#10:第3日 (8) 万能な淑女

「ところで、ここでのアクティヴィティーはどんなことを?」

 食事の片付けをしながらサブリナに訊く。食事中、彼女は俺の右側に座っていた。左にはイライザがいて、要するに俺に興味を持ってくれていそうな二人に挟まれて、話はそれなりに弾んでいた。

 職業を訊かれて、マイアミ・ドルフィンズQBクォーターバックと答えるのはチームの恥になると思い――船で遭難するような間抜けがドルフィンズにいると思われると困るので――、例によって“農業”でごまかさざるを得なかったのが残念だった。

「ゆっくりするつもりで来たから、泳ぎとダイヴィングくらいしか考えてないわ。後は砂浜にパラソルを張って本を読んだり、昼寝したり、夜に星を眺めたりってとこかしら」

「洞窟探検の予定は?」

「えーと、そうね、危ないから、しないと思うわ。あー、でも、泊まるのにちょうどいいのとか、地底湖があったりするらしいから、ちょっとは覗くかもしれないけど」

「どっちの洞窟も知ってるから、案内しようか」

「えーと、ううん、地図を頼りに探すのが楽しそうって思ってたの。あー、だから、案内してもらうと、楽しみがなくなっちゃう」

 手強いな。船に戻ってる間に、絶対に余計なことを言わないようにとホリーに言い聞かされたんだろう。

「アーティーはクルージングがお好きなのですか? ナッソーへ戻ったら、一緒にクルージングをしませんか? それとも、ドライヴがお好きかしら。私、シヴォレー・コルヴェットの電気自動車E Vを持っていますのよ。まあ! 免許をお持ちでらっしゃらないの? では、私が運転しましょうか。あら、バイクモトは運転されるのですね。私もハーレイ・デイヴィドスンの電気バイクE Mを持っていますから、ツーリングができそうですわね。飛行機はいかがです? 私の愛機はシーラスの小型ジェット機なんです」

 サブリナとの話の合間に、隣からイライザが質問を連発してくる。やっぱり金持ちの娘なんだな。ほう、あのクルーザーも彼女の物なのか。操舵もできるって? おまけに車も運転できる、モトも運転できる、飛行機も操縦できる、馬に気球にジェット・スキーにスノー・モービルも?

 乗り物に関してオールマイティーなんだな。お嬢様なのに、自分で運転するところはすごい。しかし、彼女が頻繁に割り込んでくるので、サブリナとの話が続かない。でも、せっかくだからイライザも相手にしないといけないし。

 あれ、もう出発の時間か。まずいな、これは。

「出発の前にお願いがあります。もう一度、ニュースを見せてくれませんか?」

 ボートに乗りながらダーニャが言う。ボートは4人が定員で、イライザが運転し、ダーニャとシェーラと俺が乗り込むのだが、俺はボートを海に押し出してから乗ってくれと言われたので、スニーカーを脱がなければならない。

「もちろん見ていただけますけれども、お急ぎではなかったのでは?」

「いえ、昼過ぎにニュースが更新されていると思うので、それを見たいのです」

「見たら何か状況が変わるのですか?」

「変わる可能性があります」

「急いだ方がよろしいですか?」

「いえ、急がなくて結構です」

「まあ、そうですか」

 さて、ダーニャは何を気にしているのだろう。食事中はシェーラと話ながら、時々俺の方を見ていた。俺が宝探しに参加するかどうかを気にしてくれていたのだと思うが、その他に何が?

 ボートを押し出して乗り込むと、イライザがエンジンをスタートさせ、逆進のままゆっくりと走り出す。

「こんなボートも操舵できるのか。乗り物は何でも得意なんだな」

「ええ、普通の人が運転できるものなら、一通り何でも。こんなボートなんて、とても簡単ですわ。あなたも操舵してみませんこと?」

「いやあ、遠慮しておこう。こんなところだって、座礁の危険があるからね」

「そうですわね。ボートが破損するのは大したことありませんが、エンジンが壊れたら困ってしまいますから」

 あっという間にクルーザーに着く。ボートからスイム・プラットフォームのフックに綱を結わえ、ダーニャ、シェーラ、俺の順で船に上がる。イライザの手を取ってボートから引っ張り上げてやると、よろめいたふりをして抱きついてきた。もしかしたら痴女かもしれないと心配になる。

 俺とシェーラは船尾スタンデッキのシート――あの座礁したクルーザーよりも広い、U字型のシートだった――に座るよう言われ、イライザはダーニャを操舵席コックピットへ連れて行く。海図を表示するディスプレイで、インターネットのブラウジングもできるらしい。5分もしないうちに、二人が船尾スタンデッキに戻ってきた。

「私や姉たちが行方不明になっていることが、報道されていました。今日まで伏せられていたようです」

「ほう、そうすると、君が無事なことを早く高等弁務官事務所へ連絡した方がいいな」

「いいえ、今、連絡するのは避けなければなりません。というのも、私がバハマへ向かったことは、離脱派もどこからか情報を得て、捜索をしていると思うのです。当初の予定どおりに到着してれば、すんなりと事務所に庇護してもらえたのですが、これほど遅れてしまうと、離脱派に見つかってしまう可能性があります。彼らが私を拘束すれば、協議に有利な材料となりますから」

 なるほど、よく解らないが難しいものだ。

「ですから、もし今、私が無事であることを事務所に報せると、たとえそれが公表されなくても、離脱派の知るところとなって、事務所よりも先に私を見つけようとするに違いありません。事務所の職員がバハマ領内で行動を取ろうとすると、ここへ来るまでだけでも色々手続きがあって、時間がかかりますから、離脱派に後れを取ってしまいます。ですから、事務所に庇護してもらえることが確実な場所へ私自身が行くまで、連絡は避けた方がよいと思うのです」

「じゃあ、ナッソーへ行って、密かに事務所に駆け込むか」

「それが最善なのですが、それも今すぐは避けた方がよいと思うのです。リンディーが病院に運ばれたことは離脱派も知っているはずですから、飛行機の発見場所の、近隣の海域を捜索しているでしょうし、港にも見張りを置いているでしょう。今すぐにナッソーへ向かうと、見つかってしまう可能性があります。とはいえ、この島にも捜索が来ないとも限りませんが」

「あらあら、何やら大変なお話ですこと。ところで、リンディーというのはもしかして、この近くを漂流していた飛行機に乗ってらした女性のことかしら?」

 イライザが口を挟む。なかなか鋭いな。リンディーのことは、彼女にはまだ話していなかったはずなのに。抜けてるんだか、頭がいいんだか、つかみ所がない。

「そうです。あなた方が発見して、病院に連れて行ってくれたそうで、お礼を申し上げます」

「いいえ、遭難者を救護するのは市民の務めですもの。でも、発見場所のことでしたら、ご心配なさらないで。この島の近くで発見したと報告すると、捜索の人たちが来て、私たちのしたいことが邪魔されてしまうので、もっと東の、100マイルも離れたところで発見したことにしたのです。飛行機も、そこまで曳航して行ったのですわ」

 おお、それはラッキーだな。それくらい離れてりゃあ、この島には誰も来ないだろう。ついでに、そこまでしてこの島でやりたいことがあるってのを白状してしまってるが。

「そうでしたか。では、この島にもうしばらく留まっている方が安全だと思います。捜索は、私たちが遭難して三日後までは続くと思いますから、明日の夜にナッソーへ着くように、出発を変更してくれませんか」

 おっと、そう来たか。俺が宝探しにうまく割り込めなさそうだと気付いて、策をひねり出してくれたのかな。

「さあ、どうしましょうか? そういうことは、私一人では決められませんし、他の二人と相談してみないことには」

 そう言ってイライザは通信機を取り出して、サブリナに呼びかけた。その間にシェーラが密やかに話しかけてくる。

「ダーニャ様、先ほどのお話は……」

「心配は不要ですよ、シェーラ。彼女たちは必ずや私たちの力になってくれることでしょう。それに、アーティーもいますから」

 ダーニャの頭の中では、俺が何をすることになっているんだろうか。

「二人が詳しいお話を伺いたいと」

 通信を終えたイライザが言った。なぜに彼女は嬉しそうなのだろうか。

「またボートで島へ戻るのか?」

「いいえ、島にあなた方が残してきたボートがあるそうで、それを使うと言っていましたわ。ですから、ここでしばらくお待ち下さいな」

 そうだろうな。俺たちを島へ戻すよりは、ここに拘束しておいた方が、色々と事がやりやすいだろうし。

 10分ほどしたらサブリナとホリーが来た。交渉はその二人とダーニャとシェーラですることになり、俺はなぜかイライザに連れられて、下のキャビンで待つことになった。

 予想どおり、あの座礁したクルーザーよりもキャビンは広く、ミッド・バースにもベッドが二つある。内装も豪華だ。ついでにカレンダーが掛かっていて、今が2049年であることが判った。で、3月だろ。さっきダーニャは17日と言っていたな。ようやく日付確定。

「いい船だな。君はよほどの金持ちらしい」

 ソファーに座り、キッチンで飲み物の用意をしているイライザに言った。

「あら、いいえ、名義上は兄のものなんです。兄が使わない間は、好きに使っていいことになっているんですわ。でも、兄は一度も使ったことがありませんけれど」

 イライザが、オレンジ・ジュースのカップをテーブルに置きながら言った。いや、どうしてそんなに近くに座るんだよ。やっぱり痴女か?

「ファミリー・ネームはヒギンズといったと思うが、もしかしてヒギンズ財閥の?」

 なぜか、頭の中にそんな情報が追加されていた。いや、なぜかと言ってはおかしいか。必要な情報なんだろうな。

「ええ、そうです。でも、私は事業に一切貢献も関係もしていませんし、そのうち一族から抜けようと思っているんですのよ」

「結婚して抜けるということかい」

「あら、そんな相手はまだいませんわ。以前付き合っていた男性は何人かいますが、私が一族を抜ける話をすると、みんな声をかけてくれなくなってしまったんです」

 あからさまだな。金の切れ目が縁の切れ目アウト・オヴ・ポケット・アウト・オヴ・マインドか。あるいは、貧乏人は金持ちに抵抗があって彼女に手が出せないのかな。俺もそんな考え方だが。

「みんな人を見る目がないようだ」

「いいえ、きっと私の教養や思いやりが足りないせいでもあるのでしょう。友人からは、話をしていても面白味がないと言われることもありますから。ところで、私のことよりも、あなたのことをもう少し聞かせていただけません? あなたのお仕事のことです」

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