#13:第6日 (13) 筋肉の鑑賞

 それはそうと、ドクターの今日の話は?

「練習相手を連れて来てくれたのよ。連盟ザ・リーグで運動生理学を研究してて、S&Cトレーナーの資格も持ってる人。1日限りで会ってもあまり意味がないんだけど、参考になるなら今は何でも聞きたいから」

 便利な研究者を雇ってるんだな。いや、財団もそうか。どうやらこのステージでは、所属する組織の力をうまく利用するということになっていたようだ。

「あなたのドリルや、ディーマのメニューも見てもらったわ。いい内容だって言ってたけど、もっとあたしに合うものを考えるって。それで、午前中はそのメニューをこなしたのよ」

 3人で一緒に昼食を摂って、午後はラリーとスペイン・ドリルか。何だ、別に悪くないじゃないか。

「でもその二人、練習中にたびたびアイ・コンタクトするのよね。そうすると気になるじゃない。何か思惑があるのかって。二人だけで相談があってもいいし、聞かれたくないならコートの反対側に行けばいいのよ。そうじゃなしに、無言のまま二人だけで解り合ってると、疎外感を味わわされるわけ。だから、だんだんイライラしてきて……」

 ふうむ、それはもしかしたら、君をイライラさせる作戦だったんじゃないのかなあ。怒りのゲージを上げておいて、おもむろにメンタル・トレーニングへ移行するっていう感じで。

「怒りをぶちまけた?」

「そこまでは至らなかったけど……」

 言いながら、ユーリヤが左の手首をちらりと盗み見た。ほう、呪文スペルを書いたんだな? それを見せてみろ!

「じゃあ結局、何が気に入らなかったんだ」

「ドリルの後に、休憩がてらメンタル・トレーニングの話を聞いたのよ。ドクトルはそれにも詳しいらしいの。でも、あたしが今までの他のトレーナーから聞いたのと変わりなかったわ。それで、あなたが言ってたような方法はあるのかって訊いてみたら、そんなのはあり得ないって言われて」

 ほう、そうするとやっぱり罪を犯させるのは間違いだったのかも。とはいえ、今さらどうしようもない。

「俺が勝手に考えたものだからな。しかし、オーソドックスな方法で効果がないのなら、試してみたらどうかと思って紹介しただけさ」

「あたしもそれは解ってるけど、『例外的だがそういう方法もあるかも』っていう答えでも返ってくれば、って思っただけなのよね。でも、全否定されたから、どう考えたらいいのか解らなくなって」

 また左の手首を盗み見た。呪文スペルを書いちゃったけど、どうしようとか思ってるんだな? それを見せろ!

「ジョークは考えたのか?」

「ゲーム中に変なこと言うと警告を受けるから、できないのよ」

 テニス・コートはフットボールのフィールドと違って、暴言が審判に聞こえやすいもんな。そうすると、呪文スペルしかないわけだが、さあヒア、何を書いたか見せてみろ。さあさあさあヒア・ヒア・ヒア

「結局、そのドクトルの話を最後まで聞かなかったんだな」

「ええ、モヤモヤしたまま聞いても、頭に入って来ないものね。夕食も誘われたけど、断ったわ」

「それだけか。他にも何かあったんじゃないのか」

「夕食の後にトレーニングをしてたら、ディーマが来て」

 みんな動き回ってるなあ。ステージももうすぐ終わりだから当然だが。

「メニューの効果を訊きに来た?」

「ええ、トレーニングしている時の筋肉の動きを見せて欲しいって」

 うん、俺も君のトレーニング姿はかなりいいと思ってるんだけどね。でも、注視したら嫌がると思って見ないだけなんだ。

「もちろん、見せたんだろう?」

「ええ、1時間くらい見てもらって、改良版のメニューをもらったわ」

「良かったじゃないか」

「その後、彼のトレーニングも見せてもらったのよ」

 君はどうやらそういうのも好きらしいな。

「いい動きをしてた?」

「それが……そんなにいいとは思わなかったわ」

「でも、俺よりいい体格なんだろう?」

「ええ、でも、とにかくいいとは思わなかったのよ。何て言うのかしら、マシーンの動かし方の見本を見ているような……」

「トレーニングのためのトレーニングのようだった、ってところかな」

「ああ、そうね、そういう感じ」

 いるんだよ、フットボーラーでも。本来の目的を見失って、筋肉そのものを鍛えることに心を奪われる奴が。鏡に映る自分の筋肉に見惚れるのかな。使わない筋肉は不要なおもりでしかないのに。

「それが気に入らなかった?」

「いいえ、そのこと自体は不思議に思っただけなのよ。そのう……あなたのトレーニング姿と、だいぶ違うなって思っただけで。嫌だったのはその後が……」

 君が俺のトレーニング姿を注視してるのは知ってるが、何がいいんだろう。君はいったい何のフェティッシュなんだ?

「何が嫌だったんだ」

「新しいトレーニングを考えてきたって言うから、マシーンを使いながら教えてもらったのよ。そうしたら、身体のいろんなところを触ってきて……」

「トレーニングをするときって、そういうものだろ。手足を取って実際的な動かし方を教えてもらう方が、解りやすいじゃないか」

「それが、あたしの手足をじっくり見ながらなのよね。身体中を観察されてるって気がしたわ。最初は我慢したけど、その前のこともあってだんだんイライラしてきたから、途中で断ったの。その時に、少しきつい言葉をかけたわ」

 なるほど、痣があるのは手だけじゃなく、足にあるかもしれないと思って確認しに来たわけだ。リスト・バンドにもきっと気付いただろうが、それを外させることはさすがにしなかっただろう。

「俺だって、君にマシーン・トレーニングを教えてくれと言われたら、手足を触ると思うが」

「でも、じっくり見たりしないでしょ?」

「どうかなあ、動かしながら筋肉の付き具合を観察したりするだろうし」

「じゃあ……ちょっとやってみてくれる?」

 ディーマにやられたのは嫌なのに、俺にはやってみろと誘うのか? 俺は何とかして君のリスト・バンドの下を確認しようとして、ディーマのやり方を肯定してみただけなんだが。

 しかし、ユーリヤはレッグ・エクステンションに腰掛けているので、脚を見る。大腿四頭筋もいいが、腓腹筋もなかなかいいなあ。力を入れると縦に綺麗に割れるに違いない。レッグ・エクステンションで鍛える筋肉じゃないが、これならいいダッシュができるだろう。

「マシーンを使ってみてくれ」

 ユーリヤが膝を伸ばし、下腿を持ち上げる。おお、膝上の筋肉の盛り上がり具合の素晴らしさよ。レギンス越しでも判るほどだ。

 確かにこれは触りたくもなる。女の脚をこんな形で見ることは今までになかったが、これはある意味でいい鑑賞対象だぞ。この筋肉を使って、コートの前にダッシュして、スマッシュを決めたりするんだろうな。

「次はカーフ・レイズを見せてくれないか」

「何、それ」

「爪先立ちを繰り返すんだよ」

 マシーンがなくてもできるし、ウェイトをかけたいのならバーベルでもダンベルでも持てばいい。

 まず何も持たずにやらせ、次に適当なダンベルを持たせてみた。座ってふくらはぎを見る。思ったとおりいい腓腹筋だ!

 バックスやレシーヴァーの時は、ダッシュの時でも足首のこの動きを意識してやったものだ。女でもこれほど腓腹筋が付くんだな。普通はふくらはぎを細くするために、絶対に付けない筋肉に違いない。

「脚ばっかり見るのね」

「君の脚の筋肉は素晴らしいからね」

「他に見たいところはないの?」

「大臀筋も好きだよ」

「まさか、レギンスを脱げって言うんじゃないでしょうね」

「ディーマは言ったのか?」

 答えなし。言ったのかよ!

「脱がなくてもいいよ」

「いいのよ、脱いでも。トレーニング用のビキニ・ショーツに穿き替えるだけなんだから。それにあなた、やっぱり触らないのね」

 そういう言い方をすると、触ってくれと聞こえるんだが。

「触られるのは嫌なんじゃなかったのか」

「あなたならどうか判らないわよ。もしかしたら嫌じゃないかもしれない」

 痴女化してるぞ。しかし、今確かめたいのは脚や尻じゃない、左手首だよ。でも、見せてくれと一番言いづらいところだよな。筋肉がほとんどない部分だし。

「目的を見誤ってるぞ。今日はもうやめておいた方がいいんじゃないか」

「……そうね。でも、トレーニング以外の話もしたいの。あなたの部屋に行ってもいいかしら?」

 どうしてみんな俺の部屋に来たがるんだ。何もないのに。しかし、そこで何とかして左手首を。

「じゃあ、着替えてから来てくれ」

「このままじゃいけないかしら?」

 それだとリスト・バンドを外せって言いにくいだろ。しかも汗で湿ったタンク・トップとハーフ・レギンスって、俺を欲情させる気かよ。リスト・バンド以外、脱がす気はないからな。

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