#14:第4日 (11) 3人の夜
「その後、君は気絶させられて、車で連れ去られたんだ。しかし、犯人はその時、そこにいる少女を連れていた。ロレーヌという名前で……」
一度に全部話すと、今の状態のメグでは理解力が付いていかないだろうから、途中で止める。メグが微かに頷く。
「君が車へ連れ込まれるときに、彼女は隙を見て逃げ出した。その時に、君が持っていたホテルのキー・カードを拾った。偶然落としたらしい。そして、ちょうどいいと思って、この部屋に逃げ込んだ」
今度はロレーヌが頷く。メグは俺とロレーヌを交互に見る。
「俺は君がいなくなったので探したが、見つからなかった。仕方なく部屋に戻ってきて、彼女に気付いた。そして彼女に話を訊いて、君を助けに行った。今話せるのはそれくらいだ」
「私を……助けに……」
呟きながら、メグは俺を見つめていたが、唐突にその愛らしい目から涙が溢れて、ポロッとこぼれ落ちた。眠くて、頭がぼんやりしているから、感情が暴走したのだろう。
「私のせいでご迷惑を、おかけしてしまって……」
「気にするな。君を一人にしてしまった俺が悪い。これからはずっと一緒だ。もう二度と君から目を離さない」
洗面所の中まで付いて行くつもりはないが、シャワーには付いて行くだろう。
「ありがとうございます……」
「まだ頭は痛むか? もう少し何か飲むか」
「今は……何時ですか?」
なぜそんなことを気にする。
「夜の9時だ。テニスが終わってから3時間後だ」
思えば、意外なほどの迅速な解決だった。全てはマルーシャのおかげだ。
「あなたのお食事は……」
仕事モードに戻ろうとしてるな。どうしてそれほど忠実であろうとするんだか。
「まだだ」
「でしたら、ぜひ、お摂りになってください……私も、いただきたいです……」
ああ、なるほど、腹が減って思い出したんだな。しかし、食べに行くのは無理だろう。ルーム・サーヴィスにするか。ロレーヌが物欲しそうな顔で俺を見ている。腹減ったらスナック喰っていいって言っておいただろうが。
「君も喰うか」
ロレーヌが頷く。声くらい出せ。行儀がなってないガキには食事を与えんぞ。しかし、よく考えたら彼女がここにいるのはまずいな。人数超過だ。ルーム・サーヴィスが来た時には隠れさせないと。
とりあえずメニューを見て、胃に優しそうなものを選ぼう。鶏と魚とパスタだな。電話して、「大至急」と言う。こういうときは俺の持っている肩書きが役に立つ。20分くらいで来るだろう。
電話してる間に、メグがベッドから身を起こそうとしていた。
「無理しなくてもいいよ」
「いいえ、起きて頭をはっきりさせたいんです……それより、シャワーは浴びられましたか? お着替えもされていないようですし、お食事の前にシャワーを浴びられたらいかがかと……」
だいぶ仕事モードに戻ってきてるなあ。というか、これもメグが自分のことから連想してるんだろう。彼女もシャワーを浴びたいし着替えたいと。
「解った。すぐに浴びるから、その後で君が……」
えーと、待てよ、ロレーヌはどうする? この後、彼女を追い出すわけにはいかないし、今夜はここに泊めざるをえないだろう。メグにそれを話して了解を得る必要はあると思うけど、ロレーヌにもシャワーを浴びさせた方がいい。
問題はその後で、彼女の着替えがない! メグの服はサイズが合いそうにないし。仕方ない、バス・ローブを1枚使わせるか。俺は一応、パジャマ代わりになるものを持ってるから心配ない。
「メグ、俺の後にロレーヌと一緒にシャワーを使ってくれ。できれば、ルーム・サーヴィスが来るまでバス・ルームに閉じこもっていてくれるとありがたい」
「はい……かしこまりました」
メグは素直に返事をしたが、きょとんとしている。普段のメグなら察してくれるだろうが、今はまだ頭がはっきりしてないから、気付くのが遅れるだろう。
着替えを準備して、
予想どおり、二人がシャワーを浴びている間に、ルーム・サーヴィスが料理を持って来た。念のため、ドアの外にいるのがユディトでないことを確認して――彼女がいつホテルに救出されるのか判ってないので――ワゴンを部屋に入れ、料理を受け取った。スタッフは、二人の部屋に3人分運んできたことを特に疑問には感じていないようだ。俺が二人分食べると思ってるのだろう。一人分の量が少ないからな。
スタッフが出て行って、ラウンジ・エリアの方でテーブルと椅子の用意をしていると、二人がシャワー・ルームから出て来た。シャワーの後のメグが魅力倍増なのは判っていたが、ガキの方も必要以上に色気がある。しかし、メグには敵わないだろう。追い越すにはあと5年はかかる。
それはどうでもいいとして、テーブルを3人で囲んで食事をする。食べながら、ロレーヌの今夜の処遇をメグに相談する。
「つまり彼女を一人にすると、また
いつパリに帰るつもりなのか、ロレーヌに訊いてみる。
「土曜の夜の、東京経由パリ行きのチケットを持ってる……」
喰いたそうな顔をしていた割に、食の方は進んでいない。
「そもそも、どういう目的があって一人で来たんだ?」
「とても綺麗な
子供の頃って、今だってまだ子供じゃないか。しかし、やっぱり“思い出の地”探しかよ。だが、それだけでは一人で来る理由にならんぞ。
「両親を、二人きりで旅行させてあげたかったから」
3人で日本へ行くことになっていたが、自分だけニュー・カレドニアの往復チケットを別途入手して、成田空港でわざとはぐれた? こっちで泊まるところは決めてこなかった? それは大問題だろうが! 両親は間違いなく日本で大騒ぎしてるぞ。思い出の地なんて探してないで、さっさと日本へ行け。
「そのビーチを、私たちも一緒に探してあげることはできないでしょうか」
え、メグ、君がそういうこと言う? いいのか、俺と二人きりでいられなくなるんだぞ。夜もだぞ。ラウンジのソファーを簡易ベッドにして、そこでロレーヌを寝させることにしたら、夜中に君の声を聞かれるんだぞ。いくらガキだって気付くぞ。
「両親のところへ行った方がいいと思うがなあ。今夜は無理として、明日の日本行きのフライトに空きがあるか確認してみよう」
「私が訊いてみます」
さすがコンシエルジュ。すぐに立って、電話のところへ行った。フランス語の会話が聞こえてくる。しばらくして戻って来た。
「今夜から毎日空きがあるそうですが……」
「
ロレーヌが、立ち上がって抱き付いて……と思ったらメグの方へ行った。
「
俺のことを言いながら、メグに抱き付くのはやめてくれる? しかし、メグはロレーヌの肩を愛おしそうに抱き返している。これはシャワーの時に何かあったな。メグの保護欲を刺激するようなことを、ロレーヌがやったか言ったかしたんだろう。俺への愛情よりもそっちを優先させるつもりか、メグ。
「何とかならないものでしょうか……」
そういう目をされると弱いな。しかし、本当にそれでいいのか。二人きりの夜がなくなるんだぞ。
「ロレーヌの思い出に合いそうなビーチを、探してやってくれ。ただし、それは明日だ。今夜は二人とも神経が参っているだろうから、もう寝ること」
「かしこまりました」
「二人はベッド・ルームを使ってくれ。俺はこっちのソファーで寝る」
「
メグがとても色っぽい表情で言う。じゃあ、どうしろと。
「ロレーヌ、この部屋のソファーで一人で……」
「
ロレーヌがメグを離れて、俺にしがみついてきた。
「一人はダメ! あなたが守ってくれるって言ったの! 一緒に寝るの!」
ほら、こういうことになる。メグが、見たこともないような複雑な表情をしている。嫉妬をどうにか抑え込んでるって感じだな。悪かったよ、このガキに催眠術をかけすぎたんだ。
「致し方ありません。では、あちらのベッドは広いですから、3人で……」
並び順はどうするんだよ。どうせ君ら、俺の隣でなきゃ嫌だって言うだろ。そうしたら俺が二人の間に挟まることになるに決まってるじゃないか。夜中に俺が我慢できなくなったら、どうすりゃいいんだよ。
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