#14:第1日 (2) ヌーメア観光

 平凡な風景の中を15分ほど走ると、ようやく小さな町に出た。

「鉄道はないのか?」

 ジルベルトの案内が終わったので訊いてみた。

「鉄道は……ありません」

「80年ほど前まで、ヌーメアとパイタを結ぶ短い鉄道があったのですが、廃止されました。パイタはちょうどこの辺りで、少し北の方へ行くと駅跡があるのですが、ご覧になりますか?」

 ジルベルトは答えられず、意外にもエティエンヌがすらすらと答えた。

「いや、見なくてもいい。さっきからずいぶんと平坦なところばかり走ってるから、鉄道くらいあるのかと思って訊いてみただけだ。それにしても、80年前の鉄道なんてよく知ってたな、エティエンヌ」

「はあ、それは……日本からのお客様に、たまに訊かれるものですから」

「日本からの客は多いのか?」

「多いですよ、ええと……ジルベルト、説明して」

 知っているけど、エティエンヌがしゃべるとジルベルトが仕事をしなくなるので、仕事をさせようとしているのだろう。ジルベルトが資料をあさる。

「ああ、はい。少しお待ちください……近年、ニュー・カレドニアヌーヴェル・カレドニーを訪れる観光客は、フランス人が約30%、オーストラリア人と日本人が約20%ずつを占めています」

 それくらい憶えておけよ。

「ほう、日本からそんなに多いとはね」

「昔、ニュー・カレドニアヌーヴェル・カレドニーを舞台にした日本の映画があった影響だと聞いています。それと、フランスからの観光客が日本を経由して来るので、直行便も多いのです」

 ああ、日本人がやりがちだな、そういう巡礼の旅ピルグリメッジは。それに、奴らは南の島が大好きだからなあ。グアムもハワイも日本人観光客に占領されてるようなものだ。

「スタッフも3ヶ国語しゃべれるのか」

「いえ、日本からのお客様向けには、日本人のスタッフがいます。他の大手のホテルでも同じです。町の人はフランス語しか話しませんが、先ほど申し上げたとおり観光客はそれほど多くありませんから、特に困っていないようで……」

「観光を経済に役立てるつもりがないようだ」

「そのとおりです。そもそも、海が綺麗でマリン・レジャーが楽しめるという以外に、観光資源がないんです。世界遺産もバリア・リーフだけですし、大きな都市はヌーメアだけで、そこに著名な建築物があるわけでもないですし、伝統の文化や芸術が見られるわけでもないですし……」

 ホテルの従業員がこれほど消極的でいいのかと思うくらいだが、正直なところを語ってくれているのだから許しておこう。何もしないのを楽しみに来るとしても、それじゃ経済貢献にはならないものな。

「じゃあ、経済は何で持ってるんだ?」

「主に鉱業です。ニッケルとコバルトの世界的な産地として有名です。それはさっきご説明しましたが……」

 そうだっけ、悪い悪い、ちゃんと聞いてなかった。さて、そろそろヌーメアの市街地に入ってきたようだ。

「最初は、電波塔の丘にお連れします。そこから、ヌーメア市街地全体、さらに海まで見渡せます。その次に、すぐ近くのミッシェル・コルバッソン動植物森林公園へご案内します」

 左前方に山が見えて、そこに電波塔が建っている。空港道から降りてランプを回ったり、ラウンドアバウトを回ったりして、方向がめまぐるしく変わる。そのうち山裾に張り付いて、坂を登り始め、やはり右左折を繰り返す。次に行く森林公園の前を通り過ぎて、横道に入ると、電波塔にたどり着いた。

 なるほど、市街地と海が見渡せるのだが、別に展望台に指定されているわけではなく、単に見晴らしがいいところというだけのようだ。そして、ヌーメア市街地はプレッツェル・ロッドから枝のように突き出した、複雑な形の岬の上に構成されている、というのがよく解る。

 電波塔と森林公園のある、このちょっとした山地以外は、ほとんどが平坦なように見える。その平坦な部分はほとんどが家で埋め尽くされている。湾岸部の、おそらく埋め立て地と思われるところに、工場と思われる敷地がある程度だ。

 格別の景色、というわけでもないので、もう次のところへ行く。ミッシェル・コルバッソン動植物森林公園まで、3分ほどで戻る。駐車場に車を置き、ジルベルトだけが付き添いで入るのかと思ったら、エティエンヌまで付いて来る。大仰だな。

 この森林公園は1972年開園。入ったところの並木道が鳳凰木フランボワイヤンの花で赤く染まっている。道が動物園と植物園に分かれているが、まず動物園へ。どちらもニュー・カレドニアの固有種を集めているのだが、動物は特にカグーというのが有名であるらしい。

 カグーは、全体的に白っぽく、少し緑が混じっていて、突起物はほとんどなく、あまり見栄えのしない鳥だ。しかも飛ぶことができず、地面を走り回るだけ。それでもニュー・カレドニアの国鳥だそうだ。コインにも描かれている。

 普段はすばしっこく走り回るだけで、わりあいおとなしいのだが、敵に襲われたり、求愛の時期になったりすると、頭の羽毛――冠羽クレスト――を逆立てる。そしてかなりうるさく鳴く。その姿は写真で見ることができたが、たくさんの角が生えているようで、なかなかユニークな姿だ。

 その他に珍しい鳥は、ノトゥーという大型の鳩、ウヴェア島のみに棲むインコ、それから道具を使うというカレドニアガラス。固有種だけでなく、他の国の動物も見られるのだが、珍しくもないので見ずに通り過ぎる。

 鳥以外では、爬虫類。特にヤモリ。俺はあまり好きではないし、ジルベルトが嫌がっているので、あまり見ないでおいた。それからコウモリ。これもあまり可愛くない。

 日曜なので現地の家族連れも来ているようだが、固有種よりもその他の普通の動物の方が人気があるようだ。特に孔雀を見て喜んでいる子供が多かった。

 次に植物。固有種として有名なのは松。ニューカレドニア松、あるいはクック松と呼ばれるものは、コインにも描かれている。しかし、松というのは花が咲かないので、やはり地味。他の観光客も、花が咲く植物の方を喜んで見ている。

 まあ、季節がよくて、色々と咲いていたのはよかったかな。1時間半ほど見て回り、さて次はとジルベルトに訊くと「昼食です」とのことだった。

「少し遠いですが、ホテルまでご案内します」

「別に市街地のレストランで食べても構わないが」

「市街地のレストランは、今日はほとんど閉まってるんです。日曜ですから。先ほど申し上げたとおり、町の人のほとんどは観光客を当てにしていないんです」

 逆に考えると開いている店は観光客向けであって、そういうところへ行くくらいならホテルのレストランで食べても大差ない、ということなのかもしれない。

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