#14:[JAX] ランチ・タイム・ミーティング
ジャクソンヴィル市街地-2065年12月13日(日)
12時にレストラン“マリーナ・ミラージュ”へ行くと、女が二人来ていた。ケイトとマギー! マギーはケイトの誘いに応じてくれたようだ。休みなのに。テディーはまだ来ていなかった。あいつが遅れてくるのは想定の範囲内だから問題ない。
「ハイ、ケイト」
「ハイ、アーティー」
「
マギーはいつもどおりの丁寧な挨拶だ。しかも休日だというのに、仕事の時のようなブラウスとジャケットを着ている。もちろん、笑顔もない。
さりげなく、マギーの正面に座る。今日はケイトとテディーのランチに付き合っているということになっているから、これでおかしくはない。
ただ、これくらいの距離で向かい合って座ったのは初めてだ。いつも彼女のオフィスで会うときは、俺が立って、彼女は座っているからな。
「ハイ、マギー。今日は休日なのにランチの誘いに応じてくれてありがとう」
「ちょうど出掛けることになりましたので」
「どこへ?」
「オフィスです。ランチの後で行きます」
「休日出勤か。ちゃんと申告しなよ」
「はい、30分ほどですので問題ありません」
「ハーイ、ケイト!」
「ハイ、テディー!」
テディーが現れた。俺の予想では10分遅刻だったのだが、それより5分早く来たか。
ケイトのお勧めのランチ・メニューを頼む。テディーとケイトが楽しそうに会話を始める。マギーはあまり楽しそうにせず、黙って座っている。満を持して俺が話しかける。
「仕事に行くことについて、君の夫は何か言ってた?」
「いえ、彼も急に出掛けることになったのです」
「どこへ」
「それはお答えできません」
それはまあいいとして。
「30分の出勤なのに、いつもと同じような服を着ているんだな。もう少しカジュアルでもよかったと思うが」
「オフィスへ行くときの服は決めていますから」
「毎日同じじゃないはずだけど」
「12種類の中から適切なもの選ぶことにしています」
そんなにあったかな。ほとんど毎日彼女のオフィスへ行ってるのに、まだ全部は見ていない気がするのはなぜだろう。
「番号でも付けて、順番に着ているとか?」
「そういうわけではありません」
「その日の気分で決めるのか」
「いいえ、その日の天気と、他の人の服装を予想した上で決めます」
天気はいいとして、他の人の服装を予想? そんなことできるのだろうか。
「俺の服も予想している?」
「はい」
「じゃあ、今日のこの服も予想していたのか」
「はい」
「予想は当たってた?」
「はい」
「その服は、その予想に合わせてきたのか」
「いえ、ケイトの服に合わせました」
お揃いではないが、似たようなコンセプトで、しかしデザインはちゃんと異なっている。かぶると困るから予想するのだろうか。それは女にとっては重要なのかもしれない。俺も次からマギーの服装を予想して楽しむことにしよう。
「そういえば俺が買った服を品評してくれたこともあるよな」
「そうですね」
「ああいうのは君にとって楽しいのか」
「楽しいというわけではないですが、苦痛というわけでもありません」
微妙な答え。要するに、頼まれればするし、それを嫌がってるわけじゃないということだ。
「じゃあ、これからも時々頼むかもしれない」
「
「ところで、君自身の服を買いに行くのは楽しい?」
「はい。ですが、それほど頻繁に行くわけではありません」
「週に一度とか」
「いえ、月に一度です」
「女性はもっと頻繁に服を買いに行くのかと思っていた」
「行くのは楽しいですが、着る予定のない服は買いたくありませんので」
「オフィスに着てくる服はそうだろうけど、
「いえ、それも必要な物は揃えていて、月に一度買い足すだけです」
「もしかしてそれも12種類あって、1ヶ月ごとに古いのと入れ替えていくとか」
「はい、そうです」
何という規則正しい性格。いや、意外に俺と似ている気がするな。俺の方が服の種類が圧倒的に少ないというだけで。
「君の
「お見せする機会がないと思います」
「例えば明日のランチには
「ランチの予定は入っていません。明日は出掛ける予定もありません。もしまたオフィスへ来る用事があれば、ランチに参加するかもしれませんが」
「でも、その時は今みたいな服で、
「はい」
そうすると誘ってもオフィスへ行く予定がなければ来てくれないんだろう。まあ、明日は俺も違うランチの予定が入ってるんだが。
しかし、服のことは意外に話が続くなあ。顔に出さないだけで、好きなのかもしれない。
「ジャガーズがスーパー・ボウルに勝ったら祝賀パーティーが開催されると思うけど、その時に着る服は用意してる?」
「はい」
でも、スーパー・ボウル優勝祝賀パーティーとなると、結婚式に着るような服よりももっといい、最上級の礼服を用意しなきゃいけないんじゃないのかなあ。
「俺は持ってないんだけど、もし用意することになったら、君が見立てしてくれる?」
「問題ありませんが、その時に私が今の組織に所属してることが前提ですが……」
いや、来年の2月とか3月なら、今の職場にいるだろ。リング・セレモニーなら6月だな。どっちにせよ、よほどのことがない限り、君は
「パーティーには君の夫も呼んだらいいよ」
「私の夫はチームの職員ではありません」
「でも、プレイヤーはほとんどみんなパートナーを連れてくるらしいよ。スタッフだって同じさ」
「その日に彼が休めるか判りません」
「休みの日が決まってないのか。フリーランス?」
「はい……」
珍しく歯切れが悪いな。
「スポーツのプレイヤー?」
「違います」
「スポーツのライターかな」
「違います」
「そうか。別に教えて欲しいわけじゃないから、これ以上訊くのはやめるよ。ところで、君はゲームの日は休みだけど、ゲームを見てくれてる?」
「はい。ホームの時はスタジアムで見ます」
「へえ、スタジアムへ来てくれてたのか。どこに座ってるんだろう?」
「座っていません、立ち見席です」
「南側のエンド・ゾーン上段の、スタンド・エリア?」
「はい」
3時間立ちっぱなしかよ。足が太くなるんじゃないのか。見えてないから判らないけど。
「次のゲームではスタンドを気を付けて見ておくよ。ヴィジターの日は?」
「ストリーム中継を見ています」
「Game Passか。ルールには詳しいのか」
「はい、一通りは」
さすがだな。俺はチームの運営のことは全く解ってないのに。
「君の夫も見てる?」
「見ていない時もあります」
「フリーランスだから」
「はい」
「Game Passなら後でも見られるだろ」
「結果を知ってしまっていると、見たくなくなるとのことなので」
「なるほど。でも、ゲームの結果は気にしてくれてるんだ」
「はい」
夫の話よりも服の話の方が、ほんの僅かだが楽しそうに受け答えするのはなぜだろう。単に、夫の話を避けたいだけなのか。
とにかく、彼女と話を続けるには“服”だな。俺が詳しくなる必要はないだろう。彼女に「教えて」と頼む方が、きっといろいろ話してくれるに違いない。
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