#14:第5日 (7) 結婚何周年?
夕食は8時から本館で。フランス料理で、
前菜はカニの身と野菜のマリネ。警察で何をしゃべったか、ロレーヌに訊く。
「日曜に、街でユディトに声をかけられて、ホテルに泊めてもらいながら写真を撮られて、けど、嫌になってきたから逃げ出して、あなたのところへ行って、匿ってもらった。それだけ」
「メグのことは言わなかったんだな」
「ええ、だって、荷物とは関係ないから」
メグはどうか。
「私もその……拉致されたことは言わずに、ロレーヌが一晩、あなたの部屋に泊まるのを許可した、とだけ」
すごいな、二人とも。余計なことは一切言わなかったんだ。
「君も俺の部屋に泊まってた、とは言わなかった?」
「私はホテルのスタッフとして、ロレーヌに付き添ってきたということになってましたから、それは言う必要がないと思って」
本当は言いたかったんだろうな。そうに違いない。でも、言ったら君は俺の身内の扱いになるから、証言の信頼性が落ちるんだ。言わなくて正解だよ。
「でも、どうして警察へ行かれたのですか?」
メグに根本的なことを訊かれてしまった。突入のことを言うわけにはいかないので、どう答えるかな。
「ユディトはロレーヌが逃げ出したので、荷物を手放したんじゃないかと思った。そのまま持ってたら、盗んだと思われるからな。だから例えば、泊まっていたホテルを引き払って、わざと置いていくとか。それで、試しに警察へ行って、落とし物として届いてないか訊いた。そうしたら、落とし物じゃない、本人を寄越せと言われたんで、ああいう顛末になったのさ」
「でも、ホテルで預かることも考えられますが……」
「宿泊客のものなら預かるだろうけど、そうじゃないなら警察へ届けるんじゃないか? しかも荷物にはパスポートが含まれているんだ」
「それはそうです。考えてみれば、当然の帰結なのですね」
メグは感心している。うまくごまかされてくれたようだ。
食べ終わってから、腹ごなしにまたビーチへ出る。月がだいぶ高く昇って、ビーチが銀色に照らされている。今頃気付いたが、本館の南側にもコテージが並んでいるようだ。ところどころ、部屋から灯りが漏れている。
ロレーヌがまた一人で歩き出す。夜の散策が好きなようだ。こちらは都合がいい。夜中もその調子で出歩いてくれないだろうか。またメグが腕を絡めてくる。今朝から積極的だ。いい雰囲気なのだが、そこへ馴れ馴れしく声をかけてくる無粋な
「食事の時に、あんた方が英語をしゃべっていたので、気になって。ここは日本人ばかりだね! スタッフにも何人も日本人がいるし、英語の方が通じにくいくらいだ」
ジェフとジョスリンのラッセル夫妻。ニュー・ジーランドから来たらしい。結婚5周年の記念の旅行だそうだ。なぜだか、結婚何周年という
いや、待て。今頃気付いたが、これは今回のキー・パーソンズの特徴なんじゃないか。そういう
「あんた方は結婚して何年目?」
「
これを言うのはとても嬉しい。もはや既成事実と言っていいだろう。
「しかし、あの娘さんは?」
メグに目で促すと、例の「姪です」の言い訳をする。相手は納得したようなしないような顔をしている。そりゃそうだろう。日帰り旅行に連れて行くならまだしも、一泊旅行に姪を連れて行くなんてのはそうそうない。
それから、俺が合衆国から来たと知って「遠い」と驚いたり、メグがオーストラリアから来たと言うと「行ったことがある」と喜んでいる。英語がしゃべりたいのは解るが、そろそろ解放してくれないものかと思う。
15分ほども話し込んでいる間に、ロレーヌの姿が見えなくなってしまった。しかし、歩いて行った方向は判っているし、ビーチから出ることはないだろうから、ゆっくり行ってもそのうち追い付くだろう。
月明かりの中を、メグと腕を組んで歩く。月夜のビーチというと、何ステージか前の、総督の娘を思い出す。おびただしい威厳を放っていたが、メグの姿にそれほどの輝きはない。
しかし、俺の手に届く最上の美しさを持っている。たとえ仮想世界のアヴァターであったとしても、これほど素晴らしい
「新婚だと言っても不自然じゃなくなってきたかな」
「嬉しいです!」
「まだ仕事モードなのに?」
「いいえ、ここでは仕事と
「じゃあ、もう既に半分だけメグなんだ」
「さようです! ただ10時までは、言葉遣いや所作はリタらしく振る舞います」
「アーティーとは呼んでくれず、ミスター・ナイトと呼ぶんだな」
「はい」
「でも、キスの仕方はメグなんだろう?」
人目がないのをいいことに、突然立ち止まってメグを抱きしめ、その愛おしい唇を塞ぐ。メグが背中に回してくる手の力が、いつもより強い。これも“半分メグ”の影響か。
「僭越なことを申しますが……」
唇を離すと、陶酔したような目でメグが言う。
「何でもどうぞ」
「フランス人のキスはもっと
「それはフランス人とキスをした体験からの意見?」
「まさか! パリで研修しているときに、恋人たちや夫婦がキスをする姿を見て、憧れていました。私も愛する人とフレンチ・キスをしてみたいと……」
「君の方がよく知ってるんだから、俺に教えてくれなきゃあ」
「かしこまりました……」
そしてもう一度唇を重ねる。メグの態度が大胆になった。どこかでロレーヌが見てるかもしれないが、彼女だって両親のこんな姿は見慣れてるだろう。
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