ステージ#9:第7日

#9:第7日 (1) 真夜中の奇襲

  第7日-2027年6月13日(日)


 ノックの音で目が覚めた。おかしいな、今朝もミレーヌに起こしてもらうことになっていたのだが。枕灯を点けて、時計を見る。5時半。起こされる時間だけは合っている。昨夜は12時半にベッドへ入ったので、寝不足だ。部屋の灯りを点ける。下段のベッドを覗いたが、ミレーヌが使った形跡はない。

 遠慮がちな、途切れ途切れのノックを聞きながら、部屋のドアを開ける。外に立っていたのはミレーヌだった。珍しく、笑顔がない。後ろにはマレー主任の姿もあった。そうなれば、何かあったのだと誰でも気付く。マレー主任が咳払いをしてから口を開く。

「おはようございます、アーティー。早朝なのに大変恐縮ですが……」

「ああ、いつも起きてる時間だよ、気にしないでくれ。着替えて5分後に、詰所へ行く」

「ありがとうございます」

「ミレーヌ」

「はい、副主任スー・シェフ!」

 ドアを閉めようとしたミレーヌが慌てて声を上げる。マレー主任が立ち去ったのが見えた。

「仮眠を1回しか取ってないようだが、大丈夫か」

「はい、大丈夫です……今のところは」

「昨日の指示の話は、後で聞く」

「はい、了解ですアンタンデュ

 今朝のランニングは中止するしかないだろう。頭をはっきりさせるために顔を洗い、着替えてから、詰所へ向かった。マレー主任が苦悩の表情を浮かべながら待っていた。苦悩していなくても単にそう見えただけかもしれない。

「やられました。昨夜、正確には未明の0時から2時の間です」

「やり口を詳しく聞かせてくれ」

「それが、テーブルは2ヶ所なんですよ。2階と3階です。フロアの中でも全く違う位置でして」

 フロアの図面を見せてもらいながら話を聞く。場所は違っているが、どちらも似たような状況だった。昨夜は週末だけあってやはり客が多く、それらのテーブルもほとんど常に埋まっている状態だった。7人の客が座っていたが、座ったタイミングもバラバラ、勝ち負けの状況もバラバラだった。12時まではほとんどの客が“適度に”負けていたが、日付が変わって一人入れ替わってからは、勝つことの方が多くなっていった。

「それが不思議なことに、7人がそれぞれに勝とうとしているのではなくて、誰か一人が順番に勝とうとしているように見えるのです。もちろん、最初に配られたカードによっては勝つのが難しいこともあるわけですが、負けるときでも残りのカードが客側に有利になるように調節している」

「彼らは互いにしゃべったりもしないんだろうな」

「そうです。しかし、実際には7人ともきちんと連係してプレイしているのです。まるで、何と言うか、一つの意志にまとめられているかのように」

「隠しカメラの形跡は?」

「あります。眼鏡と、ペンでした。いずれのテーブルでも、2番目と6番目のお客様がそれらしいものを持っていました。しかし、それはヴィデオを見返してからようやく気付いたんですがね。この前のあの時から、気を付けて見ていましたが、そういう物を持ち込んでいるお客様が意外に多くて、いちいちチェックしていられないということになっていたものですから、つい見逃してしまいまして」

「2番目と6番目ということは、その二つでテーブルの全てのカードがよく見える位置だな。恐らく、映像解析を使ってカードの数字を確認しているんだろう」

「ここのシステムと同じかもしれませんね。そんな難しいアルゴリズムではないらしいし、MITでもCALTECHカルテックでも作ろうと思えば自前で作れるんでしょう。ああ、ということは、解析された結果を誰かが見て、ヒットかドローかをテーブルの7人に伝えているんですね?」

「あるいは人工知能に解析させているのかな」

なんてひどい話だセ・ラ・カルナージュ! ギャンブルまで計算機オルディナトゥールに負けなきゃならないんですか」

 この時代では計算機コンピューターがどれくらいの性能なのか知らないが、少なくとも俺の時代ではあらゆるボード・ゲームで人工知能に挑戦しようとする奴はいないからなあ。しかし、カウンティング・チームが人工知能に解析させるようになったら、確かに人間的には敗北だぜ。プログラムにしてもそう難しいはずはないし、勝っても嬉しくないだろう。特に、MITの連中なら。

「それはさておき、どれくらい負けたかというと?」

「テーブルの上限いっぱいです。もっとも、7人の合計がそうなったのであって、一人ずつの勝ちは適度にばらけているので、それぞれそう大した額ではなかった。だから、我々も気付くのが遅れたんです」

 テーブルで大きな勝ちが出ると、1時間毎の集計で警告が出るらしいのだが、そう珍しいことではないので、いつもなら見逃してしまうのだそうだ。しかし、7人ともそれなりに勝ったという珍しい事象に、サーヴェイランス・チームの一人がたまたま気付いて、調べ直してみたから判ったらしい。ディーラーは二人で1時間ずつ対応したわけだが、二人ともそのことに気付かなかったようだ。名前を聞いたが、先日のカウンティング・チームが来たのとは別のディーラーだった。

「2時以降は?」

「今のところ、同じようなことは起こっていません。勝ったお客様、合計14人ですが、いずれもバラバラのタイミングで引き上げたようです」

「2時以降もテーブルに残った客もいたが、その間は勝たなかったということ?」

「そうです。それも奇妙なことの一つでして」

 2時頃、ディーラーが替わったタイミングで一人か二人が抜けて、それ以降は“それなりに損をしてから”プレイをやめて帰ったらしい。確かに、それもおかしい。もちろん、7人が“チーム”であることを気付かせたくなかったからだろうが。

「これで終わりにしてくれる、というのなら助かるんですがね」

 マレー主任がまた心にもないことを言った。だが、彼の勤務時間はあと2時間ほどだから、その間は来ないだろうという気がする。問題は今日の昼だ。

部長ディレクトールには?」

「時間が時間ですし、事業部に報告しただけなので、彼女にいつ伝わるかは判りません。金額的には大したことがないので、彼女が起きたタイミングかもしれませんね。緊急出勤してくるかどうかも判りません」

 ただし、そうならなくても報告のために僕は居残りですが、とマレー主任がいかにも悲しそうな顔で言う。彼は映画俳優か舞台役者に向いていると思う。もっとも、主演作品は全て悲劇だろう。

「14人の顔はチェックした?」

「もちろん。しかし、先日来てカウンティングをしていたお客様とは、全く一致しませんでした。もっとも、カウンティングをせずにプレイしていたお客様までは、まだチェックできていませんがね」

「チェックしろ、と言われると思うなあ」

「サーヴェイランス・チームには指示しましたよ。顔認識プログラムを使ってやるそうです。しかし、来ていたことが判っても、身元が判らなければあまり意味がないでしょうね。元々、MITの関係者は顔データが登録されていて、カメラ映像から認識できた時点で我々も注意しますから、彼らがそれに引っかからなかったというところで、我々は既に後手に回ってるわけでして」

 登録されている顔データの中には一般的な有名人も含まれているはずで、それでジャンヌの変装を見破れなかった時点で、ここの顔認識プログラムがそう役に立っていないということは判ってるんだけどね。それはマレー主任のせいではないし、指摘しても可哀想なだけなので言わない。

「この後、同じ手口を使ってきたときの対策は?」

「勝ちの上限額を下げて、警告頻度を上げてみました。そのせいで、警告が出っぱなしです。今は来客が一番少ない時間帯だからまだましですが、この状態で今日の昼間を迎えたときには、どんなことになるやら」

 狼少年効果フォルス・アラーム・エフェクトか。それにしても、このカウンティング・チームはどうも予行演習が多いな。こちらに気付かせて、対策に慌てふためくのを楽しんでいるんだろうか。趣味が悪いというか、子供っぽいというか。

「昼間の対策はブロンダン主任と一緒に考えるよ」

「申し訳ありませんが、お願いします。ああ、それから、本日の昼勤の主任はワテレでして、ブロンダンは補佐です」

 主任クラスの人間は常に二人勤務することになっていて、どちらが補佐に回るかは勤務経験などからほぼ自動的に決まるらしい。つまり、マレー主任やブロンダン主任にも補佐役がいたということになるが、一度も紹介されていない。俺にとっては全く不都合がないので気にするようなことでもない。

「ちなみに、君はローラン主任の補佐に入ったことは?」

 マレー主任が、嫌なことを訊く、という顔をする。彼の表情は本当に判りやすくていい。

「ありますよ、何度も。どういうわけか、そのたびに賭場でアクシデントが起こるんですよ。どれも大したことじゃなかったですがね」

 暴力沙汰などではなく、例えばスロット・マシンでジャックポットを出した客が、興奮のあまり発作を起こして倒れたときのこと。客の介抱に始まり、医務室への搬送や周りの客への事情説明、緊急入院のための病院の手配、客の家族への連絡など、全てマレー主任が仕切ったのだが、ローラン主任は何一つ手伝わず、それでいて事業部へは彼女が“責任者として”報告し、評価されたらしい。

「ブロンダンもきっと同じような経験を持ってますよ」

 マレー主任は皮肉な笑いを浮かべながら言った。ということは、ローラン主任はブロンダン主任より格上? 本当かね、信じられないな。

 サーヴェイランス・チームの分析結果は、昼勤との引き継ぎの時に聞くことにして、いったん打ち合わせを終える。今の話自体、引き継ぎの時に聞いてもよかったような内容だが、マレー主任としては一人で抱え込むのが嫌で、俺に話を聞いてもらいたかったのだろう、と思っておく。

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