#14:第7日 (2) 美少年の思い人

 マルーシャの乗る送迎車が行ってしまうと、俺たちもレンタカーで観光に出発する。逆方向の、南へ。いや、西へと言うのが正しいか。ムリ島の西端へ行こうと思う。もちろん、運転はメグだ。

 一本道を走り、途中からは海岸沿いになり、ムリ教会の前を過ぎて、ほんの10分でムリ岬ポワン・ド・ムリに到着。断崖絶壁というわけではなく、ごつごつとした低い岩場――珊瑚の岩だと思うが――から景色を眺める。

 空と海と水平線以外、ほとんど何も見えないが、北の方に島影が見える。昨日、ジー島からの帰りに寄り道したジュス島だ。遠泳に自信があるなら泳いで行けそうな距離だが、サメに遭遇する可能性が高いので、やめておくのが無難だろう。

 15分ほど眺めてから、元来た道を折り返し、ホテルの前を通り過ぎてムリ橋を渡る。徐行して右手のレキニーの崖をロレーヌに見せてやりながら、もっと近くで見るかと訊くと、「要らない」という。地形に興味がないと、この後、どこを見に行ってもつまらないと思うのに。

 ウヴェア島の南部にはさほど見るところがなくて、次は中央部の細くなったところにある“ブルー・ホール”を見に行こうとしているのだが、その前に飛行場へ寄り道する。マルーシャが乗る飛行機がちょうど出発する頃なので、見送ろうという趣旨だ。もちろん、彼女にそんなことは言っていない。しかし、彼女のことだから、必ずや気付くだろう。

 沿道にはときどき集落が現れ、ココヤシ畑が広がったりもするが、ほとんどは南国の樹林が続く。飛行場に着いて、建物の中へ。

 屋上に送迎デッキがあるわけでもないので、滑走路が見渡せる窓際に張り付く。既に客の搭乗は終わっていて、ドアが閉められようとしているところだった。

「あそこの窓から手を振っているわ!」

 ロレーヌが指差す。俺よりも目がいいらしい。残念ながら俺にはどこの窓か判らない。とりあえず手を振っておく。飛行機が動き出し、滑走路の方へ出てしまうと車に戻ったが、飛行機が飛ぶまで、乗らずに見送ることにする。

 飛び立つ飛行機に向かって大きく手を振った後で、再出発。海岸沿いの道に戻り、北上する。ワドリラの集落を過ぎると島の細い部分に入る。途中で海岸線を離れて内陸に入り込み、一瞬だけを見てからまた西海岸へ戻る。ここでメグに頼み、ちょっと南下して港を見に行く。ウィルの“思い出の地”だ。

 港の施設があり、長い桟橋と船着き場があって、狭いビーチがある。さほどの素晴らしい景色というわけでもないが、南側の、砂が尽きて岩場と森になるあたりはプライヴェイト・ビーチの雰囲気があり、逢い引きに良さそうだ。

 そういえば昨夜はせっかくの満月だったのに、ビーチでメグとゆっくり月を眺めなかった。ヌーメアへ戻ってから、真夜中の国際空港へ行くまでに、ビーチへ出る時間はあるだろうか。


 再び北へ向かい、2マイルほど行くと、“アナワのブルー・ホールル・トル・ブルー・ダナワ”がある。地面に直径が30ヤードほどの穴が空いていて、そこに濃青ダーク・ブルーの水がたまっている。石灰岩の多い地形によくある、浸食孔だ。鍾乳洞の天井が崩落したのだろう。深さは300フィートもあるらしい。

 底のどこかで海につながっているそうで、たまっているのは海水。泳いでいるのも海水魚だ。パンでも投げれば寄ってくるに違いない。

 同じような穴はこの辺りにたくさんあるのだが、見ていいのはここだけらしい。他は聖地になっているのだろうか。マヤでも泉は聖地だったからな。まあ、あれは水源であるという理由で、ここのは海水だから飲用には適さないのだが。

 また北上して細い部分を通り抜け、島の北部、サン・ジョゼフの集落へ。すぐ東にウェネキの集落があり、ウィルの“思い人クラッシュ”が住んでいるはずだが、もしかしたら偶然会えたりするだろうか。とりあえず、ここの見所である聖ヨセフサン・ジョゼフ教会へ。形はムリ教会にそっくり。しかし、色はシンプルで、屋根の赤以外はみんな白だ。

 中に入る。内壁は綺麗に塗り直されている。壁は白、柱はクリーム、天井は薄青ライト・ブルー、梁は濃茶ダーク・ブラウン。いいコントラストだ。窓はステンド・グラス、祭壇の聖ヨセフは絵ではなくて立像。その祭壇の前の椅子に、男が一人座っている。

「ウィルでしょうか?」

 メグが囁く。別に囁くようなことはないと思う。顔は見えないが、髪型はウィルのように思える。彼を無視しようと思っていたので、姿はよく憶えていない。

「ウィルだとしたら、何をしているんだろう」

「もちろん、愛する人を待っているのでしょう。あるいは、12時にここへ来て欲しいという約束なのかもしれません」

 今、11時半か。男なら待つなよ、迎えに行け。しかし実は女の家を知らなくて、昨日もここへ呼び出して会った、とかかもしれない。

「そういうことなら、邪魔をしない方がいいだろう」

「いいえ、見届けて、マドモワゼル・マルーシャに報告した方がいいと思うわ」

 ロレーヌが意外にきっぱりと言う。それは俺たちの義務なのだろうか。君、単に興味だけで言ってないか?

「メグ、君はどう思う?」

「ええと……私も、見届けた方がいいと思います」

 君もそんなことに興味あるんだ。昨夜は君を幸せにしてやったから、他人の幸せを願う気持ちに溢れてるってことにしておくよ。

 しかし、30分も待っているのは退屈なので、すぐ西にあるビーチを見に行く。徒歩で1分もかからない。

「ここも綺麗なビーチですね!」

 メグが嬉しそうにしているが、ロレーヌは首を捻っている。

「どうした」

「ここも見憶えがある気がするわ」

「そりゃ、君の両親は島中を観光して、君にいろんな景色を見せたに違いないよ。どこを見ても綺麗で、君が喜ぶから、それが嬉しかったんだろう」

そうかもプテトルきっとそうだわスレマン・コレクト

 どうして答えは常にそれなんだろう。俺の考えはまだ浅いのか。ここでも何があったか、推理しないといけない? いや、面倒だからやめておこう。ターゲットに関係ないし。

 ロレーヌがしゃがみ込んで、また砂山でも作り出すのかと思ったら、何かを拾っている。貝殻か。

「思い出したわ! ここで貝殻を集めたの」

 今回は自己解決したようだ。見ると、二枚貝ではなく巻き貝が多くて、真っ白だし、あまり見たことのない形をしている。なるほど、少女ならそういうのを喜ぶかもしれない。

 メグまで貝殻拾いに夢中になってしまっているが――彼女にもまだ少女の心があって嬉しい――、12時が近付いてきたので教会へ戻る。

 今度は中へ入らず、少し遠くから見守る。普通にミサが始まってしまったらどうしようか、と思ったが、そんなことはないようだ。


 12時3分前になると、女が一人やって来た。カナック特有の浅黒い肌で、民族衣装を着ている。ポリネシア系の特徴である、彫りの深い顔に幅の広い鼻。つまり、至って普通のカナック。これはおかしな邪魔が入ったかな、と思ったら、12時を過ぎても他に誰も来ない。

 突然、ロレーヌが駆け出す。教会の中を覗きに行くようだ。メグがちらっと俺の顔を見たが、もしかして君も見に行きたかった? 咳払いをすると、黙って顔を教会の方に戻した。諦めたようだ。

 ロレーヌはだいぶ長いこと教会を覗き込んでいたが、やがて走って戻ってきた。

「二人で抱き合ってたわ」

 何、そうすると、さっきの女がウィルの思い人クラッシュ? 彼に見合う、目の覚めるような美人の登場を予想していたのだが。メグもちょっと納得がいかない表情をしながら、疑問を口にする。

「いい返事がもらえたのでしょうか?」

 容姿には疑問を持たないんだな。

「それはどうかな。悪い返事なので、別れを惜しんでいるということも考えられる」

「もう一度見に行ってくるわ」

 そう言って駆け出そうとするロレーヌを呼び止める。「しばらく待っていろ。出てきたときに結果が判るさ」。出てきて、一緒にどこかへ去って行ったら感激のハッピーエンディング、泣きながら別れたら悲劇のトラジックエンディングだ。

 10分ほどすると――ずいぶん長く抱き合っていたものだ――二人が手をつないで出てきた。そして南の方へ歩いて行く。ウェネクへは帰らない、ということは、このまま駆け落ちエロープメントか。逃げ切れればそれも一つの感激のハッピーエンディングだろう。そういうことにしておく。

「君にも恋人はいる?」

 車に乗りながら、ロレーヌに訊く。

ボーイ・フレンドコパンはたくさんいるけど、プロポーズしてくれそうな人はいないわ。みんなセックスが目当てみたいだから」

 そうでなくても、そう思えてしまうこともあるだろう。美人の宿命だ。一生それを背負って生きろよ。いや、この世界は今日までなのか。

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