ステージ#14:第3日
#14:第3日 (1) わがままな女
第3日-2017年2月7日(火)
目が覚めると、やはり腕の中にメグはいなかった。俺の胸に顔を擦り付けて寝ていたのに、別れの挨拶もなしに消えるとはけしからんことだ。
隣の部屋にいることは判っているのだが、どうしてやろうか。呼びつけてもう一度ベッドの中に入れと命令するのでは、あまりにも芸がない。
「ヘイ、リタ! リタ!」
とりあえず別名で呼んでみる。
「
閉まった折り戸の向こう側から声がする。いや別に、フランス語訛りの英語で答えてくれなくてもいいんだけど。
「こっちに来てくれ」
折り戸が開く。仕事の服に着替えたメグが入ってきて、笑顔でベッドの横に立つ。何という爽やかな笑顔。これが昨夜ベッドの中にいたのと同じメグだろうか。
「
「大変なことが起こった」
「何でしょう?」
「俺の大切なメグがいなくなった。ベッドの中から消えたんだ」
メグが満面の笑みをたたえる。
「それはどのような女性ですか?」
「君とそっくりの顔で、昼間はとても従順でクールなんだが、夜になるとわがままになって甘えてくるんだ」
そして可愛らしい顔からは想像もできないほど激しく求めてくるんだが、そこまでは言わないでおく。
「探しておきますが、夜になったらきっとお戻りになるでしょう」
「わがままだからな」
「ええ、本当に」
「そういうのは俺より年下の淑女だけなのかと思ったら、年上でもそうらしい」
「女性は年齢にかかわらずわがままだと思いますわ。あなたに甘えているのでしょう。お気になさらないでください」
密かに言い訳をしてるな。確かに甘えてもらえるのは嬉しい。メグの甘え方というのは信じられないくらい保護欲を催すから。
「俺は女心に疎いから、今後もそういうことを教えてくれると助かる」
「かしこまりました」
「それから、そういう淑女を手懐ける方法も」
「かしこまりました」
「きっとお金やプレゼントじゃなくて、言葉や態度で示す方がいいんだよな」
「もちろん、そのとおりですわ」
「ストレートにするのがいいか、それとも遠回しにするのがいいのか」
「それは時と場合に応じて使い分けいただければ」
「でも、試す時間が夜しかなくて困ってる」
「日中でもさりげなく試されてはいかがですか。強引でなければ許されると思います」
「ところで、着替えは」
「ランニングをなさると思って、用意しておきました」
すぐそこの椅子をメグが指し示す。トレーニング・ウェアが置いてある。しかし、走るのが判っているのに、メグはどうしてスカートなのか。
「君も着替えてくれ」
「かしこまりました」
メグがリヴィング・ルームに戻っていく。しかし折り戸は閉めず、ソファーのところでスカートからロング・パンツに着替え始めた。いつもながら、下の時だけは俺に隠さず着替えるんだよな。でも、あの下着はなかなか扇情的なんだが。
着替えて、昨日と同じように走る。メグは自転車で付いてくる。サドルにまたがると内股が痛いはずだが、絶対我慢していると思う。しかし、それを言っていじめすぎると、夜にどんな仕返しをされるか判らないので言わない。
三つ辻まで往復して、ホテルに戻ってきて、バンガローでシャワーを浴びて、レストランへ行く。一足先に待っていたメグが寄ってくる。
「マドモワゼル・マルーシャにご会食を申し込みましたが、もうお済みになっていました。ですが、昨日、ピッシンヌ・ナチュレルであなたに話しかけたお二方が、ご会食なさりたいと……」
女二人組? いいけど、きっと君は同席してくれないんだよな。二人組の名前はレナとローズだそうだ。ショート・ヘアがレナでロング・ヘアがローズ。
「俺の素性を知ってるのか」
「いいえ、ご存じないと思います」
そうか、じゃあ、例によって職業は農家にしておくか。その方が絡まれなくて済むだろう。
「ところで、彼女たちってもしかして同性カップルとか……」
「いいえ、そんなことはないと思います。男性のお客様に度々お声をかけているところが他のスタッフに目撃されてますから」
よく観察されてるなあ。まあ、ホテルは風紀を乱されないために、客を観察するのも仕事だろうけど。
「でも、ここに泊まってる男の客って、全員、女連れじゃないのか。恋人どうしとか夫婦とか。新婚旅行客も多そうだし」
「はい、あなたを除けば全てそうです」
「それで俺が声をかけられた?」
「いいえ、ですから、他の男性のお客様も何人もお声をかけられていて……」
女から男を奪うつもりかよ。とんでもない女どもだな。
「でも、君だって俺の恋人や妻だと思われてるってことだよな」
「いいえ、ホテルのスタッフは全て、あなたがお一人でお泊まりと認識していますし、ですから彼女たちがスタッフにお尋ねになれば、そう答えるはずです」
「君はそれを何とも思わないのか」
「でも、それが事実ですから」
え、何、その自信たっぷりな笑顔。事実としては俺が一人客でも、
俺は君を密かに所有したいと思ってるのに、君は俺を他の女に見せびらかして自慢したがってる? もしかして、俺って既に
ともかく、その二人と食事するか。メグの案内でテーブルへ行く。既に二人は食べ始めていた。挨拶をして自己紹介をして席に座る。メグが俺の朝食を取りに行く。
「ホテルのスタッフなのに、そこまでしてくれるのね」
ショート・ヘアのレナが言う。彼女はヘア・スタイルだけでなく、服や仕草もどことなくマニッシュだ。
「ああ、特別なサーヴィスを依頼しててね。身の回りの世話もしてくれる。一人客専用だそうだ」
「昨日、ピッシンヌ・ナチュレルへ付いて来たのも彼女?」
「そう」
「あなたってお金持ちなのかしら?」
これはロング・ヘアのローズの質問。特にフェミニンというわけではなく、むしろ快活な雰囲気。ただし、胸だけは大きい。メグよりも。
いや、それは比べる必要もない。メグの身体の素晴らしさは見かけの大きさではない。それはベッドの中だけで判っていればいいことだ。
「そういうわけでもない。合衆国のフロリダ州で小規模な農場を経営している。ただ、去年はハリケーンで他の農園がダメになったのに、俺のところだけがほとんど被害がなくて、それでいつもより儲かったので、ちょっと贅沢な旅行をしてるんだ」
「農場? 日焼けしてないから、そうは見えないわ」
そうだろうな。レッド・ネックって言葉があるくらいで、首のあたりが日焼けしてるのが白人農場主の特徴だから。
「皮膚癌を気にしてるんで、日焼けしないように常に気を付けてる。ただ、肌は強くてね。少し焼けても、冬になるとすぐに色が抜けるんだ」
農場主と知った上で興味を持ってくるようなら、要注意だろう。前回のヴァケイションでのノーミがそうだった。彼女は俺が財団の研究員だと知っていて、その上で嘘に合わせようとしてきたからな。その時点では、俺自身が財団の中身を知らなかったのに!
「何を作ってるの?」
「オレンジとグレープ・フルーツとサトウキビだ。ほとんどは加工食品用。オレンジとグレープ・フルーツは生食用も作ってるがね」
「フルーツはジュースにするのかしら」
「シロップ漬けの缶詰にもなるよ」
幸い、この二人はあまり興味を持つこともなく、当たり障りのない話をして、朝食を終えた。
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