#12:第7日 (8) 青に染まった…?

 A3を降り、その先のヘアーピン・カーヴを曲がる直前で、セニョリータ・ゴディアに話しかけた。

「この少し先で、運転を代わって」

「え、どういうこと?」

「説明は後で」

 テールをスライドさせながらカーヴを曲がり、その先のS字カーヴを抜け、そのまた先の合流でスピン・ターンする。

きゃあああアーーーイ!」

 セニョリータは車の運転が得意にもかかわらず、私がちょっと荒っぽい運転をしただけで、すぐに悲鳴をあげる。自分で運転していれば怖くないが、助手席に乗っていると怖いというタイプかもしれない。

「代わって!」

 車を停め、素早くドアを開け、ボンネットの上を乗り越えて、助手席側に降り立つ。

きゃああアーーイ、せっかくのランボルギーニのきれいなボディーが!」

 セニョリータが叫びながら、大慌てで運転席に移動する。こうして改めて見ると、水着姿で車を運転するというのは、あまり様にならないということが判った。

 助手席に滑り込み、ドアを閉める。セニョリータが力いっぱいアクセルを踏み込み、急発進した。ステアリングを握ると、セクシーな表情になっている。水着姿であることとのギャップが、とても大きい。

「それで、どうして運転を代わったの?」

「これのため」

 運転席の足下に置いていたバッグを引っ張り出し、中から銃を取り出して、セニョリータに見せる。

「どうしてそんなの持ってるのよ?」

「護身用」

「アントニーを撃つつもり?」

「彼だって銃を持っているから」

「……そうだったわね。でも、アントニーはどこから銃を手に入れたのかしら」

 それは私も疑問に思っていた。ヘル・マクシミリアンからは、誰も銃を持っていないと聞いていた。

 アントゥアサル・ダリーは、ナポリとその近辺へ頻繁に偵察に行っていたけれど、町中でおいそれと銃が買えるわけではない。マドモワゼル・ブランシュが銃を持っていたはずもない。であれば、誰かから与えられたものに相違ない。

「一つは、アルノルド・リナルディから与えられた可能性」

「アントニーが裏切ってアルノルドの側についてたってこと? でも、宝石を取り返したんだったら、サレルノへ逃げることないじゃない」

 それはそのとおり。だからこれは、真実である確率が限りなく低い可能性。

「もう一つは、別の人物から与えられた可能性」

「それって誰?」

「私にも判らない」

 クリシュナン・シュリニヴァーサ、あるいはレベッカ・フォンテインである可能性があるが、彼らがサレルノにいた時期と、アルノルド・リナルディがサレルノへ来た時期が、合わない。

 もっとも、クリシュナンとフォンテインが、サレルノの中の、私が調べきれなかったようなところにずっと潜伏していたというのも否定できない。

 あるいは、アルマン・ラフィーを仲間に引き入れてから、彼にアントゥアサル・ダリーと接触させたのだろうか。色々な可能性が考えられるが、今は材料が少なすぎても何とも言えない。

「もうすぐフェリー・ステーションに着くわ」

 セニョリータ・ゴディアが言った。銃の弾倉を確認する。もちろん、弾は入っている。これを、誰に向けて撃つことになるだろうか。



 奴らが、俺の方を見やすくなる程度まで、モトのヘッド・ライトを減光した。ヘルメットを取って、それから二人に告げる。なるべくドスの利いた声スレトニング・ヴォイスで。

「宝石を返してもらおうか。そいつはお前たち二人のものじゃない。みんなのものだ」

 正確には、その中の“レモンの宝石ジュエル”だけは俺とアンナのもので、その他はお前らのものにしていい。つまり、分け前は3対7ということだ。

 さて、悪党ならここで山分けを提案してくるかもしれないが、ダリー氏ならどうするだろうか。怒りの表情でこちらを見ているが、それでもやっぱりハンサムだな。羨ましい限りだ。

「取引をしないか?」

 おいでなすった。しかし、怒りの表情が少し和らいで、何やら余裕があるように見えるのはなぜだ。それもハンサムだからか。

「お断りだ。俺はともかく、他にもっと付き合いの長い仲間を裏切るような奴の言うことなんか、信用できるもんか」

 肥満女の方は、それほど長い付き合いでもないだろうがな。しかし、こんな女のために裏切るかね。それとも、君もデブ専チャビー・チェイサー

「そんなこと言って、お前だってこいつを独り占めにしようとしてるんじゃないのか?」

 いや、その中の30%だけだって。俺とアンナがもらえる報酬が合わせて25%。それより5%多いだけだ。

「心配しなくても、もうすぐアルビナが来る。もちろん、彼女は他の仲間を裏切らない。俺がするのは、そのアタッシェ・ケースを彼女に渡すことだ」

 そういえばアルビナも、妙な妄想を語っていたことがあったが、その後で二人占めはやめようと言ってたな。

「もうすぐ、か。あと5分ほど? しかし、それだけ時間があれば十分だ」

「何だと?」

「ブランシュ、これを」

 ダリー氏はアタッシェ・ケースを肥満女に渡した。肥満女はそれを胸に抱えて、不気味な笑みを湛えると、左手に建つフェリー・ステーションの方へ歩き始めた。

「おい、待て!」

「動くな!」

 モトで肥満女を追いかけようとした瞬間、ダリー氏が銃をこちらに向けて叫んだ。しまった、こいつ、銃を持ってたんだった。しかも、競争者コンテスタントじゃないから、俺を撃ったって何のお咎めもない。

ハンドルマヌブリオから両手を放して上げろ」

 しかも、たたみかけてくるし。

 仕方なく、言われたとおりにしてる間に、フェリー・ステーションから誰か出て来て、肥満女からアタッシェ・ケースを受け取った。出て来たのは女と思われるが、暗くてよく見えない。

 肥満女が嬉しそうに小走りで戻ってきた。しかし、小走りなのは姿だけで、実際は歩くように遅い。

「宝石をどうした? 誰に渡した?」

「答える必要はない」

 ダリー氏は銃を持ったまま、俺の方へ近付いてくる。その横に、肥満女が並びかけた。たかが十数ヤードを走っただけで息が切れている。手ぶらではなく、封筒らしきものを持っているようだ。小切手でも入っているのか。

「アントニー、渡してきたわ」

「ありがとう、ブランシュ。さて、錠前師セッラトゥリエーレ、宝石はもう俺たちの手元になくなった。これでお前が、俺たちを追いかける理由もなくなったわけだ」

 言いながら俺を威嚇しつつ、横を通り過ぎ、桟橋の先の方へ歩いて行く。そこに逃げる用意があるということだ。それは、気付いていた。

 手を上げたまま、身体を捻ってダリー氏の姿を追おうとしたが、「そっちを向いていろ!」と脅された。

「誰に渡したか知らないが、ただで渡すはずがない。対価を得ているはずだ。その対価をみんなに分配するまで追いかけるさ」

「分配したって構わないんだ。対価は、宝石の倍の価値がある。2億リラ。アルノルドが持っている、金塊と宝石以外の全財産、つまり暗号資産だ。その口座へのハッキング方法が、これだ」

 ダリー氏は、肥満女が持っていた包みを取り上げて、得意気に言った。

「じゃあ、それを分配しよう」

「そうはいかんね」

「なぜだ?」

「判りきったことだろう? 8人で分けるより、二人で分ける方がいいに決まってるからさ」

「アルノルドと仲間の女は、それをやったせいで、マクシミリアン氏たちが取り返しに来たんだぜ」

「取り返されない対策も、この中に入ってるんだよ。ついでに、追いかけられたときに逃げる方法もな」

「逃げ切れるもんか」

「いいや、逃げ切るさ。そもそもお前にとって、俺はもう用なしだろう? お前の目的は宝石のはずだ。そうとも、俺は知ってるんだ。お前はクラッカーの女と共に、俺たちの仲間に入り込み……」

 その時、急ブレーキのスリップ音を響かせながら、マリーナに白い車が入ってきた。ランボルギーニ!

 ほぼ同時にパン!という破裂音が鳴り響き、ダリー氏のうめき声が聞こえてきた。一呼吸置いて、豚の鳴くような悲鳴。

「オー・モン・デュー!」

 素早くモトを降り、振り返ってダリー氏に駆け寄る。だが、ダリー氏は膝を突いてはいたが、拳銃を構えたままだった。

 まずい、と頭の中では解ったが、身体がそれに反応しなかった。フットボールなら、かわせる距離だったが……

「ゴ・ヒフリン・ラート!」

 おそらくは呪いの言葉が聞こえ、それと同時に目の前でレモン色の閃光マズル・フラッシュが炸裂した。

 左肩を熱い痛みが襲い、身体のバランスが崩れるのが判った。

 2、3歩よろけた後で、右足が宙に浮く感覚がした。足を踏み外したらしい。

 支えを失った身体は傾き、次の瞬間、海の水に容赦なく包まれた。

 見上げる水は、やはり青くはなく、次第に暗さを増していくのが判った。

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