#13:第3日 (2) 視線の交錯
【By 主人公】
ホテルに向かって坂を下りる。ビーチへ出るとコニーがいた。白いドレスを着ている。スカートが短い。
「遅かったのね。5分過ぎてるわ」
自分は昨日の夕食に20分くらい遅れて来たくせに、5分で文句を言うなよ。まあ、怒ってはいないようだけど。自分が約束の時間どおりに来たので言ってみただけか?
それはそうと、どうしてラーレまでいるんだ。しかもカメラを持って。
「じゃあ、ボールを投げるの見せて」
コニーが言うが、投げる前にポケットから25セント硬貨を取り出して見せる。
「なあに?」
「コインだ。これをここへ置いておく」
足下の砂の上へ置く。
「どうするの?」
「今から向こうへ投げるが、次は向こうからこっちへ投げる。その時の目標がこれだ」
「こんな小さな的に当てられるの?」
「調子がいいときならな。今は少し落としてるんで、当たらないかもしれない」
それから投げる。距離は25ヤードくらいにしておく。向こうに的はないが、想定した地点に落ちていないことだけは判る。
合図をしたら
投げる。外れた。俺が駆け寄るより先に、コニーがボールの落ちた地点へ近寄った。しゃがみ込んで指差している。パンティーが見えてるぞ。
「ここよ」
ボールが砂をえぐった跡が付いているので、それは判る。ボールちょうど1個分ずれている。
「すごいわ。こんなに正確に狙えるのね、15センチメートルくらいしかずれてない」
「調子が良ければ当たるんだがな」
「これで調子が悪いの?」
「そうだ」
もう一度投げようとしたときに、コニーから声がかかった。
「一度、投げるふりをしてみて。その後で投げて。さっきのは速くてよく見えなかったわ」
25ヤードくらいだと小さいモーションで投げるからな。少しゆっくりめに投げる“ふり”をして、それから投げる。やはり狙ったところを外れた。
5往復くらい繰り返したら、コニーが「腕を一番上げたところで止めてみて」と言う。まさか、フォームを分析しているわけじゃあるまい。言われたとおりにしたら、嬉しそうな顔をして眺めた後で、「いいわ、投げて」と言う。
「何を見てるんだ?」
「もちろん、あなたの腕の動きよ。とても美しいわ。でも、もっと美しくなると思うの」
昨夜と同じようなことを言っている。美しくしたらコントロールが良くなるとでも?
「どういう動きにすれば美しくなると思う?」
「私には解らないわ。だって、フットボールのことちっとも知らないもの」
あっけらかんとして言う。まあ、仕方ないな。さらに2往復したら、もう十分見たというのでやめた。
それからジムへ行く。コニーは部屋で着替えてくると言った。また遅れて来るかと思ったら、今度はすぐに来た。
ジムにはやはりいつものアスリート女がいた。ただし、横にマッチョな男が付いている。
【By テニス・プレイヤー】
「カリメーラ! パンナ・ユーリヤ・ドブレヴァですね? ブルガリアの、プロ・テニス・プレイヤー」
この男、見かけによらず、物腰の低いしゃべり方ね。立ち止まって、返事をする。どうしてあたし、こいつに返事したんだろ。
いいえ、解ってる。マッチョだから。筋肉を少しでも見てみたかったから。しかしなるべくさりげなく、愛想悪く返事をする。
「あんた、誰?」
「初めまして、ディミトリオス・アンドロニコスといいます。
「
「ご存じでいらしたとは光栄です」
「それで? 私に何の用?」
「トレーニングをしておられるようなので、何かお手伝いできることはあるかと思って」
「別に何もないけど」
本当はストレングス&コンディショニング・トレーナーを探している。前のトレーナーは、ウィンブルドン選手権終了までの契約だったから。あたしが勝てば今週末までだったけど、3回戦で負けたから先週末で契約打ち切り。
今は他の人との契約が近々終わりそうなコーチを探しているところ。でも、この男がそんな事情を知ってるわけない。
「そうですか。そうかしれませんね。あなたを見ていると、フットワークやフォアハンド・ストロークには大きな問題はなさそうですし、バックハンド・ストロークに必要な筋肉に多少不足がある程度で、それも適切なストレングス・コーチを付ければ克服できるでしょうから」
は? どうしてそんなことが判るわけ? 一応、当たってるけど。
「あたしが走ってるの見ただけでそんなことが判るの?」
「はい。ああ、そういえば昨日一昨日と、あなたがそこのホテルのテニス・コートで打っているのを見ました。ほんのちらりとだけですが。それであなたがテニス・プレイヤーと知れたわけですが、筋肉のことはその時は全く気付きませんでした」
「でも、あんた建築家って言ったじゃない。
「残念ながら資格は持っていませんが、アドヴァイスをすることくらいはできると思っていますよ。私も身体を鍛えることが好きなものですから。それも、実用的な観点でね」
手振りを交えて話すので、上半身の筋肉がビクビクと躍動する。ちょっとわざとらしく動かしている気もするけど、もしあたしが筋肉フェティッシュだったら、この動きだけで参っていたかもしれない。
「アドヴァイスっていうと……例えば、マシーン・トレーニングで、どれを使ってどういう運動をすればいいとか?」
「まさにそのとおりです。どうでしょう、少し試してみませんか? アドヴァイスをしたからって、代金を受け取ろうというんじゃありませんよ。身体を鍛える仲間として、少しばかりあなたのお役に立ちたいというだけです」
「そう、そういうことなら……ちょっと見てもらおうかしら」
物腰が低いせいか、悪い男には見えない。それに、ホテルのジムでトレーニングを見てもらうくらいなら、何も害はないんじゃないかしら。役に立たなそうなら、すぐ断ればいいんだし。
男に合図して、ホテルまで駆けていく。男も後ろから付いてきた。受付で、部外者をジムに入れていいか訊いてみる。
「彼の名前は、ドゥミトル……」
「ディミトリオス・アンドロニコスです。長いのならディーマと呼んでいただて結構ですよ」
他の場所に入れないように注意するなら、ということで許された。ジムへ行く。
「それで、何をしてくれるって?」
「まずは腹筋の状態を見せてもらえますか」
「見せるってのは脱げってこと?」
「いえいえ、運動をしていただくだけですよ。もちろん、見ればよく解りますし、触ればもっとよく解ります。しかし、そこまでしていただく必要はありません」
別に見られても構わないし、触られたって構わないんだけど。
「じゃあ、アブドミナルを使えばいい?」
「それで結構です」
マシーンに座って位置や負荷を調整し、脚を固定し、グリップを握る。上体と脚を引き寄せることを意識しながら腹筋で身体を曲げる。
あいつがジムに入ってきた。意識して見ないようにする。10回繰り返して、筋肉男の方を見る。
「大変結構です。よく解りました」
「けど、バックハンド・ストロークのトレーニングなら広背筋とか腹斜筋とか三角筋を鍛えるんでしょ」
「私は腹筋を見れば全体のバランスが解るのですよ。トレーニングにはバランスが大事ですから」
「あたしの身体はバランスが悪い?」
「そうは言いません。しかし、あなたに必要なところが少しばかり不十分だというだけですよ。さて、他の動きも見せていただいて、それからメニューを考えましょう」
そういうことをしている間に、モデルみたいなすかした女が来て、クロストレーナーを使い始めた。あいつが横で見ている。それを別の女がカメラで撮る。何なのかしら、プロモーション・ヴィデオでも作ってるの? ま、好きにすればいいけど。
【By 主人公】
アスリート女は気にせず、コニーに話しかける。
「君のトレーニングを見て、何かコメントすればいいのか?」
「ええ。でも、一緒にあなた自身のトレーニングをしてくれていいのよ」
そうするとコニーが運動しているのを見えるようなマシーンを選ばなければならない。残念ながら、そういうのは少ない。部屋の外側を見るような向きに設置されているのが多いからだ。利用者同士で視線が合いにくいようにしたのだろう。
コニーはクロストレーナーを使い始めた。上半身と下半身を同時に使うから、カロリー消費が大きい。これを見ながら使えるのはアブドミナルしかないが、それはアスリート女が使用中だ。
仕方なく、横に立ってコニーのトレーニングを見る。普通に立っているときには気付かなかったが、尻の形が極めて美しい。ただし、バランスが取れている造形であって、俺の好みというわけではない。ベルギーのモデルを思い出す。
「どう?」
コニーが笑顔で聞いてくる。どうと訊かれても答えようがない。
「どういうところを見て欲しい?」
「胸ばかりじゃなくて、下半身も見て欲しいわ」
いや、そんなに胸ばかり見てたわけじゃない、尻も見てたはずなんだが。
「膝もちゃんと上がってるし、いいと思うよ。マシーンの使い方の手本のような動きだ」
「ありがとう!」
嬉しそうにしているが、何が嬉しいのか解らない。20分間やって、次はエアロバイク。尻をかなり意識して漕いでいるのが解る。つまり、彼女は尻が自慢だと自分で思ってるわけだ。
それはいいとして、彼女がエアロバイクを漕ぐのを見ていると、俺が使えるマシーンがない。結局、30分間立ちっぱなしで見ているだけになった。
なぜか、後ろから視線を感じるが、たぶんアスリート女だと思う。どうして俺のことを見るのだろう。
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