ステージ#11:第7日
#11:第7日 (1) 朝まで付き合う?
「何、もう12時なのか!? まだ聞きたいことがたくさんあるのだが……」
カーヤが呆然としている。一つの論文で、こんなに時間をかけて説明したのは君が初めてだぜ。概要だけ聞きたいと言ってたのに、どんどん突っ込んで質問してくるからだよ。
「12時を過ぎたら寝ないといけないという決まりでもあるのか?」
「いや、そんなことはないが、12時過ぎにお前の部屋から出てくるのを、万が一誰かに見られたら、
そういうのは12時過ぎに限らないと思うんだがなあ。宵の口だって朝だって、仲睦まじくやる奴らはいるだろうぜ。俺なんか今までに2回も朝に襲われたんだ。
「この部屋の近くに誰か知り合いがいるのか?」
「指導者はみんなこの近くの部屋なんだ。それに、ガール・スカウトも何人か」
「見られても、何をしていたのか正直に説明すればいいじゃないか」
「う……む、それもそうだな。お前の時間はいいのか?」
「君の気が済むまで付き合うよ。何なら朝まで付き合おうか?」
「朝まで? それはさすがに説明が……」
いや、言葉の綾だよ。そもそも、朝まで訊きたいことあるのかって。「では、あと30分だけお願いする」とカーヤは言ったが、終わってみれば1時間経っていた。
遅くなってすまない、申し訳ないと恐縮しながらも、カーヤがすっきりとした表情で言う。
「本当にありがとう。非常に興味深い内容だったよ。私は財団のオスロ研究所に友人がいるんだが、こんな研究は聞いたことがなかったな。オスロ研究所にはお前が使っているようなシミュレイターはないのか?」
どうしてオスロ研究所を知ってる奴がこんなにたくさん出てくるんだろう。キー・パーソンが全員知っているわけでもないみたいだし、一体どういうつながりがあるのか。
「ないけど、使おうと思えば外からリモート接続で使えるし、シミュレイターを使う研究者がいないだけだろう」
「そうか、それは残念だ。私はこのシミュレイターで試してみたい社会モデルをいくつか思い付いているんだが、財団と共同研究というのはできるものなのか? 公式の依頼先があったら教えてくれないか」
君のエルデシュ数はいくつだ。
「それにはまず君の研究内容を知ることからかな」
「もちろんだ。今から説明すればいいか?」
「朝までに終わる?」
「う、そうか、もう1時を過ぎてるのか……」
研究に夢中になると時間を忘れるタイプなんだな。俺も見習いたいものだ。カーヤは腕を組んで考え込んでいるが、そういう腕の組み方をすると、谷間がものすごく深く見えるからやめて欲しいんだけど。
「では、明日の朝食の時間はどうだろう? 私は他の指導者と約束があるんだが、そちらはキャンセルできるんだ。打ち合わせの時間は別にあるし、朝食の時はどうせ雑談だけだろうからね。7時にレストランへ来てくれないか?」
「いいとも。そうと決まれば、君も早く部屋に戻って寝た方がいいな」
「ありがとう。実は、朝は6時半に朝礼があるから、6時前には起きなければならないんだ。ああ、キャンプ中はいつも寝不足になってるから、気にしないでくれ。お前のせいじゃないよ。それじゃあ、お休み」
見送りはいいから、とまた言ってカーヤは出て行った。
さて、俺もそろそろ寝たいのだが、明日行くところがまだ判っていない。要するに、アーベルのヒントにしたがって行くべき場所だ。残り時間的には、そこへ行ってターゲットを獲得すると思うのだが、一体どこだろうか。ヒントをくれるキー・パーソンは誰だろうか。
その候補のうち、接している時間が一番長いのはカーヤだが、部屋へ戻るのを引き留めて、ベッドの上で語らいを続けるべきだっただろうか。だが、彼女がアーベルの数学に興味を持っているとは思えない。もっとも、他のキー・パーソンもそれは同じだろう。
いずれにせよ、明日の朝までに答えを見つけることが必要だろう。それもできるだけ早く。なぜなら、そこへ行くのが他の二人より遅れたら、ターゲットの確保は絶望的だから。
ただ、二人とも次に行くべき場所が判っているだろうのに、まだ行動を起こしていないということは、何らかの条件があるのかもしれない。早ければいいのなら、昨日のうちにそこへ向かって出発しているはずだ。
その条件とは何か。単に、今日の夜明け以降でないといけないのか。それとも、ターゲットがその場所に到着する時刻が決まっているのか。あるいは、明朝に何かイヴェントが発生して、それをクリアしてからでないと獲得できないのか。他に何か?
しかし、俺がこんなに一生懸命に考えているというのに、それを邪魔しようとする奴がいる。さっきから、そいつはドアの錠を開けようとしている。こんな単純なピンタンブラー錠に、1分以上かかるなんて、全くの解錠ビギナーだ。
従って、マルーシャやエルラン教授ではあり得ない。カーヤでもないだろう。彼女なら正々堂々とドアをノックする。モードやメッテ支配人でもないだろう。彼女たちなら合い鍵を持っているし、俺のところに来るべき用がない!
では、こういう間抜けなことをしそうなのは誰か。もはや一人しかいない。足音を忍ばせ、ドアの前に立って開くのを待つ。まだ手こずっている。
あと2ピン、1ピン。シリンダーが回った。ゆっくりとドアが開く。隙間から金髪の頭が中に入ってこようとしたが、俺がいるのに気付いてぴたりと止まった。
「ワオ、アーティー!」
ワオじゃないんだよ、キティー・ブルン!
「泥棒として警察に突き出してやろうか?」
「お話を聞きに来ただけなんですよぉ。ちょっとだけでも中へ入れてもらえませんか?」
「ダメだ。子供は寝る時間だぞ。早く部屋に戻れ」
「大人の女だったらいいんですか? フロェケン・セルベルグみたいな?」
「大人だって1時には退散していったさ」
カーヤが来たのを知っているようだな。彼女が部屋にいる間、ドアの外に誰かいたことは気付いてた。マルーシャなら俺に気取られるはずはないのに、誰だろうとも思ったが、まさかキティーとはね。
「彼女はこの部屋で何してたんですか?」
「俺の論文に関する議論だよ」
「私も聞きたかったのに! じゃあ、朝になったら聞かせてくれますか?」
「ガール・スカウトとしてやることがあるんだろ。その他の話は、義務を果たしてからだ」
「でも、明日はグリッテルヘイムへ向かうから、もう時間がないのに! アーティーと二度とお話できなくなるかもしれないのに!」
「話はもうビスモでしたぞ。次は、俺と議論ができるようになってから来な。質問だけじゃなくて、議論だ。聞き手じゃなく、研究者って意味だ。解ったら部屋に戻れ」
「むー……」
キティーはうなるだけで、それ以上食い下がろうとしなかった。たぶん、カーヤに同じことを言われたのだろう。
「それにはどうしたらいいんですか? 大学で数理心理学を学べばいいんですか?」
「目的と手段を混同してるぞ。数学が好きなら、数学を極めて、数理心理学の研究に役立つような理論を構築してみな。そうしたらこちらから話を聞きに行くさ」
「むー……解りました」
明らかに納得していない、ふてくされた顔をしているのだが、そのうちあきらめるだろう。だいたい、本物の研究者でもない俺に、何を訊きたいってんだ。こっちが数学の話を訊きたいくらいだぜ。アーベルの本の一冊でも持って来いよ。
「それと、解錠を趣味にしてるんなら、やめておけよ。身を滅ぼすぞ」
「開けられたら、数学の問題を解いたみたいで、気持ちいいなって思って。アーティーの知り合いにもいるんですか?」
「いるよ。研究者としては大成しそうにないがね」
「でも、人によるかも。昔の合衆国の有名な物理学者が、解錠が趣味の一つだったって聞いたことあるし」
リチャード・ファインマンだろ。しかし、あれは特別な例外だよ。忘れろって。
「後悔してもいいなら好きにすればいいさ。そろそろ部屋に戻って寝ろ。背が伸びないぞ」
「もう伸びるの止まりました! お休みなさい」
「ああ、お休み」
キティーが立ち去るのを確認し、ドアを閉め、錠をかけ、チェーンもかけた。遅く起きたわりに、長い一日だった。
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