#14:第2日 (7) ヌーディスト

 夕食の後はまた散歩。ホテルのビーチはどうせ他の宿泊客で埋め尽くされているので、ちょっと違うところへ行ってみる。メグに懐中電灯フラッシュ・ライトを借りてきてもらい、昼に通ったピッシンヌ・ナチュレルへの道を途中から分かれ、ホテルの東側にあるキャンプ場へ。そこにもビーチがある。

 夜道は暗いので、はぐれたら大変、と言いつつメグと腕を組む。メグは夜道を怖がらないが、しっかりと身体を密着させてくる。「はぐれて迷惑をかけたら大変」という責任感もあると思うが、仕事モードから個人プライヴェイトモードへの切り替え時間が近いせいでもあるだろう。ゆっくり歩いて、10分ほどでキャンプ場のビーチに着いた。

 キャンプ向きの季節ではあるものの、客はとても少なく、ホテルよりは断然プライヴェイト・ビーチに近い感がある。昨夜よりほんの僅か大きくなった半月が、昨夜より少し低いところに浮いている。組んでいる腕をほどいて、メグの腰を抱き寄せる。

「今日は1時間早く仕事を終えられないか?」

「そんなことをしたら、明日はさらにもう1時間早く終えられないかとおっしゃるんでしょう?」

 よく解っている。ルールは少しでも破ると、次第になし崩しになってしまう。そうすると仕事と個人プライヴェイトの切り分けができなくなり、人は堕落する。だから時間まで我慢しなければならない。メグだってきっと我慢している。その方が、後の楽しみが大きくなることを知っているから。

「君は泳ぎは得意じゃないんだったっけ」

 黙っていると我慢できなくなりそうなので、何でもいいから話しかける。

「ええ、溺れない程度です」

「じゃあ、夜の海に入ったこともないだろう」

「ありません。あなたはおありなのですか?」

「足だけ入ったことがあるんだ」

 前のステージで、夜の黒海に足だけ浸かったが、マイアミ大の時にも夜の海で遊んだことがある。

 満月で、とても明るい夜だった。腿の辺りまで海に浸かって、フットボール・チームの仲間と水の掛け合いをした。酔っていたわけではない。周りは泳げる奴ばかりだったので、溺れても安心だと思っていたが、よく考えたらあれはとても危なかった。いくら泳げたって、夜の海で沈んでる奴を見つけることなんてできっこない。

「足だけなら気持ちよさそうですね」

「後で試してみよう」

「後でですか?」

「ここからバンガローへ戻る時に、海の中を通っていった方が近いと思うんだ」

 このビーチはバンガローまでは続いていないが、ビーチの端から浅瀬を通っていけばいい。昼に、ピッシンヌ・ナチュレルへ行った時のように。あの時よりも、水の中を歩く距離は短い。100ヤードもないだろう。そして、バンガローのバルコニーに付いている階段を上がればいい。

「楽しそうですわ」

「それまでは、海の話でもしよう。君は何か変わった海の思い出はある?」

「ヌーディスト・ビーチに行ったことがあります」

 いきなり何という話題を出してくるか。

「いつ?」

「学生の頃です。シドニーへ遊びに行ったんですが、シドニー湾の入り口の、サウス・ヘッドという岬の先端の近くに、レディー・ベイ・ビーチというのがあるんです。シドニー湾に三つある、合法のヌーディスト・ビーチの一つです」

「恋人と行った?」

「いいえ! 大学の女性の友人3人とです。そこだけが目的ではなくて、他を見たついでにちょっと寄ってみただけなんです。でも、友人3人はヌードになりましたけれど、私はなりませんでした」

 ああ、よかった。この世にメグのヌードを見たことがある男が、そんなにたくさんいるのかと思うと気が気じゃない。いや、ここは仮想世界なのか。錯乱してるな、俺は。

 でも、メグはきっと実在の淑女を基にした登場人物であって、その淑女はメグと同じ経験と記憶を持ってるんだよな。何にしても、公共の場所でヌードになっていなくてよかった。

「どうして?」

「だって、恥ずかしいですから! 私、裸体主義者ナチュリストではありませんし。友人たちもそうではありませんでしたけど、でも彼女たちは一生に一度の経験と言って、思い切って挑戦していました。私はその挑戦をする勇気もありませんでした」

 そんなの、ない方がいいって。別に裸体主義者ナチュリストのことをどうこう言うつもりはないが、世の中には俺のものじゃなくても他人に見せたくないものってのがあるんだよ。

「挑戦する気持ちは大事だが、自制も大事だよ」

「そう思っていました。でも、その後で、少し積極的になれたんです。それまでの私は消極的な性格でしたけれど、思い切って何かをする時は、『脱ぐことに比べたらこれくらい何でもない』って考えられるようになったんです」

 そうすると一応ヌーディスト・ビーチでの経験は、メグの性格形成に寄与しているわけだ。もし行っていなかったら、コンシエルジュという職業を選んでいなかったかもしれない。そうすると俺と会うこともなかった。いや、仮想世界での職業が、現実世界での職業と同じである必要はないのか。頭が混乱するなあ。

「今ならどうだろう?」

「ヌーディスト・ビーチですか? いいえ、人目があるとやはり恥ずかしいです」

「今夜のように人目がなければ?」

「あなたしかご覧になっていないのであれば、脱ぎます。そのようにした方がいいでしょうか?」

 積極的すぎるよ。

「訊いてみただけだよ。ここでそんなことはしなくていい。仕事モードのリタは、俺の指示に外れたことはしないよな」

「はい、もちろんサータンリー! でも、仕事モードが終わって、個人プライヴェイトモードのメグになったら、私のしたいように振る舞っても構わないのでしょう?」

 10時になったらいきなり脱ぐつもりかよ!

「でも、俺の気に入らないことはしないはずだよな」

「はい、もちろんアブソルートリー! あなたのお望みにならないことをするつもりはありません。でも、本当にお望みにならないのですか?」

 あああ、俺はいじめられている! メグが俺を困らせようとしている! 本当に仕事モードなのだろうか? 本当に我慢しているのだろうか?

 仕事を1時間早く終えろと言ったら、できませんと答えたふりをして、実は早く終わることに同意するつもりだったのか? メグの考えていることが解らなくなってきた。しかし、俺は我慢するぞ。誘惑に負けるものか。

「俺が望むか望まないかは、10時になったら判る」

「かしこまりました」

「他に何か面白いエピソードは?」

「実は一度だけ、ヌードで泳いだことがあります」

「小さい子供の頃だろう」

「はい」

 そういうジョークはさすがに聞き飽きている。しかし、レイクフォレストにあるミシガン湖水浴場では、どんなに小さい子供でも水着が必須だ。理由は推して知るべし。

「次の満月はいつだろう」

「申し訳ありません、調べていません」

「だが、きっと今週末だろうな」

「はい、おそらく」

「それまで毎晩、二人でビーチに出て月を見ようか」

「はい」

「ヌーメアのホテルにも、近くにビーチがあるんだったな」

「はい、ホテルにすぐ西側に」

「そこは人目がたくさんあるかな」

「はい、おそらく」

「ここみたいに、二人きりになれるビーチはどこかにあるだろうか」

「後で探します」

 ここだって、正確には二人きりではないが、少なくとも人目は気にならない。しかし、ホテルがあれば、その近くのビーチは夜中でも恋人たちが出歩くことが多いのであって、よほどの辺鄙なところでないと、二人きりにはなれないだろう。

 さて、ようやく10時が近付いてきた。このままここで愛を語り合うか、それともバンガローに戻るか。

「そろそろ海の中を歩こうか」

「はい」

 砂だらけになってバンガローに戻ると、後が大変だ。足だけならさっと洗えばいい。ビーチを西へ歩き、林が行く手を塞いだら、海へ入る。俺のアンクル・パンツはどうでもいいとして、メグのスカートは少し長めだから、濡れないようにたくし上げた方がいいが……

「転ばないように、また手を握っておくよ」

「はい!」

「スカートはたくし上げて片手で持っておけばいい」

「いっそ、ドレスを脱いだ方が楽なのですけれど」

「それを脱がずにうまくやるのが君の腕の見せ所だよ」

「かしこまりました!」

 懐中電灯フラッシュ・ライトで足元を照らしながら、浅瀬を歩く。茂みの中に階段を見つけたが、これは隣のバンガローのだろう。間違えないようにしないといけない。

 数十ヤード先に、別の階段を発見。これだな。階段それを登り、バルコニーに出た。部屋に入ると、ちょうど10時。メグの仕事の時間は終わった。

 早速メグを抱き寄せる……前に、足を洗いに行く。バス・ルームへ行くと、メグが付いて来ている。

「足を洗うのをお手伝いしますわ」

「君の仕事の時間は終わってるよ」

「個人としてあなたの足を洗うお手伝いをしてはいけませんか?」

「じゃあ、君の足は俺が洗ってやるよ」

「はい、お願いします! ドレスが濡れてしまいますので、脱いでしまいますね」

 そうか、そういうことをするのが目的で、バス・ルームに付いて来たのか。やっぱり10時以降のメグは大胆だな。

 あれ、えーと、下着を穿いてない? いつ脱いだんだ? さっきのビーチで脱いだはずはない。……まさか、夕食に行く前から穿いてなかった?

 ……何てことだマイ・ゴッシュ、俺の信頼を裏切ったな。今夜は昨夜よりもっと大きな声を出させてやる!

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