#10:第7日 (7) 蒸留所(ディスティラリー)で昼食を
議事堂のタワーを降りて、次に向かう。
街の中心街は古い建物が多い。南国らしく白い壁だ。国旗が一際たくさん飾り立てられた建物があって、あれは何かとダーニャに訊くと、与党である保守党の本部だとのこと。
よく見ると、その建物に限らず、街中に国旗がたくさん飾られている。そうか今日は戦勝記念日のようなものだからな。もし国旗を飾ってない建物があったら、それは離脱派というわけだ。すぐそこに見える、新しいホテルのような建物なんて、きっとそうだろう。
通りをずっと南へ行って、港に出る。ピーチが車を停めた。
「沖に停まっているのが、フリゲート“マイアミ”であります」
いや、そんなの見に来たんじゃないって。
「艦内食堂の食事はとても美味しいと、海軍内でも評判なのです。ぜひ食べていただきたいのですが」
食べねえって。早く車出せ。
「あら、私の船ですわ。予想よりも早く着いたようですね」
どこに? ああ、あれか。白いスポーツ・クルーザー。確かにそうだな。
ということは、サブリナたちがこの近くにいるってことか。一財産できて浮かれてるに違いないから、会いたくないや。ピーチ、早く車出せ。
「では、ハンプトンのラム酒工場を見学して、そこで食事にしましょう」
ダーニャの提案で、東へ向かう。5分も経たないうちに辺りは一面サトウキビ畑になり、埃っぽい田舎道を走って台地の麓にあるラム酒工場へ着いた。まだサトウキビの収穫シーズンではないため、工場は休みだが、見学とレストランだけは営業しているとのこと。
見学の責任者がダーニャを当然のように知っており、またしても特別待遇を受ける。見学コースに入り、サトウキビを切断してジュースを絞る機械、濃縮したジュースを砂糖と糖蜜に分ける遠心分離機、糖蜜を発酵させる巨大なタンク、天井を突き破りそうなほど背の高い蒸留器、樽に詰めて熟成させるための倉庫、そして瓶詰め工場。
最後に1杯試飲させてもらえるのだが、飲んだのはイライザだけだった。そして併設のレストランへ行き、鶏のスパイス漬け焼きを食べた。もちろん、飲み物はノン・アルコールのモクテル・モヒート。公邸の食事は英国風だったが、市井のスペイン風料理の方がうまい。
食事の後、手洗いに行った。個室に入った方がいいかな、などと思う間もなく、周りに黒幕が降りて来る。
「ステージを中断します。
「やあ、ビッティー、久しぶりに声を聞けて嬉しいよ。洗面所なんかを君に会う場に選んで申し訳なかったが、許してくれ」
「お気になさらず。ステージ終了まで12時間を切りましたので、ゲートが開きました。ゲートの場所は、
「この後、君と会う機会はあるのかな」
「ターゲット獲得、または他者による獲得通知の時のみです」
「それは、まだ誰もターゲットを獲得していないという意味に受け取っていいのか」
「はい」
今日のビッティーはやけに優しい。いや、別に冷たい言葉を投げかけて欲しいというわけではない。
「OK、俺がターゲットを獲得した時にまた会おう」
「ステージを再開します」
いったん市街地に戻り、イライザを高等弁務官事務所へ送り届ける。するとそこにはサブリナとホリーがいた。まあ、いるんじゃないかと思ってた。
「ハーイ、アーティー!」
サブリナは満面の笑顔で俺に手を振ってきた。財宝を手に入れて嬉しいだろうから仕方ない。ただ、気に入らないのはホリーまで愛想笑いを浮かべていることだ。あの笑みは財宝を手に入れたからだけじゃなくて、俺を出し抜いたことに気分をよくしているからだろう。
「やあ、遠路はるばるご苦労さん。クルーザーは誰が運転してきた」
「ちょっと人を雇って。大した賃金じゃないわ。帰りはイライザに頼むけど」
「燃料は足りるのか」
「海流に乗れば足りるはずだけど、あの島に予備の燃料を置いてきたのよ」
しゃべり方が、何となく得意気だ。サブリナの表情は解りやすくていい。宝のことを、訊いてもいいけど答えてあげないわよ、という顔に見える。もちろん、訊かない。
「そういえば、イライザのジェット機はどうするんだ。後で取りに来るのか?」
「いいえ、海軍の艦に積んで帰ってもらいます。ピーチ上等兵?」
「はい、手配済みであります。ただ、交通の関係で、本日の深夜に運送する予定であります」
いつの間にそんな手配を。
「新しいのは買わないのか」
「ええ、もちろん、買うつもりですわ。ですが、あのジェット機は兄に返さないと。クルーザーも車も、それから家も、全部新しいのを買うつもりです」
大金持ちは羨ましい。とはいえ、この仮想世界では俺も次シーズンから5年で2億ドルくらいもらう金持ちのはずだが。
「それじゃあ、ここでお別れかな」
「そうですわね。最後に二人きりで少しお話がしたいですが、よろしいかしら」
車を離れ、事務所の入口まで二人で行く。二人きり、と言いつつ、入口の横には警備員がいる。彼らに聞かれたところで構わない話ではあるに違いない。
「私たちが見つけた財宝の価値がどれくらいか、あなたには興味のないところだと思いますが」
「そうだな、ないな」
「一つ、正直なところをお話ししておきますと、宝探しが当てにならない場合、私、あなたともっと親しい間柄になることを考えていたのですわ」
ふん、まあ、そうだろうな。宝が見つからない場合、金を持ってる奴を捕まえる方が楽でいいのは間違いないんだから。
「それで?」
「今はお友達になれてよかったと思う程度です、ということだけお伝えしておきます」
そう思ってくれるのはこちらとしてもありがたい。いくら口説かれたって、結婚の約束なんてとうていできっこないんだから。
「じゃあ、俺の方からも一つ二つ」
「何なりと」
「宝はどうやって金に換えるんだ」
「キャロルさんのことは口にしませんでしたかしら。彼は財宝発見に関する処理の専門家なんですわ。政府との交渉を全て受け持って下さるんです。その手数料が25%なんです。その他の人件費込みで」
そりゃ、大した商売があったもんだ。
「飛行機の賃貸保証書はちゃんと返してくれよ。俺はバハマに戻らない」
「あら、ええ、もちろん、お返ししますわ」
イライザはバッグの中から封筒を取り出し、恭しく俺の方に差し出した。受け取って、ポロ・シャツのポケットに無造作に突っ込む。
「中身を確認しないのですか?」
「君は信用に値する人間だからな」
「お褒めに与り光栄ですわ」
イライザは一際優雅に微笑むと、事務所へ入っていた。
車に戻って、サブリナと別れの握手をする。ホリーは薄ら笑いを浮かべるだけで、手を差し出そうともしない。
「何の話だったの?」
「大したことじゃない。保証書を返してもらったのと、またバハマへ遊びに来てくれって誘われただけさ」
「あら、そうなの。じゃあ、その時は私のところへも遊びに来てくれていいわ。サブリナ・ヘップバーンのお屋敷はどこ?って訊けば、誰でも判るようになってると思うから」
「君もフォート・ローダーデイルに来たら俺の家を訪ねてくれ。きっと誰でも教えてくれるさ」
「本当かしら?」
「保証するよ。じゃあ、バーイ」
助手席に乗り込むと、ピーチがすぐに車をスタートさせた。また東の方へ向かう。
「彼女たちは、あなたのことを知らないのですか? あまりにも失礼です!」
やけにむすっとしてると思ったら、そんなことに憤慨してるのか。
「君が気にするなよ。俺は顔や名前を知られてない方が気楽でいいんだ」
「いいえ、彼女たちは元は合衆国に住んでいたそうですから、あなたを知らない方がおかしいのです。私の知り合いで、あなたのことを知らない人は、一人もおりませんのに!」
フットボールに興味がない奴だっているだろうから仕方ないんだ、とか何とか宥めながら、サトウキビ畑の中を進む。
四つ辻に砂にまみれた道路標識が立っているのが見えて、何と書いてあるのか判らないままに右折する。そして緩やかな長い坂を登り切ると、岬だった。たぶんあの標識には岬の名前が書いてあったのだろう。
そんなことはとにかく、南一面、コバルト・ブルーの海の眺めが素晴らしい。西側を見ると市街地と港が一望の下にあり、東側を見ると白い砂浜が長く続いていた。
「アロンソ岬です。東側の浜は3マイル・ビーチといいます」
ダーニャはそう説明しただけで、綺麗でしょう、などと無粋なことは言わなかった。岬の高さはさほどでもないので遠望は利かないが、浜の弓なり具合と、白い砂と青い海のコントラストが美しい。遠くの水平線にかかる雲の形もお誂え向きだ。日射しは暖かくて、ビーチに人が出ていてもおかしくないくらいの気温だが、人影はない。
「ここから朝日を眺めたら気分がいいだろうな」
「ええ、そうですね。一泊すれば、明日の朝、見に来られますよ」
「そんなあ、私は今夜出航なんですよ、どうしたらいいんですか?」
いや、ピーチ、誰がお前と見に来るなんて言ったんだよ。それに、俺だって今夜の12時までには退出しなきゃならないんだ。
車に戻り、北へ走る。四つ辻を東に折れて、埃っぽいくねった道をしばらく走ると、旧
部屋の中に物が多い。飾りが多い。色使いが派手だ。経営に成功したと言ったって、原住民からかなり搾取していたんだろうから、あまり褒められたことではない。その時代を知る指標になると思うだけだ。
他にもたくさんあるらしいが、どこを見ても似たようなものだろうから、次はマヤの球戯場跡へ行く。
フットボールのフィールドと同じくらいの広さで、両サイドに巨大な石の壁がそそり立っている。壁にはレリーフのような絵が刻まれている。球戯の様子だそうだ。
壁の中央の高い位置に、石で作られた輪がある。ゴム製のボールを足で蹴って、あの輪を通せば点が入るというルールだったらしい。
俺の場合、手でボールを投げるのなら簡単に穴を通せそうだが、足ではそうはいかない。カールトン氏なら得意かもしれない。
2チームで戦って、負けた方が生け贄になる――勝った方が生け贄になるという説もあるらしい――のが本来の趣旨なのだが、この島では例によって生け贄の風習は早くに廃れ、勝った方は年に何度かある神聖な儀式を担う栄誉を与えられたそうだ。
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