#13:第6日 (12) 振られた?

 席に戻ってニュシャに思想家の話の続きを聞いたが、他には何も憶えていないと言う。

「もう一度デートをしようと言われた?」

「ええ、言われたわ。私に似合う美しいアクセサリーをプレゼントしたいって。ネックレスやティアラはどうかと勧められたんだけど、プレゼントされたものがたくさんあるので断ったら、それを見せて欲しいと言われて」

 ニュシャの持っているアクセサリーの中にターゲットがあると思った? いや、ヒントを探そうとしただけかもしれない。

「じゃあ、君には何をプレゼントしたら喜んでくれるんだろう」

「あら、アクセサリー以外なら何でも嬉しいわ」

「アクセサリーには何か嫌な思い出が?」

「ええ、色々とね」

 同じことをエステルにも訊くと、「花が嬉しいです。昨日は素敵な花をありがとうございました」。

「今日も持ってくればよかった。そうだ、明日はコンサートだったか。楽屋グリーン・ルームへ花を持って行くよ」

「ありがとうございます!」

 もちろんマリヤにも訊く。

お菓子ソロドシュチペイストリーティステチュコが大好きなんです! 食べきれないくらいプレゼントしていただければ」

「じゃあ、明日は抱えきれないくらい持って行こう」

 それから、他にニュシャが声をかけられた男のことを訊く。もちろん、他の競争者コンテスタントの動向を知るためだ。

評議会ザ・カンファレンスのプロフェソル・アンドロニコス。ここ何日か、劇場でお顔を見ていたけど、今日初めてお話ししたの」

 そいつは知ってる。シモナ、ユーリヤと3人目の競合か。

「あら、それなら私たちも今日その方とお茶を飲んだの。建築家でしょう?」

 エステルとマリヤにも接触してたか。当然かな。キー・パーソンはみんなどこかでつながってるんだろうから、たぐっていけばたどり着くだろう。

 俺がエステルに会ったのは偶然だけど、あそこで会わなくても、いずれ誰かから情報が得られてたに違いない。

「ええ、とても体格がよくて。あなたよりも筋肉が付いていたように思うわ」

「ボディー・ビルダーみたいな感じか」

「そう。あなたとどっちが力が強いかしら?」

「俺は力じゃなくてフットボールのために鍛えているだけだから」

「あら、あなたってフットボール・プレイヤーでもあるの?」

「言葉が足りなかったな。アメリカン・フットボールのプレイヤーだ」

「どんなスポーツか知らないの。教えて欲しいわ」

 エステルとマリヤには話したが、仕方ないだろう。もう一度話す。余計なことを言ったために、競争者コンテスタントのことが聞けなくなってしまった。そいつが痣のことに気付いているかどうかくらいは知りたかったのに。

「合衆国ではとても人気があるのね。じゃあ、あなたもきっと人気があるのね。恋人はいるの?」

 どうしてそっちの話になる。エステルもマリヤも敢えて訊いてこなかっただろうのに。

「いないよ。いたらここに連れて来てる」

「それなら、私をデートに誘ってくれるかしら」

 それは調査のためにしなければならないけれども、ここで言わなくてもいいのに。

「あら、では、明日一緒にコンサートにお越しになったら? その前に昼食へ行くか、後で夕食へ行くか」

 マリヤが助け船を出してくれたが、どうしようか。そういえば、コニーをバレエに誘う期限が今日までだった。昼と夜でデートを掛け持ちなんてのは褒められたことではないが、この際仕方ないか。

 とにかく、今から明日にかけてキー・パーソン全員と会わなければならないだろうから。

「じゃあ、一緒に昼食へ行って、その後コンサートへ行こう」

「ありがとう!」

「コンサートの後は君たちの楽屋グリーン・ルームを訪ねるから。花と菓子も持っていくよ」

「お待ちしてますわ。その後、みんなで夕食はいかが?」

「残念だが、先約があるんだ。研究所の人と会うことになっていてね」

 と言いつつ、どうやらイリーナと会う時間はなくなりそうだ。本当に申し訳ない。


 10時まで楽しく過ごし、姉妹に見送られて帰る。ニュシャを送るためにタクシーを探す。

「あなたのホテルの部屋へ行ってはいけないの?」

 そりゃ、身体のどこに痣があるかを探すには、それが一番いいんだけどね。でも、目的は痣だけじゃないから。

「帰らないと君の友達が心配するんじゃないのか」

「そんなことないと思うわ。たまには夫婦二人きりにしてあげた方がいいんじゃないかしら」

 うん、それはそうかも。夜中に隣の部屋に声が聞こえるのを気にしなくてもいいだろうし。

「君を部屋へ呼ぶのは、君のことをもう少し知った後にしたい」

「部屋で一緒に過ごす方が、早く知ることができるのに」

「俺は、俺の考える手順を守ってくれる女性が好きなんだ」

「そうなの、仕方ないわね。明日のデート、楽しみにしてるわ。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 タクシーに乗せるときにキスを要求してきたので、右の頬にしておく。その後、もう一台タクシーを拾ってホテルに戻った。

 まず、コニーの部屋に電話して、明日のバレエに誘う。

「遅かったから、他の人と約束してしまったわ」

 それは連盟ザ・リーグの奴か、それとも評議会ザ・カンファレンスの奴か。

「それは残念だ。しかし、申し込むのが遅すぎたから仕方ない、諦めよう」

「私も残念だわ。せっかくあなたとのデート用に服を買ったのに」

「そいつとのデートで着ても構わんよ」

「いいえ、その人には別の服を買ってもらったのよ。着るならそれにするわ」

 そうするのが正しかったのかなあ。別に俺の金じゃないから惜しむことはなかったが、着るかどうかわからない服を買うのはポリシーに反するから。

「明日はそいつとのデートを楽しんでくれ」

「ありがとう。あなたはどうするの?」

 イリーナでも誘うかな。

「一人でバレエを見に行くよ。バレリーナに一人、知り合いができたからね」

「あら、そうなの。私を誘ってくれた人も、そんなことを言っていたわ」

 やはり競争者コンテスタントか。これはやられたな。お休みを言って電話を切った。


 もう10時半を回っているが、念のためジムへ行ってみよう。ユーリヤと夜のトレーニングの約束をしていた。連日11時くらいまではやっているはずで、もう30分くらいしか時間がないが、行かないよりはいい。

 着替えて行くと、やはりユーリヤはいた。一人黙々とトレーニングをしている。俺がジムに入っても、にこりともしない。また機嫌が悪くなったか。

 敢えて声はかけず、レジスタンス・バンドを着けて鏡の前でスローイングをする。15分くらい無視された後で、ユーリヤが別のマシーンに移った。しかし運動は始めず、腰掛けたまま固まっているようだ。

 さりげなく鏡で確認すると、色々な感情が複雑に入り交じった目で俺のことを見ていた。

 それでもまだ敢えて声はかけず、スローイングをやめて、ショルダー・プレスを始める。ユーリヤのことが見えなくなるが、背中に視線が突き刺さっているのを感じる。

 11時まで続けたが、ユーリヤはその間、身動きもしなかったようだ。

「遅くなって済まなかった」

 マシーンを降りて、ユーリヤに声をかけた。ユーリヤはレッグ・エクステンションのベンチに腰掛けたまま、顔だけこちらに向けていたが、返事をしなかった。表情が複雑すぎて、怒っているのかどうかもわからない。

「友人に会ってたんだ。もっと早く来るつもりだったんだが、引き留められてね」

「……いいのよ。早く来てたら、格好悪いところ見られてたわ」

 また怒りをぶちまけてしまったとか? それでいいと言ってやったはずだが。

「アジリティーのドリルは役に立ちそう?」

「え? ああ、あれはいいと思うわ。縦の動きを取り入れたのがあれば、それも教えて欲しいけど」

 そういうのもあるよ。ただそれはフットボール用だから、走りながらの急激な方向転換のためのドリルで、テニスにそういう動きはないと思うけど。

「その他のトレーニングが十分できなかったのか」

「十分できたけど……」

「何が不満だったんだ」

「あなたが出掛けた後に、ドリルをしてたら、連盟ザ・リーグのドクトルが来て……」

 ほう、連盟ザ・リーグの奴がここにも。話を聞こうか。

 そいつと会うのは二度目? 一昨日か。職業は思想家。何をするかって、そんなの俺も知らんよ。

 一昨日はテニスの話をしようと言ってきたと。テニスにおける美学……よくそんな話する気になったな。まあいいや。

 内容は、トレーニングの重要性。それのどこに美学と関係が。鍛えられた肉体の美しさと、鍛えることによる精神の関係? 動作の美しさと、動作を行う人間の精神と、見る者の精神の関係?

 そりゃ、鍛えられた筋肉はその方面のフェティッシュから見れば美しいだろうし、素晴らしいプレーを見ればファンは感動するものだが、そこに関係が定義できるものなのかなあ。

 いや、あるにはあるんだろうが、言葉や何かで言い表せるようなものなのか。

「あたしも聞いたときは、さっぱり解らなかったわよ。でも、あなたのトレーニングや、コインにボールを当てるのを見てたら、少しは解った気が……」

 それで必要以上に俺を見てたのか。

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