#11:[JAX] プロ・ショップ
マギーの部屋を出て、スタジアム内のショップへ行く。もちろん、正面入り口にはもうお客が待ち構えているので、裏口からだ。
店長に挨拶をし、更衣室で店員の服に着替えて、首から名札をぶら下げ、店員用の“変装”をする。
名札にはもちろん偽名が書かれていて、俺のは“マーク・ブルネル”だった。ジャガーズが創設された1995年から8年間
要するに、昔の有名なプレイヤーの名前を付けている店員が、現役のプレイヤーである、というお遊びなのだが、そんなことに果たして気付く奴がいるのかどうか。
売り場に出ると、9時半のオープンと同時に客が入ってくる。もちろん、熱心なファンばかりで、入りきれない客が外で列を作って待っている。ただし、中の様子が見えないように、ブラインドが下ろされている。中から外は、少しだけ見える。
さて、売り場。客の動線の邪魔にならないような位置に立ち、さりげなく「ハロー」と挨拶することになっている。しかし、テディーが真っ先に見つかった。オープンからわずか45秒。あいつの変装は目立ちすぎてダメだ。
その点、俺は眼鏡と口髭――口髭はここの定番の変装道具だそうだ――のおかげで、どこにでもいそうな“
ボビーはもっとすごい。何しろ“
しかも、6フィート半の身長をごまかすために、キャッシャー・カウンターの中でスツールにさりげなく腰かけ、1フィートは低く見せている。
おまけに声が高いものだから、客を目の前にして「サーティー・フォー・ダラーズ・ナインティー・ナイン・センツ・プリーズ」などと声を発しても、男だとすら気付かれない。
そして去年のプロ・ショップ・コミュニケイションの“プレイヤーだと気付かれなかった最長時間記録”を持っているそうだ。
もちろん、去年は違う変装で、
「ヘイ!」
子供向けのグッズ売り場をうろついているときに、小学生くらいのガキに声をかけられた。もちろん、横に父親も付いている。俺の名前を呼ばないということは、気付かずに声をかけたのだろう。
「ハロー、ボーイ。何かお探しかい」
「キッズ用のレプリカ・ジャージーの13番はないの?」
13番か。俺の番号だな。それを訊かれたときは、こう答えろと、店長に言われている。
「残念ながら、売り切れだ。当分入荷予定はないんだよ」
「じゃあ、Sサイズは」
「それも売り切れだ。もう少ししたら、デカールで作るらしいから、また後で来てくれ」
「でも、僕、10時には店を出ないといけないんだよ」
「申し込みをしてくれれば、後で優先的に買えるよ。受付はあっちだ」
「
どうやらガキは俺のファンらしいのだが、俺の顔を見ても判らないのに、ファンと言えるのかどうか。しかもガキどころか、父親すら気付かないんだから。
そもそも、13番のレプリカ・ジャージーが全サイズ売り切れなのは本当で、それはどこからだか知らないが、13番のグッズをあまりたくさん作らないようにという指示が下っているから、らしい。
不吉な番号なのと、
「ヘイ!」
今度は腕にジャガーのタトゥーを入れた太い男から声をかけられた。手足の筋肉がなさそうなので、フットボール・プレイヤーは無理だな。にやにや笑っているから、俺のことに気付いたのかもしれない。
「レプリカ・ジャージーの13番はないのか?」
ガキと同じこと訊くんじゃねえよ。「売り切れだ、後で作る」と言うと、代わりに12番のXLサイズを買っていった。J・Cの番号だ。奴は人気があるから、大量に在庫がある。
ちなみにダニーの14番も在庫が多いが、これは10月以降あまり売れていないから、のようだ。怪我でプレイしてなかったからだろう。
30分経ってテディーが売り場に出てきたが、またすぐに見つかった。ダメだ、あいつは。店員として用をなしていない。俺なんか、ジャージーやキャップ、Tシャツ、フーディーはおろか、テイルゲート・グッズまで客に勧めて売りまくってるのに。
さて、そろそろボビーと交代してキャッシャー・カウンターに入る。ここは客が顔をじっと見てくるので――売り場では客は商品を見てるので――バレる確率が高い。ボビーはどうして1時間もバレないんだ。あいつ、引退したら探偵になれるぞ。
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