得したのに。現実世界にも持ち出せればなあ。

「ステージを開始します。あなたの幸運をお祈りしますアイ・ウィッシュ・ユア・グッド・ラック

「ありがとう! 君もな」

 そういえば、俺は携帯電話モバイルフォンを没収されたが、メグに電話をかけるときはホテルからでいいのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る