#11:[JAX] 告発付きの昼食会

 午前中のトレーニングを終え、他の連中と一緒に屋内練習場の食堂へ行く。野菜たっぷりのスパム・バーガーを四つ作ってもらい、食べていると、ケヴィンが来た。奴がゲームの次の日にジムに来るなんて珍しい。ボビーが声をかける。

「ハイ、ケヴィン、金曜日の午前中に会うのは久しぶりだね」

「よう、ボビー、アーティー」

 珍しく、声を低めている。いつもなら周りに迷惑なくらい声が大きいんだが。

「ちょうどいいや、ケヴィン、この後、パスの練習に付き合ってくれ。夕飯おごるぜ」

「ああ、それはいいけどよ」

 ケヴィンは辺りをきょろきょろと見回してから、ゆっくりと椅子を引いて座った。外聞をはばかる話でもする気か。しかし、ここはチームの練習場で、周りは関係者ばかりだぜ。

「バーガー、一つ食うか」

 ケヴィンがしばらく口を開かないので、水を向けてみる。

「いらんよ、昼飯は食ってきた」

「ファサードで」

「いや、近くに新しくできた、シタデルってレストランだ。それはどうでもよくてだな」

「いいよ、何でも話せよ。何か相談に来たんだろ。俺か、ボビーか、ドニーか、それとも?」

「アーティー、お前だ」

「昨日はお前へのパスが少なくて悪かったな」

「余計なこと言うんじゃねえよ」

「早く話せよ」

それがそのウェル、ユー・ノウ何て言うかワラ・セイ

 また黙ってしまった。おかげで周りにいるドニーもクレイグもデレックもみんなこっちを見ている。口だけは動いているが、次の一口を誰も食べられないでいる。

「アーティー、お前のことを調べてる奴がいる」

 25秒経つ前にケヴィンが言った。みんなちゃんと体内時計を持っていることに感心する。

「プレスの連中? 俺がインタヴューに答えないから不満を持ってるってのは聞いてるが」

「最近の話じゃない、昔の話だ。マイアミ大の時だ。UCLAでの“あれ”だ」

 俺がゲーム終了間際、勝手にロッカー・ルームに戻り、遊びでそこら中の部屋の錠を手当たり次第に開けてて捕まったという“不祥事”か。NFLに入った時点で、プレスが餌食にするとは思っていたのだが何事もなく、リーグからもチームからも特に説明を求められなかったし、NCAAとの間で話が着いてるのかと思っていた。

 そういや、先週ラムズのジャスティン・カードスが電話してきたが、あれもそれだったのかな。あいつ、UCLAだし。

「あれは、UCLAの公式発表が全てだ。俺も同意しているし、あれ以上、何も言うことはないよ」

「それはそうだがな」

「お前は何を知ってる?」

「俺は……広報P Rから聞いたことだけだ。それ以外のことは知らん」

「ボビー、お前は」

「僕も同じだね」

 ようやく食べるのを再開したボビーが、気のない感じで答える。当然だ。マイアミ大のチーム関係者で知っているのは、俺と広報P Rとコーチのジョー。UCLAではスタジアムを管理していた大学職員と広報P Rと“当事者”である2人だけ。それ以外は誰も真相を知らない。

 知られたら、困るのは俺じゃなくてUCLAの方だろう。だからこそ厳重に口止めされたんだ。もちろん口約束で、誓約書なんか存在しない。それでも俺は墓まで持っていくつもり。

「UCLAはどうだ、何か知ってるか、ドニー?」

 ドニーはUCLAの卒業生アルミニで、あの試合にも出場している。

「俺が知ってるのは、お前がゲーム中に無断でサイド・ラインを離れて、UCLAのチーム関係者以外立ち入り禁止の廊下をうろついてたんで、処分されたってだけだ」

 やはりUCLAの発表どおりだ。ドニーはその時間、まだフィールドでプレイしていたので、後で聞いたはずだが、それ以外のことも知らないんだろう。それが普通だ。

 そしてその処分というのも、俺個人がプレイ・オフへの出場を停止されたというだけだ。もっとも、そのせいでフィエスタ・ボウルでジーノ・トレッタがつぶされたときにバックアップがいなくて、負けたとも言える。1年生フレッシュマンQBクォーターバックには荷が重いよな。

「UCLAも広報P Rがチーム関係者にそう伝えたんだな」

「そういうことだ」

「そういうことで、気にしない方がいいと思うがな、ケヴィン」

「しかし、アーティー、プレスの連中は真相が不明だからって何も書かないわけじゃない。どんな与太記事コック・アンド・ブル・ストーリーを書き立てるか、判ったものじゃないんだぜ」

「その時は、チームの広報P Rがまず対応する。マイアミ大とUCLAの、当時の関係者に話を確認する。そして、既存の発表どおりと回答する。俺がチーム規律違反を犯したので出場停止になった。それだけだ」

 実際、UCLAが求めてきた処分も、チームからの訓告と出場停止のみだった。俺が見たことは、俺が黙ってりゃ、見られた奴らが言う以外に漏れる気遣いはない。バレたら俺とUCLAの関係者は一蓮托生イン・ザ・セイム・ボートで抹殺だろうな。

「リーグの調査担当に訊かれてもそう答えるつもりか?」

「もちろんだ」

「俺とお前で口裏を合わせておく必要はないかな」

「だから、お前が何を知ってるんだって。マイアミ大の時のことはマイアミ大に訊け、って言っておけばいいんだよ。俺だってそう言う」

「UCLAの奴らは?」

「うちで他にUCLAって誰がいたんだっけ。レジー・グリーンウッド? 奴はルーキーだろ。ボビー、お前より年下はあの件を知ってるはずないよな」

「マイアミ大ではそうだろうけど、UCLAのことはどうだか判らないな」

「不祥事が代々言い伝えられてるわけがないだろ。ドニー、お前の知り合いにそれとなく訊いておいてくれ」

「俺はそういうの苦手だな」

「じゃ、誰かに訊かれるまで何もしなくていいや。他のみんなも」

 俺はそう言ってその場にいる連中の顔を見回した。そういや、ここにいるのはだいたい同世代ばかりだな。みんな、大学時代に一度は対戦したことがある。まあ、俺がゲームにほとんど出てないから、フィールド上にいるのをサイド・ラインから見ただけってのが多いが。

「俺の“あれ”のことは一度くらい聞いたことがあるだろうが、誰かに訊かれたら、チームの広報P Rに訊け、であしらってもらえると助かる。誰か、以前に訊かれたことは?」

 みんな、周りの奴の顔ばかり見ている。どうでもいいが、みんな口が止まってるぞ。さっさと昼飯を食ってしまえ。

「しかし、これほど話が漏れない不祥事っていうのも珍しいよなあ」

 ボビーが余計なことを言う。お前だけだな、食い終わってるのは。そういう、余計なことに無頓着なのがお前のいいところだよ。

「街中なら目撃者がたくさんいるが、スタジアム内の出来事じゃあ、その場にいたのでもない限り漏れようがないさ」

「防犯カメラに映ってないのかな」

「UCLAに訊いてみな。とっくに消したと思うが」

「ここにはUCLA出身のコーチもいるはずだぜ。俺が訊いておいてやるよ」

 ジョージ、オレゴン大のお前がどうして。

「それとなくな。あからさまに訊くなよ。よし、そろそろ午後の練習を始めよう」

「今日の夕食はどこへ連れてってくれるの、アーティー?」

 昼飯を食ったばかりなのに、夕飯の心配をするな、ボビー。

「それは練習が終わってからのお楽しみだ」

 とりあえず、ケイトから聞いたばかりの“マリポーサ”にしておくか。

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