ステージ#14:第1日
#14:第1日 (1) 出迎えの二人
第1日-2017年2月5日(日)
目を開ける。広くて天井が高い建物の中にいた。前例に従えば、ここは空港であると予想できる。その裏付けとして、大きなスーツ・ケースを転がしている連中がいる。俺の荷物はもちろん、いつもの鞄一つ。
そして前例に従うのなら、ここに
シャツは同じ柄の色違い、スラックスは同じ色。二人とも若い。二人とも白人。二人とも髪が黒い。二人とも容姿は
そんなに緊張するなと言ってやりたいが、少しいじめてみたい気もするので、そいつらの方を見ながら黙って立っていた。
二人は俺の顔を見て、手元の何かと見比べてから、こそこそと話をしている。しばらくの後、意を決して、という感じで二人して近付いてきた。
「
男の方がフランス語で話しかけてきた。おそらく、顔写真か何かを確認していたのだろう。そして、ドクターと呼ぶなというのはなぜか伝わっているらしい。
「そうだよ」
「
「初めまして。確か身分証明書の確認が必要だったかな」
「
例のクレジット・カードを見せる。これは男ではなく、なぜか女の方が確認した。女、お前も何かしゃべれ。
「初めまして、ジルベルト」
「ウプス! いえ、大変失礼しました! 初めまして、ジルベルト・ヴァリです……」
手を差し出すと恐る恐るという感じで握ってきた。まだ緊張しているらしい。エティエンヌとも握手をする。彼らの緊張をほぐすのは俺の役割ではないと思うので、放っておくことにする。
そういえば、前回のヴァケイションのポート・ダグラスでは、お迎えはゴージャスな美人――ただし人妻――だったが、ここでは違うようだ。
「それでは、ヌーメア市内までお送りいたします。我々はル・メリディアン・ヌーメアから参りましたが、本日、ムッシューがお泊まりになるのは、ル・メリディアン・イル・デ・パンです。
段取りが悪いな。新人らしいので、笑いながら聞いていてやったが、こういう案内は「まずお車へどうぞ」から始まって、歩きながら「市内へご案内します」、車に乗って「本日の宿泊先は……」、そして走りながら「夕方まで観光にご案内します」ってやるもんだろ。別に俺が指導してやるつもりはないけどさ。
それからようやくエティエンヌが「お車へどうぞ」と言って歩き始める。俺の後からジルベルトが付いて来る。
「車は残念ながら、送迎専用ではないのです。
俺の架空の肩書きのせいで、余計な気を遣わせているようだな。まあ確かに、前回は最上級のもてなしを受けたし、財団研究員のヴァケイション対応はこうあるべき、というマニュアルのようなものがどこかにあるんだろう。ただ、送迎に新人を寄越したところだけは腑に落ちない。二人だから何とかなるものではあるまい。
駐車場に停まっていたのはプジョーの中型車だった。エティエンヌが運転席に座り、ジルベルトが助手席。俺は後ろに一人きりだ。別に、ジルベルトが隣に座って接待すべきだとは言わないが、車の中で観光案内したりするだろう。ジルベルトがいちいち後ろを見ながらしゃべるつもりだろうか。
「ああ、一つ言い忘れていました。実は、我々は代理なのです」
エティエンヌは運転席に座ってるんだから運転に専念しろよ。何か言いたいことがあるなら助手席のジルベルトが言え。
「誰の代理?」
「あなたの
パリから
で、エティエンヌ、まだ出発しないのかよ。さっきから二人してファイルとかタブレットとかをずっと確認してるけど、何の相談だ?
「お待たせいたしました。ヌーメア市内に向けて出発します」
だから、案内はジルベルトがやれって。そういやお前ら、車まで鞄を俺に持たせたままだったよな。心の余裕が全くないというか、頼むから交通事故を起こさないでくれよ。
「
車が走り出すと、ジルベルトが助手席で身体をよじって、半身になって後ろを見ながら訊いてきた。俺の横に座って案内するより、エティエンヌとの段取り打ち合わせの方が大事なのだろう。いいよ、新人にはそれほど期待してないから。フットボールなら新人でも即戦力を期待するけどさ。
「そうだよ」
「ご旅行先に
身体は俺の方を向いているが、視線は手元に落ちている。台本を読んでるだけか。いいよ、それで。さっき、こういうことあまりしたことないって言ってたもんな。ただ、空港から市内まで何分かかるのかくらいは、先に言った方がいいと思うけど。
ニュー・カレドニアについて俺が知っているのは、プレッツェル・ロッドみたいに細長い島、というだけだ。だから道路は海岸線沿いばかりかと思っていたが、そうでもないらしい。両側を山に囲まれた、盆地の中の道を走っている。田園が広がるばかりで、集落はほとんど見えない。それとは関係のないジルベルトの案内が、延々と続く。
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