#10:第3日 (6) 停戦協定

「ハーイ、あんたたちガイズ、リゾートで来たの?」

 海賊帽の女が言った。言葉は米語だ。しかも、南部米語。品が悪いな。まあ、他人のことは言えないけどねえ。

 それはともかく、冗談のつもりかよ。リゾートで来てる奴が、白旗なんか揚げるかって。

「遭難者だ。助けを求めていた。君たちがどこか近くの安全な場所まで連れて行ってくれると非常にありがたい」

何てことブラスト! また遭難者ですって!? どれだけ無駄な時間を使わなきゃいけないってのよ!?」

「ブリー、そんなこと言うものじゃないわ。遭難者は助けるのが市民の義務ってものよ。ハロー、あなた方ユー・ガイズ、どこの国から?」

 もう一人が、悪態を吐く女をたしなめながら、優しげに、しかし義務感を存分に漂わせながら話しかけてきた。そしてサングラスを取る。こちらももちろん美人。しかし、海賊帽の女とは質が異なる。海賊帽は粗野でボーイッシュな美人、そしてこちらは冷淡で知的な美人だ。レヴェルは……まあ、そんなことをいちいち評価する必要はないか。

「俺は合衆国だが、こちらのご両人はバーミージャだ」

「バーミージャ? ホリー、どこにある国か知ってる?」

「メキシコ湾の、ユカタン半島の沖にある島国よ。そんなことも知らないの?」

「あっちの方の地理は全然知らないのよ」

「でも、こないだはジャマイカがどこにあるか知らなかったじゃないの」

「いいじゃない、知らなくったって!」

「そうね、気にしないでおくわ。ところであなた方、私たちが連れて帰ることができるのはナッソーだけど、それでも構わないかしら? ああ、自己紹介を忘れてたわ。私はホリーで、彼女はサブリナ。もう一人、船にイライザが残ってるわ。住んでるところはナッソー。この島へはキャンプに来たの」

 キャンプというのに、ボートに積んであるのが、リュックサックはともかくショヴェルってのが不自然だな。他のキャンプ用品はまだ船に残してきているってのならまだ解るが。それとも、ショヴェルは俺たちが悪人だった時に、武器として使うつもりとか?

「俺はナッソーでも問題ないし、彼女たちは飛行機でナッソーへ向かっている時に遭難したそうだから、ちょうど都合がいいんじゃないかな」

「あら、あんたたち、別々に遭難したの? まあ、何て偶然!」

「ちょっと待って、飛行機で遭難したって? じゃあ……」

 ほう、何か知っているらしいな。そういえばさっき「また遭難者」と言っていたようだし、偶然というか、なるほどそういうシナリオだったのかって感じだ。

「何かご存じなのですか? 実は、私と……ああ、失礼しました。私たちの自己紹介が遅くなりました。私はダーニャで、彼女がシェーラ、そして彼がアーティーです。実は、私とシェーラともう一人、飛行機の操縦士パイロットが遭難したのです。操縦士パイロットは女性なのですが、行方が判らないのです。もし何か知っていたら、教えてくれませんか?」

 ダーニャが丁寧に説明する。万全の態勢になった彼女のこの強烈なオーラを、目の前の二人は感じ取っているのかどうか。

「ブリー、言っていいわよね」

「いいわよ」

 海賊帽め、何をふてくされている。

「実は私たち、昨日からここへ来るはずだったんだけど、途中で海に飛行機が浮いてるのを発見したの。翼の上に女性が倒れてて、気を失ってたから、ナッソーに連れて帰って病院へ送ったわ。彼女が、あなたたちの探している操縦士じゃないかしら」

「名前を名乗りませんでしたか。リンディーというのです」

「気絶していて、何も訊けなかったわ。特徴は、そうね、見た目はヒスパニックで、髪は黒くて、赤い飛行服フライト・スーツだったわ。飛行機はエメラルド・グリーンの双発プロペラ機で……」

「では、それはリンディーでしょう。シェーラ、リンディーは無事のようです」

「はい、よかったですわ、本当に……」

 なるほどね、それで1日が潰れて、海賊帽は機嫌が悪いわけだ。そして今日、俺たちを連れて帰ったら2日連続で潰れるわけで、しかし、キャンプの日程が短くなったからって、あんなに機嫌が悪くなるかなあ。

「じゃあ、すぐにナッソーに連れて帰ってあげるわ。もしあなたたちの荷物があれば、取りに行って……」

「待って、ホリー、ちょっと待って!」

 海賊帽のサブリナが割り込んできた。ホリーの腕を引っ張って、少し離れたところに連れて行き、密談を始めた。こっちも密談を始める。

「ダーニャ、彼女たちはここに何をしに来たんだと思う?」

「宝探しでしょう。はっきりしています。キャンプをするのに片道6時間もかかるような島に来るはずがありませんから」

 やっぱりそう思うか。それをどうごまかすかを、相談してるんだろうなあ。船には宝探しの道具が色々載っていて、俺たちにそれを見られないようにするにはどうするかとか。

「宝探しねえ。本当にそれを後回しにして、ナッソーへ連れて行ってくれるのかね」

「それを相談しているのでしょうね。邪魔だから先に送り返すか、それとも条件を付けて手伝わせるか」

「手伝ってやってもいいが、俺たちはほとんど何も情報を持ってないけどな」

「手伝うとしたら、慎重な交渉が必要でしょう。万一、宝を探し当てた後で、私たちだけこの島に置き去りにされたら大変ですから。そんなことになるくらいなら、知らないふりをして、早々にナッソーへ連れて行ってもらう方がいいです。私の国のことも心配ですし」

 まあ、当然かな。向こうの二人の話し合いはなかなか終わらない。時々、サブリナの方が大きな声になるので、そのたびにホリーが「シー!」と言う。たぶん、ホリーの説得が勝つだろうという気がする。頭がよさそうだから。

 しばらくして密談が終わり、二人がこちらに来た。ホリーは穏やかな笑顔だが、サブリナは中途半端な笑顔を見せている。サブリナは演技ができないタイプだな。その中途半端な笑顔でサブリナが言う。あれ、サブリナの意見が通ったのか?

お待たせウィア・バック。急いで連れて帰ってあげたいんだけど、船からキャンプの荷物を降ろすまで待っててくれないかしら。1時間もかからないと思うわ。その後で、イライザがあんたたちをナッソーに連れて帰ることにするから」

「俺は構わないんだが、彼女たちにも訊かないと」

「申し訳ありませんが、その前に、バーミージャのニュースを聞かせてくれませんか。現在の状勢が知りたいのです。私はある事情があって国を出て来たのですが、緊急事態なら、すぐにでも戻らなければならないのです」

 ふむ、やはりそれを訊くか。まあ、国が緊急事態なら、1時間でも早く連れて帰ってくれ、ということになるからな。

「バーミージャのニュースって……ホリー、あんた何か知ってる?」

「私だって知らないわよ。ああ、待って、そういえば、2、3日前にニュース・サイトでそんな記事があったかも」

 ホリーはそう言うと、腰に付けていた携帯端末ガジェットから何か引っ張り出して話し始めた。ふむ、あれは携帯型無線通信機ウォーキー・トーキーのマイクとイヤーフォンだな。船に残っている仲間と話してるんだろう。しかし、そんな物を持ってキャンプに来る奴はいないよなあ。だってこんな小さい島だぜ。

「バーミージャの綴りは?」

 ホリーがマイクをダーニャに差し出す。

「B-E-R-M-E-J-A」

「イライザ、聞こえた? ネット・ニュースを調べて」

 ああ、衛星インターネットが使えるのか。個人持ちの船にしては、色々装備を揃えてるな。これはこれで、キャンプ用という言い訳ができそうだ。

「あった? ちょっと待って。直接聞いてもらうわ」

 そう言ってホリーがイヤーフォンをダーニャに渡す。ダーニャが聞いているが、恐らくネット・ニュースの記事を読み上げているのだろう。ダーニャが手振りでマイクを要求する。

「何時間ですか? 72時間? これは何時のニュースですか? そうですか。解りました。ありがとうございました」

 ダーニャがマイクとイヤーフォンをホリーに返した。さて、どういうことになっているのかな。

「特に急ぐ必要はないようなので、1時間、待つことにします」

ありがとうサンクス・ア・ロット

「荷物を運ぶのを手伝いましょう。それに、私たちはキャンプにちょうどいい洞窟を知っています」

「あら、荷物運びはあたしたちがするわ。洞窟の場所も知ってるし」

 チャンス。割って入ろう。

「そうか、地図を持ってるんだな。よかったら見せてくれないか? 助けてもらえるならこの島にもう用はないが、俺たちが調べたことが合ってるかどうか、知りたいと思って。参考にね」

「あら、えーと……いいわよ」

 サブリナとホリーが目で会話しているが、ホリーの目は「余計なこと言ってんじゃないわよ」と言っているように見える。どうもサブリナは口が軽いらしい。色々とだまくらかして情報を仕入れるなら彼女からだな。催眠術が使えるかも。

 地図は電子かと思ったら、紙だった。地形図だ。いやに詳しい。縮尺はわからないが、どうやら拡大してあるようだ。山の頂上も高さもそこへ至る道も、正確に描かれている。手書きの星印は洞窟だな。これほど詳細に調べられてる島に、宝なんかあるのかね。洞窟だって探検し尽くされてるんじゃないかという気がするが。

「"Isla de Cayo Yaguar"ですか。ジャガーの島という意味ですね」

 背伸びして横から覗き込みながらダーニャが言う。そんなに身体をくっつけないでくれるかな。静電気が走って声を上げそうになったよ。それにしてもいい匂いだ。

「ジャガーの形に似てるかなあ」

「似てないと思いますが、名付けた人は似てると思ったのでしょう。緯度や経度が書かれていませんね」

 地図を見ている間に、サブリナとホリーがボートから荷物を降ろし、船に戻って行った。

「このまま、私たちを置いて帰ったりしないでしょうか」

 シェーラが心配している。

「ないと思うな。俺たちがいない方が、彼女たちは宝探しがやりやすいはずだから。ところで、バーミージャの状勢はどうだった?」

「昨日までデモが激化していたようですが、政府と活動団体の間で停戦協定が結ばれました。本日17日から講和協議が行われます。制限時間は今朝の0時から72時間だそうです」

 ダーニャがイヤーフォンで聞いていた話はもっと長かった気がするが、詳しく話すようなことではないと思っているのだろう。

「明後日の夜12時までか。それまでに、君はどうするつもり?」

「ナッソーにある高等弁務官事務所ハイ・コミッショナーズ・オフィス、いわゆる大使館エンバシーへ行かないことには何とも。姉たちがベリーズとジャマイカへ行ったので、そちらで何とかできればいいのですが」

「何をするにせよ、72時間で足りるのか」

「24時間あれば十分です」

 そういうものかね。やっぱり政治というのは俺には解らんな。

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