#14:第5日 (7) 結婚何周年?

 夕食は8時から本館で。フランス料理で、前菜アントレ主菜プラデザートデセールなのだが、どれか一つを抜くこともできる。俺とメグは三つとも食べることにしたが、ロレーヌは「デザートデセールは要らない」。モデルだけに、食事制限があるようだ。マルーシャの食べるところを見せて、驚かせてやりたいくらいだ。メグにはワインを飲むように言ったが、「グラスにします」と言われてしまった。

 前菜はカニの身と野菜のマリネ。警察で何をしゃべったか、ロレーヌに訊く。

「日曜に、街でユディトに声をかけられて、ホテルに泊めてもらいながら写真を撮られて、けど、嫌になってきたから逃げ出して、あなたのところへ行って、匿ってもらった。それだけ」

「メグのことは言わなかったんだな」

「ええ、だって、荷物とは関係ないから」

 メグはどうか。

「私もその……拉致されたことは言わずに、ロレーヌが一晩、あなたの部屋に泊まるのを許可した、とだけ」

 すごいな、二人とも。余計なことは一切言わなかったんだ。以心伝心タシット・アンダスタンディングだな。

「君も俺の部屋に泊まってた、とは言わなかった?」

「私はホテルのスタッフとして、ロレーヌに付き添ってきたということになってましたから、それは言う必要がないと思って」

 本当は言いたかったんだろうな。そうに違いない。でも、言ったら君は俺の身内の扱いになるから、証言の信頼性が落ちるんだ。言わなくて正解だよ。

 主菜プラは白身魚のムニエルと野菜のソテー、クリームソースがけ。水上レストランのル・ルーフでも感じたことだが、料理の味付けが日本人向けだ。客の半分以上は日本人に違いないから、それでいいと思う。

「でも、どうして警察へ行かれたのですか?」

 メグに根本的なことを訊かれてしまった。突入のことを言うわけにはいかないので、どう答えるかな。

「ユディトはロレーヌが逃げ出したので、荷物を手放したんじゃないかと思った。そのまま持ってたら、盗んだと思われるからな。だから例えば、泊まっていたホテルを引き払って、わざと置いていくとか。それで、試しに警察へ行って、落とし物として届いてないか訊いた。そうしたら、落とし物じゃない、本人を寄越せと言われたんで、ああいう顛末になったのさ」

「でも、ホテルで預かることも考えられますが……」

「宿泊客のものなら預かるだろうけど、そうじゃないなら警察へ届けるんじゃないか? しかも荷物にはパスポートが含まれているんだ」

「それはそうです。考えてみれば、当然の帰結なのですね」

 メグは感心している。うまくごまかされてくれたようだ。デザートデセールはパパイヤのタルト・タタン。ロレーヌが、興味なさそうな態度をしつつも、俺たちが食べるところを見ている。無理しないで、食べりゃいいのに。きっと胸が大きくなるぜ。

 食べ終わってから、腹ごなしにまたビーチへ出る。月がだいぶ高く昇って、ビーチが銀色に照らされている。今頃気付いたが、本館の南側にもコテージが並んでいるようだ。ところどころ、部屋から灯りが漏れている。

 ロレーヌがまた一人で歩き出す。夜の散策が好きなようだ。こちらは都合がいい。夜中もその調子で出歩いてくれないだろうか。またメグが腕を絡めてくる。今朝から積極的だ。いい雰囲気なのだが、そこへ馴れ馴れしく声をかけてくる無粋な二人組ペアがいる。英語だ。

「食事の時に、あんた方が英語をしゃべっていたので、気になって。ここは日本人ばかりだね! スタッフにも何人も日本人がいるし、英語の方が通じにくいくらいだ」

 ジェフとジョスリンのラッセル夫妻。ニュー・ジーランドから来たらしい。結婚5周年の記念の旅行だそうだ。なぜだか、結婚何周年という二人組ペアとよく出会う。

 いや、待て。今頃気付いたが、これは今回のキー・パーソンズの特徴なんじゃないか。そういう二人組ペアに出会って、どういう情報を仕入れればいいのか。特に気にもならないが、どうしてヴァケイション中の俺が、これほどキー・パーソンズに会うのかと思う。

「あんた方は結婚して何年目?」

新婚ニューリー・ウェッズだ」

 これを言うのはとても嬉しい。もはや既成事実と言っていいだろう。

「しかし、あの娘さんは?」

 メグに目で促すと、例の「姪です」の言い訳をする。相手は納得したようなしないような顔をしている。そりゃそうだろう。日帰り旅行に連れて行くならまだしも、一泊旅行に姪を連れて行くなんてのはそうそうない。

 それから、俺が合衆国から来たと知って「遠い」と驚いたり、メグがオーストラリアから来たと言うと「行ったことがある」と喜んでいる。英語がしゃべりたいのは解るが、そろそろ解放してくれないものかと思う。

 15分ほども話し込んでいる間に、ロレーヌの姿が見えなくなってしまった。しかし、歩いて行った方向は判っているし、ビーチから出ることはないだろうから、ゆっくり行ってもそのうち追い付くだろう。

 月明かりの中を、メグと腕を組んで歩く。月夜のビーチというと、何ステージか前の、総督の娘を思い出す。おびただしい威厳を放っていたが、メグの姿にそれほどの輝きはない。

 しかし、俺の手に届く最上の美しさを持っている。たとえ仮想世界のアヴァターであったとしても、これほど素晴らしい美女ダイムをあてがってくれたシナリオ・ライターには感謝したい。

「新婚だと言っても不自然じゃなくなってきたかな」

「嬉しいです!」

「まだ仕事モードなのに?」

「いいえ、ここでは仕事と個人プライヴェイトを半々にしようと思っていました。あなたのお世話はできますが、ホテルのスタッフとは言えませんもの。ウルルを憶えてらっしゃいますか? あの時は向こうのホテルとあらかじめ連絡を取り合って、ホテル内でスタッフとして動けるようにしてもらいました。でも、今回はそれができていませんし、何よりここでは、私はあなたと同室の宿泊者ですもの!」

「じゃあ、もう既に半分だけメグなんだ」

「さようです! ただ10時までは、言葉遣いや所作はリタらしく振る舞います」

「アーティーとは呼んでくれず、ミスター・ナイトと呼ぶんだな」

「はい」

「でも、キスの仕方はメグなんだろう?」

 人目がないのをいいことに、突然立ち止まってメグを抱きしめ、その愛おしい唇を塞ぐ。メグが背中に回してくる手の力が、いつもより強い。これも“半分メグ”の影響か。

「僭越なことを申しますが……」

 唇を離すと、陶酔したような目でメグが言う。

「何でもどうぞ」

「フランス人のキスはもっと熱烈パッショネイトで長いんです」

「それはフランス人とキスをした体験からの意見?」

「まさか! パリで研修しているときに、恋人たちや夫婦がキスをする姿を見て、憧れていました。私も愛する人とフレンチ・キスをしてみたいと……」

「君の方がよく知ってるんだから、俺に教えてくれなきゃあ」

「かしこまりました……」

 そしてもう一度唇を重ねる。メグの態度が大胆になった。どこかでロレーヌが見てるかもしれないが、彼女だって両親のこんな姿は見慣れてるだろう。

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