ステージ#14:第5日

#14:第5日 (1) サンドウィッチ

  第5日-2017年2月9日(木)


 早く寝たので、早く目が覚めた。時計を見ることはできないが、まだ夜が明けた気配がないということだけは判るので、おそらく4時台。

 キング・サイズの広いベッドだが、寝返りを打つことができない。両側から挟まれている。右にメグ、左にロレーヌ。こんな風に寝ることは、もう一生ない。あって欲しくない。理性が崩壊する。

 そういえば、昨夜寝る前に、ロレーヌから手をつないで欲しいと言われた。メグがそれに対抗して――子供っぽい対抗心を見せてくれたのが嬉しかったが――同じように手をつなぎたいと言った。

 今は右手しかつながっていない。ただし、ロレーヌは俺の左腕にくっつくようにして寝ている。寝息すら聞こえるくらい近い。右側には若干の余裕がある。そちらに顔を向ける。もちろん、メグが寝ている。

 仰向けだが、顔をこちらに傾けている。ヘッド・ボードの時計の薄明かりに照らされているので、表情がぼんやりと判る。

 メグの寝顔は初めて見る。いつも、寝入る前の顔を見ているのだが、その時はどうも俺の方が先に寝てしまっている気がする。そして目が覚めると、メグは既に起きてしまっている。もしかしたらメグは一人で俺の寝顔を見て楽しんでいるのかもしれない。

 それにしても安らかで美しい寝顔だ。寝ているときは誰しも無防備になるので、だらしない表情になっても仕方ないのだが、メグは微笑みを浮かべているようにすら見える。安心しきっているというか、リラックスの極みというか。

 唇を奪ってみたくなる。身体半分、寝返りを打てば届く。ロレーヌにさえ気付かれなければ。いや、朝の挨拶としてするのなら、別にガキのことなんて気にすることはない。それどころか、がキスをするのに、ガキどころか人目を気にする必要さえあるはずがない。

 俺は何を躊躇しているのだろうか。こんなことだから、メグからうっかり目を離してしまい、その隙に拉致されてしまうのだろう。もう二度とメグを手放さないという決意の表明として、ここは断固キスすべきである! ……まあ、それほど気負うようなことでもない。

 ゆっくりと右側に寝返りを打つ。メグの寝顔が近付く。ガルフピッゲンの山小屋で見た、月明かりの中のマルーシャを思い出す。メグの寝顔はそれに比肩するくらい美しい。

 ところで、昨夜からどうしてこう何度もガルフピッゲンのことを思い出すのだろうか。その記憶の中のマルーシャの表情をどこかへ押しやり、メグに顔を寄せる。寝息が聞こえないほど静かで、人形ではないかと思うほどだ。残念ながら、正確には人形でも人間でもなくて、仮想世界の中のアヴァターのはずだけれども。

 そしてその麗しい唇を塞ぐ。するとそれは明白な意志を持って押し返してきて……メグは起きていた!

 また俺はメグに遊ばれていた。俺が寝顔を盗み見ていることも気付いていたのだろう。あるいは寝たふりをしたまま、俺を誘っていたのかもしれない。だったら遠慮なく唇をむさぼらせてもらう。

 ようやく顔を離すと、メグが薄目を開けていた。寝顔のときよりも、もっと判りやすい笑みを浮かべていた。もう一度キスしたくなったので、遠慮なく実行した。

「昨夜はお休みのキスがお預けになっていたので、今いただけて、とても嬉しいです……」

 メグが囁く。お休みのキスをしていない? そんなはずはない、ちゃんと頬にしたはずだ。唇でないと満足できないのか。

「起きたらまたするよ」

 囁き返す。今度はメグの方から顔を寄せてくる。

「いいえ、お目覚めのキスは私の方からするんです。あなたはそれまで寝ていてくださらなくては困ります」

 次は俺が寝たふりをするのかよ。ガキの遊びじゃあるまいし。

 後ろでロレーヌが動く気配がする。と思ったら、寝返りを打ってこっちに寄ってきた。今度こそ完全にサンドウィッチになった。フットボールならサックを受けたと表現すべきだが、ベッドの上でサックという言葉を使ったら洒落にならない。

 メグがまた笑顔で囁く。

若い少女ヤング・ガールは少しばかり無謀なことができて、羨ましいです」

「俺は堅実な適齢期の淑女レディーの方が好きだよ」

「今は堅実であってよかったと思っています。でも、1年前は……」

 ロレーヌがまた、もそもそと動いた。少しだけ俺から離れた気がする。ガキは寝相が悪くて困る。

「……あなたをケアンズ空港でお見送りしたとき、本当は何もかも捨てて、付いて行きたかったんです。もしこうしてお会いできていなければ、その時の我慢を一生後悔したに違いありません」

 あの手紙の熱烈ぶりから、その時の心境は察せられるけどな。しかし、もし本当に付いて来たら、どうなっていたんだろう。彼女は競争者コンテスタントじゃないんだから、ステージの外へ出ることなんてできないと思う。だが、競争者コンテスタントになることができたら……?

「次に会うのがまた1年後になるのは我慢できる?」

「たぶん、無理だと思います」

 そう言いつつ、メグがヘッド・ボードに目を遣る。時計だろう。4時50分だった。メグがまた俺の方を見た。

「でも5時になって、仕事モードになって、同じことを訊かれたら『1年に1週間だけでもお会いできれば嬉しいです』と答えると思います」

 仕事モードの我慢と建前はすさまじいなあ。どれだけ自分を抑え込んでるんだか。まあ、その反動が夜に現れるんだろうけれども。

「5時になった後の、最初の仕事を指示していいか」

「承ります」

「このまま、俺の手を握って、6時まで添い寝してくれ」

「かしこまりました。着替えは必要ありませんか?」

「着替えてベッドに寝たら服がしわになるだろ」

「了解しました。……本当は、一人で起きるのが怖くて、あなたがお目覚めになるまで、ずっと手を握っていようと思っていました。あなたに叱られても構わないと思って……」

 そんなことで俺が叱るわけないだろ。むしろ、俺が起きる前に一人でベッドから出て行くことに文句を言いたいくらいなのに。

 左手が空いているので、メグの髪を撫でてやる。メグが幸せそうな笑顔で目を閉じる。

 そのまま笑顔を見ていたかったが、安らかな気分でうっかり目を閉じたら二度寝してしまったようだ。次に気付いたら窓の外が明るくなっていて、左腕がロレーヌに絡め取られていた。おそらく胸のあたりに抱きしめられているのだろうが、膨らみが小さすぎて全く気にならない。

 メグはというと、また薄目を開けて俺の方を笑顔で見ている。愛らしい唇が動いて「シックス・オクロック」と告げる。そろそろ起きるか。

 身を起こそうとすると、メグに手で制されて、「ロレーヌの方を見ないであげてください」と言われた。それはもしかして、バス・ローブが乱れて大変なことになっているという意味だろうか。

 メグが先に起きて――彼女のバス・ローブは乱れていなかった――、ロレーヌの方へ回り込んで、俺の手を外したり、他の何かをしたりしている。手が外れた時点でベッドに起き上がったが、ロレーヌの方は見ないでおいた。

 メグが元の位置に戻ってきて、ベッドの上に座って俺の方を笑顔で見る。そういえば目覚めのキスを忘れてるんじゃないか、と思ったら、急に顔を近付けてキスしてきた。

おはようございますグッド・モーニング・サー。朝食はいかがなさいますか」

 完全に仕事モードだな。ルーム・サーヴィスにしてもいいのだが、ずっと部屋に閉じこもっているのは癪だ。敵は別に襲ってくるんじゃない、拉致しようとしてるだけなので、二人から目を離さなければいい。だからホテルのレストランへ行こうと思う。それにはロレーヌが起きなければならないが、起こすか、自分で起きるまで待つか。

「起こそう。若いんだから、8時間も寝れば十分だろう」

「そうですね。あなたが起こして差し上げたら、すぐに起きるかもしれません」

 やなこった。メグ以外の女を起こすなんて、まっぴらごめんだアイ・レフューズ・フラットリー。しかもこんなガキ。笑顔で断り、起こしてやるようメグに指示する。

 メグが声をかけるとロレーヌはすぐに起きたが、メグの顔を見て驚き、慌てて辺りを見回して、俺を発見してから大きくため息をついた。顔を洗いに行ってたら、俺がいないと言って一騒ぎしてたかもしれんな。

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