#9:第4日 (7) カウンティングの基本

 カジノに戻ると、カティーからメッセージが入っていた。サンテレーヌ島へ行っている間に発信されたようだ。控え室に来て欲しいとある。別館の4階に上がり、控え室のドアをノックする。出てきたのは別のディーラー――確かポーラという名前だったと思う――で、ベクをして迎え入れられた。

 カティーはソファーに座ってもう一人のディーラー――ステファニーだったと思う――と話していた。俺が入っていくともちろんベクをする。ベクというか抱きつかれているというか。

「アーティー、2時過ぎにメッセージを入れたのに、どこに行ってらしたの?」

「ちょっとサンテレーヌ島まで散歩にね。それで、何があったんだ?」

「カウンティング・チームが来たみたいなのよ。私のテーブルには来なかったけれど、あら、ポーラのテーブルには来たんだったかしら?」

 ソファーに座ってポーラの話を聞く。ブルネットの長髪をカールにしたチャーミングな彼女だが、テーブルにF1ドライヴァーが入ってきたのに気付き――もちろんディーラーは全ドライヴァーの名前を憶えているらしい――、しかしことさら名前を呼んだりはせずに普通に応対していた。ところが、同時に入ってきた客のうちの二人が、カウンティングをしているときのカードの引き方をしているのにも気が付いた。

「ところで、チームの役割を教えてくれないか」

「あら、ご存じなかったの? カウンティングって一人でもできるんだけど、それだとすぐにカジノ側に気付かれるから、大きく勝つために別々の客のふりをして、一つのテーブルに入ってくるの」

 カウンティング・チームの一般的な戦略は、三つの役割から成る。カウンティングをする複数のスポッター、大はしゃぎしながら大金を賭けて人目を集める囮役のゴリラ、スポッターの合図でここぞという時に大勝負をして儲けるビッグ・プレイヤー。

 スポッターはカウンティングをしながら――勝とうとしないで――自分たちに有利な状況を作るために、ヒット・オア・スタンドで枚数を調整するので、注意していれば判る。ポーラはそれを、メッセージで警備員に報せておいた。テーブルに設置された端末を使って、チップを整理するふりをしながらほんの数回の操作だけでメッセージを送れるようになっているらしい。

 ただ今回の場合、F1ドライヴァーが自然な“ゴリラ”になっているので、ビッグ・プレイヤーがいないか注意していたが結局現れず、スポッターの収支もほぼイーヴン、という状況だったそうだ。

「それが、後で判ったんだけど、私のテーブルだけじゃなくて、他にも何ヶ所か同じような状況があったらしくて。カウンティングをしているお客様がいても、大勝ちしていなければ特に注意もしないのが当カジノの方針なので、警備部はとにかく彼らの顔をチェックするだけで終わったらしいの。週末のための偵察かもしれないからって」

 ふむ、何らかの偵察ではあるんだろうけどね。しかし、そいつらがもう一度来るとは限らないと思うなあ。

「週末にそいつらがまた来たらどうするんだ」

「大勝ちしない限り何もしようがないわ。来たというメッセージがディーラーや警備員に流れるだけだと思うけど」

「そいつらに注意を惹き付けておいて、別のチームが勝とうとするんじゃないか」

「そうね。でも、何か対策を考えるのは上の人たちで、私たちディーラーは普段どおりカード・カウンティングに注意するだけだから」

 まあ、そうかな。フットボールなら、作戦を考えるのはコーチで、プレイヤーはそれを実行するだけだし。

「ところで、君が出したメッセージは、俺の携帯端末ガジェットには入ってなかったみたいだけど」

「テーブルからのメッセージは、まずカメラ映像監視員に伝わるんです。映像認識でも解析するんですけど、カウンティングに気付くのはティーラーの方が早い場合が多いので、その情報を元にして監視員がチェックを強めるんです。でも、その時点では主任とテーブルの周囲の警備員にしか伝わらないんですわ。情報を流しすぎると、警備員も混乱しますから」

 ポーラに訊いたのに、どうしてカティーが答えるんだろう。それに君、俺に身体を寄せすぎじゃないか? 香水がさほどきつくないのはいいんだけどさ。

「そうすると、カウンティングしていた奴の情報は、映像監視室に行けば教えてもらえるのか?」

「ええ、もちろん。でも、ディーラーたちから直接話を聞く方がよろしいんじゃないかしら。ポーラの他にもカウンティングに対応したディーラーが何人かいますから、彼女たちに声をかけて、集まってもらいますわ。場所は、そうね、街のレストランにでも行って、夕食を摂りながらというのはいかがです?」

 いや、それ、話じゃなくて食事が目的じゃないのか? カティーは大人しそうな顔の割に、昨日もそうだったけど、かなり積極的なタイプだな。夕食の後、どこかに連れ込まれないように気を付けないと。これが初日だったら喜んで連れ込まれてるところだけどなあ。

 同意するかどうかを伝える暇もなく、3時になったので3人はベクをしてから賭場へ降りて行った。あれ、よく考えたらカティーのところにはカウンティングをしている奴は来ていないはずなのに、彼女も“夕食会”に参加するつもりなのか?

 とりあえず、俺も賭場に降りる。客はさほど多くない。雰囲気も変わっていないようだ。テーブルを見て歩きながら、隙を見てディーラーに話しかける。テーブルに、カウンティングをしていた奴が来たかどうか。一人目はNO、二人目もNO。しかし次はYES。以下、NO、NO、NO、YES、NO、NO、NO……

 マーゴのテーブルを見つけるまでに、YESは3人いた。ただし、時間帯は違っているようで、同一人物かどうかまでは解らない。何しろ、長々と話し込むわけにはいかないからな。それについてはたぶん映像監視員に訊く方がいいだろう。

 もちろん、マーゴにも訊く。

「いらっしゃいませんでした」

 そんな丁寧に、しかも笑顔で答えないでくれるかな。相手は一応“敵”なんだぜ。

「もし来たら、俺にもメッセージをくれるか」

「解りました」

 マーゴの花のような笑顔をもらって、テーブルを離れる。しかし、仮に彼女のテーブルへ来たとしても、この後の夕食会に彼女は来てくれない。いや、そうすると、明日それを聞く目的で彼女と話をする時間が取れる? 朝食時ではなくて、休憩時間に何とかならないか。別に、二人っきりになって何かをしようというわけではないので……あれ、どうしてそんなシテュエーションを考えてしまうのだろう。下心なんてないことになっているのだが。

 4時前に、控え室へ行くようカティーからメッセージが入った。また夜勤のディーラーたちと顔合わせをするらしい。しかし「カウンティング・チームのことをもっと調べる」と返事してから、警備詰所に行った。ベクの嵐は疲れるんだよ。今日が初顔のディーラーがいても、後で何とかするって。

 詰所で映像監視員に声をかけたが、態度が今一つよろしくない。

「ローラン主任に許可を得ませんと……」

 こっちは副主任の肩書きをもらってるのに、この返事だ。つまりローラン主任から、俺に何か言われたら一報を入れて指示を仰げと言われているということだ。

「だったら、許可をもらえ。俺だって遊びで見に来たんじゃないんだぜ」

 渋々、という感じで監視員は、メッセージをローラン主任に送った。ワテレ主任がいるときの監視員はもっと協力的なんだがなあ。10分も待たされてから返事が来て、「許可が下りました」。それを言うときの、大儀そうな態度と言ったら。

 とにかく、映像を見せてもらう。カウンティング・チームが来た時間順。判っているのは七つで、12時から1時までが二つ、1時から2時までも二つ、2時から3時までだけは一つで、3時から4時までがまた二つ。どうやら2チーム来ているようだ。

 12時から2時までの四つのテーブルを見ると、同じ顔ぶれが二人ずつ、2テーブルに現れている。確かに2チームだ。ディーラーが交替するごとに、テーブルを変えている。

 そして2時からはメンバーが変わっていた。1チームは2時から3時までと3時から4時まで、二つのテーブルに現れているが、もう1チームは3時から4時までしかいない。ともあれ、全部で4チーム来ていたということか。

「しかし、なぜ2時から3時までだけ1チームなんだ。もう1チームはどこに?」

「さあ、ディーラーの見落としかもしれません」

 映像解析では出ていないらしい。

「2時から3時までの映像で、もう1チームを探せるか」

「顔認識で引っかからないので……後で探しておきます」

 監視員は実に面倒くさそうに言った。しかし、それが仕事だろうに、なぜ積極的にやらない。

 4時を回って少ししたら、ディーラーからの連絡が入った。もちろん、カウンティングをしている客がいるという内容だ。リアルタイムの映像を見たが、また違う顔だ。これまでは全員男だったが、今度は男と女、しかも離れて座っているのでペアでもないらしい。カティーたちと食事なんかに行っている場合じゃないのではという気がしてきた。

「もう1チームいるんじゃないのか」

「しかし、ディーラーからの連絡がまだです」

 受け身だなあ。こんなのでいいのだろうか。それに、どうにもこいつは俺に非協力的だな。他の監視員もいるが、俺を無視しているような感じだ。これなら夕食会に行ってディーラーたちの話を聞く方が有益かもしれない。

「後でもう一度見に来る。さっきの探しておく件も含めて、夜勤の監視員に引き継ぎしておいてくれ」

「はあ」

「まさか、それもローラン主任の許可が必要とか言うんじゃないだろうな?」

「いや、とんでもない。ちゃんと引き継ぎしておきます」

 監視員は作り笑顔で返事をしたが、俺が警備室を出て行ったら舌打ちするんじゃないかと思う。地下の駐車場で待っているというカティーからのメッセージが入ったので、警備詰所を出た。

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