#10:第4日 (9) バック・トゥ・ナッソー

 エンジン付きボートに器材を載せ、イライザの運転で船へ戻った。サブリナたちはまだ戻っていなかった。あちらの方が、撤収が早く終わると思ったんだけどな。それとも、銀貨がそんなに重かったのだろうか。

 確かに、洞窟内で見せてもらったとき、25セントクォーター硬貨よりも1.5倍くらいの大きさで、重さも何倍も――たぶん4倍か5倍――あったような気がする。それが1000枚だと、いや25セントクォーターの重さがわかってないんだが、50ポンドくらいはあるかな。女3人でそれを運ぶとしたら、また小分けにするしかないかもしれない。銀は比重が大きいから、水に入れても浮力の恩恵は少ないし。

 ボートから荷を上げてしばらくすると、サブリナだけが戻ってきた。ライトや三脚を船尾デッキに置いた後で「ボートを貸して」と言う。

「モーターは使わないわ。荷物を入れて、押して泳ぐのよ」

 やっぱり銀貨がそんなに重いのか。3人で3往復するよりはいいってことだろう。サブリナは崖の方へボートを押して行き――陽はすっかり落ちて、残照でかろうじて辺りが見えるくらい――、しばらくしたらホリー、ダーニャと共に戻ってきた。ボートには器材と共に、宝箱が載せてある。でもたぶん中身は空っぽで、周りに置いた布袋の中に銀貨が入っているだろう。

 サブリナとホリーは着くとすぐさま布袋をキャビンに運び込み、そのまま籠もってしまった。イライザはさっきから夕食の準備を始めている。船尾スタンデッキの一番後ろにあったテーブルの蓋を開くと、何と網焼き機グリルが現れた。そこで、用意した肉や野菜を焼き始めた。

「何か手伝いましょうか」

 ダーニャがイライザの隣に立って言う。本当に自分で何かをするのが好きだな。

「いいえ、すぐにできますから、そのままお待ちになって。ああ、では、飲み物とグラスを用意して頂けますか。そちらのシートの下に冷蔵庫がありますから」

 ダーニャはU字シートの向かい側にあるペア・シートの下を開けた。そんなところに冷蔵庫が。

「ビールとワインがありますが、アーティーはどちらにしますか?」

「オレンジ・ジュースだ」

「夜でもアルコールは飲まないのですか」

「俺は何も祝う必要がないからな」

 宝は俺のじゃないし、ターゲットに関するヒントは何一つ見つかってないんだよ。ダーニャは俺のグラスにはオレンジ・ジュースを注いだが、他はみんな赤ワインを注いだ。イライザは大きな海老を焼き始めた。

 それから通信機でキャビンの二人に呼びかける。あの通信機は常に装備しているのだろうか。しばらくしたらサブリナとホリーがデッキに上がってきた。サブリナは嬉しさを顔中で表現してるなあ。

「銀貨はまだ数えてる途中よ。でも、たぶん千枚はあると思うわ」

「ブリー、そんなこと教えなくてもいいのよ。興味を持たない約束なんだから」

「でも、せっかく手伝ってくれたんだから、ちょっとくらいは」

「俺は全く興味がないな」

「私もありません。それより、後でまたニュースを見せてくれますか」

「ああ、それは構わないわよ。イライザがちゃんとやってくれると思うわ。でも、本当に興味ないの?」

 ぜひ興味を持って欲しいという言い方だな、サブリナは。

「次の季節シーズン出来高パフォーマンスの方に興味がある」

「私は国の方が心配ですから」

「アーティー、焼けましたから皆さんにお皿を配って下さいな」

 焼いた肉やその他が満載された皿を受け取って、テーブルに置く。焼き方が足りないようか気がしないでもないが、個人の好みかな。俺はウェルダンが好きなんだよ、その方が脂が落ちるから。

「とりあえず、宝……っと、調査に協力してくれたことに、お礼を言うわ。じゃあ、今日の成功を祝って、乾杯!」

 サブリナとホリーとイライザがグラスを合わせたが、興味のない俺とダーニャとシェーラはさっさと食事にありつく。ここ数日はレトルトや缶詰が中心だったから、肉は少なめにして、野菜をたくさん食った方がいいだろう。

 それにしても、ダーニャはさっきから俺にくっつきすぎだ。肘が胸に当たりそうだぞ。いや、実際に当たってるんだけど。それはいいとして、また静電気が。これ、何なのかなあ。

「アーティー、お肉がまだありますよ。食べますか?」

 しかも余計な世話を焼いてくるし。俺よりも、最後30フィートを降りるときに頑張ったシェーラをねぎらってやればいいのに。一番たくさん食べているのがサブリナ。彼女もたぶん、食べたものが胸に入る体質だろうと思う。

 食事が終わると、サブリナとホリーはまたキャビンに閉じこもる。ダーニャとイライザは操舵席コックピットの端末で何か調べ物。おそらくバーミージャのニュースを確認しているのだろう。俺とシェーラは船尾スタンデッキのソファーで待機。日の名残はとっくに消え、満月にだいぶ近くなった月が、天頂付近に浮かんでいる。

 しばらくしてダーニャがソファーに来た。また俺の近くに座る。バーミージャに関するニュースはどうなっていたかを訊いてみた。

「特に変わりはありません。明日の夜の12時まで、何かが起こるはずがないのです。私が調べていたのは、私を探している人たちのことです」

「メールの傍受でもするのかね」

「いいえ、特定の海域の通信頻度です。船が遭難した時の捜索には、海上通信が発生しますから、普段の頻度と比べれば、捜索の規模が判るのです」

 本当かよ。そもそも、通信頻度の情報なんてどこで公開してるんだ。CIAのサーヴァーにでも侵入したのか? いや、ここはバハマか。

「出発はいつで、ナッソーに着くのは何時頃か訊いたかい」

「出発は9時で、到着は6時頃にしたいと言っていましたよ」

 6時間で行けるんじゃなかったっけ。それとも、夜だからゆっくりなのかな。イライザに声をかけてみた。

「ええ、途中まで巡航速度の75%程度で行きます。それと、キャビンが空くのを待っているのですわ。レディー・ダーニャとミス・シェーラは、誰かに姿を見られたらよろしくないのでしょう? 彼女たちにキャビンにお入りいただいてから、出航します。それにはサブリナたちが銀貨を数え終わって、物入れストレージに移してからです。船が揺れていると、どちらもやりにくいですからね」

 なるほどね。銀貨を数えるのはともかく、物入れストレージに入れるのは俺たちに対する用心ってところかな。しかし、船の中にいるんだから、どこにも持ち出すことなんかできないんだが。

 9時少し前に、サブリナたちがキャビンから出て来た。入れ替わりに俺とダーニャとシェーラが入る。エンジンの音がして、船が動き始めた。揺れも音もさほど気にならない。とはいえ、これから9時間乗りっぱなしというのは大変かもしれない。メキシカン・クルーズは6日間乗っていたが、あの時よりは揺れが大きいからな。

 サブリナたちが入ってこないのを見越して、小さな声でダーニャに訊く。

「銀貨の箱は一つじゃなくて、もっとたくさんあったんじゃないのか」

「そうですよ。どうして知っているのです?」

 不意打ちのつもりで訊いたのだが、平然と答えられてしまった。

「宝箱を一つ隠すのに、洞窟を崩落させて道を塞ぐなんて、手間がかかりすぎる。他に少なくとも9箱くらいあったんじゃないのか」

「手間がかかるのはそのとおりですね。箱は全部で50ありました。あの箱だけが、他から少しだけ離れて置かれていたのです。他の箱にも銀貨が1000枚ずつ入っているか、あるいは違う物が入っているのかもしれません。金貨とか宝石とか」

「どうしてサブリナたちに教えてやらなかった?」

「そんなに膨大な宝を突然得たら、きっと不幸な事件に巻き込まれてしまいます。少なくとも国家的な訴訟にはなるでしょうし」

 確かにそれはそうかもな。あの銀貨を処分するだけでもきっと苦労するだろうぜ。下手すると、仲間割れの原因になるかもしれない。ヒギンズ財閥が介入すれば何とかなるかもしれないが、イライザはいやがるだろうし。

「じゃあ、残りの49箱はどうするんだ」

「彼女たちが気付けば、もう一度来るでしょう。少なくとも、私は何の関心もありません。今は、無事にナッソーへ入港できるかどうかだけが心配です」

 気付くかなあ。いや、それより、無事に入港ってどういうことだ。

「もっと東の海域では、まだ捜索が続けられているらしいのです」

 陽が落ちればいったん終わるだろうが、入港までに臨検ラメッジに遭う可能性があるそうだ。

「表向きは高等弁務官事務所からの要請で、バハマ海軍の協力を得ているそうです。強制的に立ち入ろうとするのなら拒否もできるでしょうが、協力を要請するという立場に出られると困りますね」

「じゃあ、出航を遅らせてもらったらよかったのに」

「これ以上遅らせる理由が、私の方にないのですよ。それに、昼間堂々と入港するよりは、明け方で警備の手薄なときが一番よさそうという結論になったのです」

「じゃあ、他にスピード違反スピーディングには気を付けるよう、言っておいた方がいいかもな」

「銀貨を積んでいますから、その点は心配ないでしょう」

 そもそも、どれだけのスピードで走っているのか全く判らないけど。あと、何もすることがないのが困りものだ。

 そのうちイライザから「シャワーを浴びて、先に寝てくださいな」という声がかかった。

「ただし、シャワーの後でアーティーはデッキへ上がってください。レディー・ダーニャとミス・シェーラはミッドバースのベッドをお使いください」

 うん、寝るときはたぶん、俺だけ別にされると思っていた。キャビンでは基本的に、5人分しかスペースがないからな。出て行く俺が先に浴びることになった。久しぶりに温かい湯を浴びることができて、気持ちいい。しかし、後に女が5人も控えているので、湯の使用量は控えておいた。

 着替えてさっぱりしてデッキに上がる。入れ替わりにサブリナとホリーが降りていった。サブリナは色目を使ってきたが、ホリーに気付かれて睨まれてしまった。イライザが魅惑に満ちた謎の笑みを浮かべて、操舵席コックピットに座っている。

「自動操縦にして、君もキャビンで寝ればいいのに」

「もう少ししたら、そうしますわ」

「それとも、俺に話がある?」

「いいえ、夜中に見張りを交替していただきたいので、先に休んでください。そこのソファーは、あなたには少し狭いかもしれませんけれど」

 U字型なんで、身体を少し曲げる必要があるな。幅も狭いし。

「平気さ。横になれればどこでも寝られるのは、俺の特技の一つでね」

「明日の夜は、もっと大きくて寝やすいベッドを用意しますわ」

 イライザの家のことだろうが、そんなにゆっくりしてていいのかね。明日にでもバーミージャへ行かなきゃならないかもしれないのさ。

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