#9:第1日 (2) 川の中の二つの島

 では、次にどこへ行くかというと、先ほど“北側の別の建物”へ行ったときに、橋があるのが見えていた。橋があれば別の所へ行けるかもしれないので、そちらへ行く。

 歩道を歩き始めたが、右手の車道の方から妙な圧力を感じるので、近寄ってみたら“壁”があった。どうしてカジノ前の道路にだけ“壁”があるんだ。

 疑問を感じながら歩道を行くうちに大きく曲がり始め、Uターンして“北側の別の建物”の方へあやうく戻りそうになってしまった。引き返して道路をくぐる小道を発見したり、高架道路のランプのように大回りしながら坂を登ったりして、ようやく橋を渡れそうな所まで出た。

 が、しかし、橋のたもとの所に“壁”があって、それ以上進めなくなった。もちろん、車道の方にも出られない。今まで橋を渡れないときはちょうど真ん中辺りで行き止まりになっていて、今回のように橋の手前で渡れなくなるのは、むしろ無駄足を踏まないための“親切な仕様”と言えるのだが、何となく気に入らない。

 橋を渡るのは諦めて、振り返って東を見ると、そちらにも川が見える。ということは、俺は今、川の中の島にいるのだろうか。まずはそれだけでも確かめられないものか。

 歩道を戻り、途中に横断歩道があったので、試しに渡ってみようとすると……なんだ、渡れるじゃないか! しかも、左手側にやけに開放感があると思ったら、車道にも入れる。しかし、右手側のカジノに近い車道には入れない。いったい、どうなってるんだ。

 とにかく横断歩道を渡りきり、右手の川の方へ行こうと車道や歩道をうろうろと歩いていると、ようやく道筋を見つけた。小さなスロープを降りて出た先には、広い道路があった。これはもしかしたら、サーキットの一部ではないだろうか。このずっと南の方に、さっきのスタート地点があるのに違いない。またサーキット内に戻ってしまったわけだ。

 ただ、考えてみればサーキットの方が道としては判りやすいはずで、これを一番北の方までたどっていけば、“島”の全貌が見えてくるかもしれない。右手にあるのはやはり川のようだが、水が流れていないように見えるのは気のせいか。

 長いストレートを4分の1マイルほども歩くと、前方にまたスタンドが見えてきた。あと4分の1マイルほどで橋まで到達しそうだ。と、左手の遠くに、妙な物体が見えてきた。金網で作った巨大なボールのような……エプコット!? フロリダの? いや、違うな、似てはいるが。

 少しずつ西へ逸れて、川から離れながら歩くと、三叉路に出た。真っ直ぐ行くとスタンドが見えるので、どうやらヘアピン・カーヴになっているようだ。左へ行くと、そのヘアピンを戻って来た道とぶつかり、さらにその先に……橋が見える!

 もちろん、そちらへ行く。近くに“?”のマークが屋根に付いた小さな建物があり、どうやら案内所らしいが、人はおらず。その先の十字路に案内看板が立っていて、真っ直ぐ行くと"Île Sainte-Hélène"、右へ行くと"Pavillon des service"と"Bassin olympique"とある。

 どうやら今いる“島”にはまだ北の方に何か建物があるらしいが、それはとりあえず置いといて、橋を渡れるかどうか確認する。200ヤードほどしかない、短い橋だが……無事、渡りきった。真ん中で“壁”に激突することもなく。周りに人の姿も見えるようになった。対岸に渡れたのだろうか。

 右手にはあの巨大な金網ボールが見えている。左手に、また案内看板が立っている。下の方に地図も付いている。近付いてよく見ると、今いるところも“島”だった! さっき渡ったのは、川の中の二つの島を結んでいる橋だったのだ。

 島から出る橋は二つあるが、一つは南側の、さっき渡れなかった橋。ただし西側としかつながっていない。もう一つは北側にあって、こちらは東西両側に出られる。しかし、俺の今までの経験上、このどちらも渡れない気がする。もっとも、条件によって渡れるようになったり、俺の調査がいい加減で渡れないと勘違いしたりすることもあるとは思う。

 さて、地図を見ながら、次にどうするか考える。ここから少し南に、地下鉄の駅がある。もちろん、地下鉄に乗れるとは限らないが、公園の中にある駅なら、案内所くらいあるだろう。そこで付近の地図を手に入れてから、島内探検を続けることにしてはどうか。地図もなしに闇雲に歩くのは効率が悪いし、疲れるだけだからな。

 道順も簡単だ。少し西に歩いて、円形の広場に出たら、南西の道を通り、しばらく歩くと右手に大きな広場が見えて、そこが駅前だ。途中、何人かとすれ違ったが、話かけたくなるような感じの人間はいなかった。美人がいなかったという意味ではない。

 広場の一角には予想どおり“?”マークの付いた建物もある。"Renseignements"と書いてあるが、案内所だろう。行って、係員に話しかけ、英語の地図をもらう。やはりここはカナダ、モントリオールだった。

 モントリオールはセント・ローレンス川に浮かぶ巨大な中州の街だが、俺が今いるのは街の東側を流れる本流に浮かぶ小さな島で、セント・ヘレン島。そしてさっきまでいたのがノートル・ダムノーター・デイム島だ。ノートル・ダム島はやはりサーキットになっているようだが、"Gilles Villeneuve"が読めなくて困る。キーワードのような気がするので、係員に教えてもらう。ジル・ヴィルヌーヴ。聞いたことがあるような、ないような。

 ついでに"Jean Drapeau"も教えてもらう。こちらは予想どおりジャン・ドラポーだった。一応"Sainte-Hélène"も訊くと、サンテレーヌだった。この島をセント・ヘレン島と呼ぶか、サンテレーヌ島と呼ぶか、どうするかな。

 それはともかく他はだいたい勘で読めそうだ。今日の日付も知りたかったが、案内所の中に2027年6月のカレンダーが掛かっているのが見えたから、今はそれでいいだろう。

 地下鉄の駅には予想どおりは入れなかったので、近くのバス停へ行ってみる。767系統と777系統が発着している。767系統は島の北側のラ・ロンド遊園地と、ノートル・ダム島の南の端――サーキットの中にバス停なんてあったか?――を結んでいる。777系統はこのバス停とカジノの間を往復している。

 カジノ行きが777系統なんて、洒落が利いていて面白いじゃないか。この辺り、“壁”の感じはしないし、島内だけならバスに乗れるかもしれない。ただ、767系統のノートル・ダム島方面は運休中という注記が付いていた。なぜ運休かは書いてない。

 ようやく地図も手に入れたし、探検を始めることにするが、まずセント・ヘレン島改めサンテレーヌ島の南の端へ行ってみる。Ω型になったバス停のターミナル道を通って川沿いの道に出て、南へと歩く。200ヤードほど向こうに、さっき渡れなかった橋が見えている。一応、こちらから渡れるかも確認しておくが、期待はしていない。橋に取り付いている歩行者用のスロープを上がってみたが、橋上の歩道の前に“壁”があった。

 いったん下に戻り、車道の方へも行ってみるが、スロープの入口の辺りに“壁”がある。道路には行けないが、その脇の砂利道を行くと、島の南端に出られそう。左手の木立がなくなって、ノートル・ダム島がよく見える。

 南端に到着すると、川の上流の展望が開けるが、ベンチなどは置いていない。来る人はそうそういないようだ。俺だって特に用はない。

 そのまま西に回り込む。道がいきなり二つに分かれて、川沿いの道と、その内側の道がある。どちらでもいいのだが、内側の道を通ると少し先にアート広場のようなものがあるので、そちらへ行ってみることにする。

 どうしてもたどりつけなかったあの橋の下をくぐり、4分の1マイルほど行くと、広場に出た。何を表しているのかよく解らないモニュメントがあるだけの、どうということはない広場だ。モニュメントの下の階段状になったところに中年の夫婦が座って休憩している。話しかける気にはならず、また北の方へ歩き出す。

 4分の1マイルも行かないところに、船着き場がある。対岸のオールド・ポートと、下流の東岸のロンゲールを結んでいるフェリーの発着所だが、季節によって運行時間が違うということしか判らない。しばらく待ってみたが、船が来る気配はなかった。

 このままずっと北へ上がって行くと何もないので、東側に戻る。途中にコンプレックス・アクアティークという大型プール施設ウォーター・パークがあったが、閉まっていた。気温はさほど高くないし、水遊びの季節はまだ先なのかもしれない。

 さらに東へ行き、先ほど見た巨大金網ボールへ。バイオスフィアという施設で、名前だけなら俺も聞いたことがある。アリゾナにあるのと同じだろう。人工生態系の実験をする施設だ。EXPO67の合衆国の展示館パヴィリオンだった、とのこと。いつでも入れるわけではなく、ツアーに申し込まなければならないらしい。どこもかしこも閉館中ばかりだ。

 そこから少し北へ行くと、古風でいい雰囲気の建物が建っているのだが、地図には何の説明もない。もちろん、入口も開いていない。先程からEXPOというキー・ワードが何回か出てきているので、それに関係した施設かもしれないが、説明がないのではどうしようもない。

 森の中の小道に入り、島の中央辺りにあるレヴィ塔を目指す。1930年代に建てられたということしか書いていなくて、何を目的として建てられたのかも判らない。曲がりくねった小道を200ヤードほど歩いてようやくたどり着いた。

 成形されていない赤茶けた石を組み上げた無骨な塔で、高さは200フィートくらい。緑の木々の間に建っている姿は見栄えがしているが、入口は錠が掛かっていて入れない。ピンタンブラー式の南京錠で、風雨に当たらないよう錠の上に蓋が付いている。錠は割合新しいので、定期的に取り替えているのに違いない。

 こんなのは簡単に開くだろうが、今ここで開ける気はしない。どうして開いていないのかはよく判らないが、もしかしたらここもツアーで来るしかないのかも。

 森を西に抜けてから普通の道を北へ歩き、スチュワート博物館へ。19世紀に砦として建てられたもので、上から見ると、弓形が折れ曲がったというか、平たい五角形の底辺だけがないような形をしている。石造りの建物は立派だが、ここも開いていない!

 開館日は水曜から日曜、時間は10時から5時。今は10時を過ぎているので、どうやら今日は月曜か火曜であるらしい。

 ちょうど真ん中辺りにガラス張りの塔が立っているが、これは入口でも何でもなくて、ただの階段のようだ。本物の入口はその右側の翼の真ん中辺りにある。白い両開きの扉が付いていて、困ったことに鍵穴がない。電子錠だ。もちろん、鍵穴は隠してあるだけで、探せばそれで開けられると思うのだが、こういう時は開けると警報がどこかに飛ぶシステムになっていることが多い。今は危険を冒してまで入る必要性を感じないのでやめておくことにする。

 そのすぐ北にあるのが、島から出られそうなもう一つの橋。スロープを通って橋に上がるには少し南に戻る必要があったが、この付近も道路には“壁”があって歩道と横断歩道しか通れないようになっていた。スロープを150ヤードほど上がって、ようやく橋に着く、というところで“壁”があって行き止まりだった。スロープはもう一つあるが、そちらもきっと同じ結果に終わるだろう。そもそも橋には歩道もないようだし。つまり、俺はこの二つの島から出られない!ということだ。少なくとも、今の時点では。

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