#11:[JAX] 夜の過ごし方

 チームとしての練習が終わっても、その後、自主的にトレーニングをする奴は多い。だいたいがウェイト・トレーニングだ。もちろんポジションによって鍛えたい部位が違う。ストレングスを付けるか、スピードを付けるかによっても、マシンやその使い方が違う。

 俺の場合は全身をまんべんなく鍛えることが多い。いろんなポジションをこなしてきたことと、どこか特定の場所だけを鍛えると身体のバランスが狂うのを気にしてのことだ。

 さて、その自主トレーニング。以前なら一番遅くまでやる奴でも12時頃には撤収するのだが、最近は少し様子が違う。といっても、俺が来てからのことだ。

 最初は帰ろうとするボビーを捕まえて“オーヴァー・オーヴァータイム”、つまりさらに居残ってスナップ合わせなどのトレーニングをしていただけなのだが、1週間もするうちにOLオフェンシヴ・ラインの連中全員が居残りをするようになった。実は参加すると俺が夜食をおごるという取引の結果だ。

 フォーメイションを決め、スナップのタイミングに合わせて、OLオフェンシヴ・ライン役割アサインメントを確認する練習をしていたのだが、OGオフェンシヴ・ガードのクレイグ・ルドルフが「前に相手ディーがいないとやりにくい」とぼやき始めた。そこで、守備ディーの連中を何人か引っ張り込んだ。DLディフェンシヴ・ラインLBラインバッカーの数人が付き合ってくれるようになった。もちろん、俺の出費は増えてしまった。DBディフェンシヴ・バックだけはまだ引っ張り込めていないのだが、これ以上出費が増えるのは困るので、保留中だ。

 で、せっかく守備ディーに付き合ってもらうのなら、俺がラッシュやブリッツを避ける練習もしたい。そこで、俺をめがけて“怪我をしない程度に”タックルをしてくれるよう頼むことにした。もちろん、ブラインド・サイドから本気でタックルされたらやばいので、それだけはしないでくれと言ってある。

「とは言っても、お前、避けるのがうまいから、こっちがフラストレイションたまるんだよ」

 DTディフェンシヴ・タックルのジョージ・シャッカーフォードがぼやく。

「とは言っても、俺の特技はそれだけなんだから、仕方ないだろ。当たられても怪我しないように倒れるとか、パスが通るかどうかより、そっちを気にしてんだから」

「お前に当たってもスマッシュした気がしないんだよな。何かいつも芯を外されてるような気がしてよぉ」

 今度はLBラインバッカーのドニー・アンバーザトがぼやく。

「だから、芯を外すように俺が動いてんだよ。よし、じゃあ、今日はスマッシュ・ヒットの練習でもするか? サーズデイ・ナイトは俺じゃなくてダニーがスターターだし、1週間で治る怪我までなら許してやるぜ」

「よせよ。間違ってお前を壊しちまったら、控えがいなくなるだろうが」

「J・Cがいるさぁ。ここにはいないけどな」

「大丈夫だよ、アーティーはそんな簡単に壊れないから」

 ボビー・レイマーが余計なことを言う。マイアミ時代の俺の頑丈さを知っているからだ。

「ボビー、お前、この後、さらに居残りでスナップ100本な」

「冗談だよ、アーティー」

「俺だって冗談だよ、ボビー。よし、次だ」

 ハドルを組んで、コールを考える。レシーヴァーもバックもいないが、正しい組み合わせをコールしないと意義が薄れる。拍手クラップしてハドルを解きハドル・ブレイクLOSライン・オヴ・スクリメイジに就く。TEタイトエンドは左、SBスロットバックは右と守備ディーに伝えると、適切な位置に動いてくれる。見えないTEタイトエンドDEディフェンシヴエンドがいて、適当にやり合ってくれること想定しているわけだ。ジョージは左のBギャップ、マット・トンプソンは右のCギャップ、ドニーはミドルLBマイク、ジャミール・バージェスはウィークサイドLBウィリーの位置に就いた。

47フォーティーセヴン・イズ・マイク! レディ・セット!」

 47はドニーの番号。こうやって相手QBクォーターバックから名指しされるのが大嫌いだったらしいが、俺もそれをやるものだから最近は「ようやく慣れてきた」と言っていた。ただし、「本格的に慣れるにはあと1年かかる」そうだ。なんて対応の遅い奴。

「オマハ、ハット!」

 セヴンステップのドロップ・バックで下がったが、LTレフト・タックルのジョナサン・ヴァーステージェンが“やらかした”気配を感じた。つまりジョージがジョナサンのブロックを外して突進してくるはず。それを避けるために、タイミングを見計らって2歩前に出る。しかし、その時にはドニーがもうすぐ目の前にいた。

 ボビーがホールディング同然で止めようとしたが、その腕をリップでかいくぐってタックルを仕掛けてくる。それをかわしながら右のコーナー・ルートで走るレシーヴァーを想定して、サイド・ライン際に投げる。もちろん、その直後に強烈なタックルを喰らった。

「ナイス・スマッシュ!」

なんてこったいグレイト・スコット!」

 せっかく褒めてやったのに、ドニーが悔しがる。その前に俺の上からどけよ、重いだろ。

「ヴォーン、ボールはどこに落ちた?」

 RTライト・タックルのヴォーン・パノスに訊いてみる。投げた直後に倒されたので、ボールの行方が見えなかった。倒されながらも行方を見届けようとする奴がよくいるが、あれは受け身が甘くなって危ない。

敵陣オプの35ヤード辺りだ。サイド・ラインを割ったんじゃないか」

「ライン上じゃなかったか」

「ラインよりボール一つ外かなぁ」

取れそうにないアンキャッチャブルか?」

「J・Cなら片手で取れるかも」

「ドニー、重いよ、早くどいてくれ」

「アーティー、お前、俺が当たる瞬間に後ろへ飛んだな!?」

 ようやく俺の上からどいたドニーが、俺の手を持って引っ張り起こしながら言う。

「だって、お前のタックルをまともに喰ったら、痛くてしゃれにならないからよ」

「冗談だろ。どうしてそれで45ヤードのパスが投げられるんだ、お前は!?」

 横に立っていたジャミールが言う。右のSBスロットバックが奴をバンプしてからアウトへ出るのと、すれ違いに入ってくる動きをしていたはずだが、RGライト・ガードのデレック・スタークにきっちり止められてたな。まあ、“見えない”DEディフェンシヴエンドも入ってきてたら、止めきれなかったかもしれない。

「遠くに投げても取れなかったら意味ないさ。J・Cの足を想定して投げたが、レイヴンズのCBコーナーバックマイルズがカヴァーしてたら、もう1ヤード奥へ投げないと」

「訊いてるのはそういうことじゃねえって!」

「普通なら、ドニーを見て投げるのをあきらめて、一歩引いたところを俺に捕まるもんだぜ、アーティー」

 ジョージが言う。奴の動きは見えてなかったけど、来るのは一応判ってたから、下がるのは無理と判断したまでで。

「後ろから当たられるよりは、前からの方が受け身が取りやすいから。横に倒されるのが一番危ない。肩をやる危険性が高い」

「じゃあ、パスもあきらめて万全の体制でサックされた方が安全だろうに」

 今度はマット。どうして順番にしゃべるんだよ。それはそうと、お前、ラッシュが完全に一歩遅れてたな。つまづいたのか?

「ドニーが本気でサックに来てたらあきらめてたよ。しかし、守備ディーはもっと力を抜いてくれないかな。これじゃ、ラインの練習にならない」

「俺は元々練習で手を抜くことなんてできないんだよ、あきらめてくれ」

 全く、ドニーはこれだから。

「しょうがないな。ボビー、次はちゃんと止めろよ」

「今のはFBフルバックのフォローがないと無理だよ、アーティー」

「4人のラッシュを5人で止められなくてどうすんだよ、よし、次だ」

 ハドルを組んで、コールを出す。「レディ・セット! オマハ・ハット!」。ドロップ・バックしてハンドオフ・フェイクからのプレイ・アクション・パスだが、スタンツでドニーとマットがクロスして、中央と右から入ってくる。ジョナサンとクレイグはジョージをダブル・チームで止めているので釘付け。FBフルバックがいてもこれを止めるのは無理。セイフティー・バルブのルートを取っている想定のTBテイルバックに捨てパスを投げ、ドニーのサックを甘んじて受け入れる。

「ナイス・スマッシュ!」

なんてこったいホーリー・ドゥーリー! まただ!」

 格闘技マーシャル・アーツの受け身を応用してショックをやわらげただけだろ。それより、なんてこったと言いたいのはこっちだよ。マットまで上に乗ってきやがって。重いから早くどけって!

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