#9:第1日 (3) ラ・ロンド遊園地

 さて、島にはもう一つだけ訪問するところがある。ラ・ロンド遊園地だ。ロンドという言葉は前回のステージでも聞いたが、フランス語で“回る”というくらいの意味だろう。そんなことはどうでもいい。スロープを降りて、橋の下をくぐり、遊園地の前へ。

 ラ・ロンドはサンテレーヌ島の北側4分の1を占めるほど広い。開園は11時からで、ちょうど開いたところ。平日だが、客はそれなりに来ているようだ。大人の男が一人で来るようなところではないが、一応中に入ってみることにする。入らずに引き返したのでは、せっかく二つの島を探検したのに、どこにも入れずに終わることになるからな。

 料金表を見る。一日券が49ドル99セントで、シーズンパスが……パスポート? フランス語で、シーズンパスのことをパスポート・セゾンというのか!? パスポートはターゲットなんだが……いや、しかし、もしこの遊園地のパスポート・セゾンがターゲットだとしても、超有名人が使ったチケットとかでないと、相応しくないだろう。金には困ってないから試しにパスポート・セゾンを買ってみるけどね。二度と来ることはないかもしれないけどさ。

 パスポートに日付が入っていた。2027年6月7日。チケット売り場のカレンダーを見ると、月曜日だった。

 さて、大人の男が一人で遊園地に入ったのは理由があって、キー・パーソンに会えるかもしれないからだ。前回は動物園で、あれは大成功だった。今回はどうかというと、客はいるにはいるのだが、数がやはり少ない。平日で、学校がまだ休みではないからだろう。

 来ているのは小さい子供連れの家族、観光客と思われる団体、それに仕事をさぼったのではないかと思われる若い男女など。観光客が外国から来たのなら、パスポートを持っているだろうから、ターゲットと関係がないでもない。しかし、お忍びで来るようなセレブでもないと、盗む価値はないと思われる。セレブ……いるか? まあ、いいや、ゆっくり探そう。

 敷地が広いだけあって、アトラクションも多い。その数、40以上! 食べ物や飲み物の売店は30以上。これだけあっても、週末や夏休みの時期は大変なことになるだろうな。

 鞄をロッカーに預けて、園内を見て回る。入ってすぐ右手に、メリー・ゴー・ラウンドなどの小さい子供向けのアトラクションが集まっている。賑わっていていいことだが、そんなところに紛れ込んでいくと人さらいに間違われかねないので避けておく。ちなみに、アイスクリームを持って走り回っている子供はいない。前回のようなことはそうそう起こるもんじゃないということが、よく解る。

 真っ直ぐ進んでから右の奥へ行くと、モンスターという木造のローラー・コースターがある。うん、定番だね。その近くに別のコースターが二つ。それからスプラッシュ・コースターもある。ジュース・スタンドの横に射的があって、思わずやりたくなるが、やめておく。

 電気で動くゴー・カートがガンガンぶつかり合うバンパー・カー。スピラルという、ゴンドラに乗って周りながら高い塔を昇って降りるアトラクション。いいねえ、高いところは。中年の男がゴンドラに手を振っているが、おそらく奥さんと子供が乗っているのだろう。

 長距離コースターのゴライアス。コースのほとんどが池の上にあるインヴァーテッド・コースターのエドノール。この辺りは大人か大きい子供向けで、今日はどうやら稼働率が悪い。

 ミニ・レイルに乗った子供が嬉しそうに手を振っている。セント・ルイスにあるゲートウェイ・アーチに似たオブジェ、と思ったら、キャプシュールというアトラクションだった。アーチからワイヤーで吊り下げられた椅子を、背後にある塔から引っ張り上げて揺らせる、超巨大ブランコスウィングだ。その横にある、小さな観覧車フェリス・ホイール。もちろん、小さい子供向けで、例によって中年の男が見上げて手を振って……

 で、その近くにいて、同じように観覧車フェリス・ホイールを見上げている、黒いキャップを被ってサングラスをした若い女は何者だ? 俺と同じような、モス・グリーンのポロ・シャツに、ブルー・ジーンズという姿だ。俺が横に並べばペアに見えなくもない。が、たぶん向こうが迷惑がるだろう。

 女はしばらく観覧車フェリス・ホイールを見てから、何ごとか呟きながらこっちへ歩いて来たが、俺には目もくれず去っていった。ゴライアスの方へ行ったようだ。ああいう怪しい動きをするのはキー・パーソンか競争者コンテスタントなのだが、あからさまに後を尾けていくのも何なので、人相風体を憶えておくだけにする。もう後ろ姿しか見えないから、尻の形を憶えるしかないか。

 園の西端の、川と池に挟まれた小道を南へ歩く。大きな子供用のゴー・カート・サーキットや、スリングショットというバンジー・ジャンプ風アトラクション、ワイヤー吊りの椅子がぐるぐる回転するスカイ・スクリーマーなどを見ながら、カレー・スタンドで昼食。たまにはこういうジャンク・フードもいいだろう。遊園地ではそうするのが礼儀のようなものだ。子供向けなので、そんなに辛くないし。

 そこから東へ行くと入口に戻れるのだが、念のためにもう一回りすることにした。何しろ、さっきの女が気になりすぎる。尻だけじゃなく、顔も憶えておかないと。もう一度正面入口から北の方に行って、女を探すが、人が少ないとはいえ、広いのでそう簡単には見つからない。

 1時間ほどうろうろしたが、結局見つからなかった。あるいは、女がアトラクションに入っている間に俺がその前を通り過ぎてしまった、とかかもしれない。しかし、俺の方はどのアトラクションにも入ろうとしないので、何度も同じ所をうろうろしていたら怪しまれてしまうだろう。仕方なく、退散する。

 園の前のバス停で、島の外へ出る769系統には乗れそうにない――バス停の前に“壁”がある――ことを確認してから、島の東側の川沿いの道を歩く。西には何もないからな。フェリーの発着所はあったが、今週はまだ週末しか運行していなくて、来週から!毎日運行だということが判った。プールも同じ。ノートル・ダム島にあるいくつかの施設も同様の事情だ。

 要するに、モントリオールのサマー・シーズンは来週からということだろう。俺は至って不便な時期に放り込まれたようだ。とはいえ他の競争者コンテスタンツも事情は同じだし、今週でなければならない理由が何かあるのだろう。それも探る必要がある。767系統のバスが、悠々と俺を追い抜いていった。

 もう一度、ノートル・ダム島へ行ってみる。さっき渡った橋――コスモ橋――の北側にある施設を見に行こう。ヘアピン・カーブの向こうへ行くと建物が見えてきた。その横にある"Bassin olympique"というのは、1976年のモントリオール・オリンピックの時に作られたボート用の水路だった。つまり、俺がサーキットの東側の道を歩いていて、その東にあるのは川だと思っていたのが、実は水路だったのだ。道理でほとんど流れていないように見えたわけだ。

 その水路の他に、ボート・クラブの建物や、トレーニング施設などが併設されているのだが、いずれも閉館中。もう一つの"Pavillon des service"とは何かと思ったら、島の管理会社だった。もちろん、ここは開いていたが、入っても何もならない。

 他にすることがないので、水路と川の間にある細い道――島の東の縁――を歩いてみる。無目的ではなく、ここを通ればノートル・ダム島の南端まで行けて、そこにあるトラス橋にたどり着けるかもしれないからだ。距離は1マイル半ほど。

 そもそも、ノートル・ダム島自体は1967年の博覧会EXPOのために造られた人工島で、65年の地下鉄工事で掘り出した岩や土を使って埋め立てたらしい。そこへ76年のオリンピックのために、ボートとカヌー競技のための水路を開設。さらに78年にサーキットを作った、ということだ。

 ちなみに、島と対岸の間は南岸運河カナル・ド・ラ・リヴ・スッドと呼ばれている。方角からすれば明らかに東岸なのだが、なぜ南岸と呼ばれているのかは地図に書いていない。察するに、セント・ローレンス川というのは大域的に見れば西から東へ流れているので、そうすると下流に向かって右手の岸はだいたいにおいて南岸と言ってもおかしくはない、ということだろう。地図好きなら面白く感じるだろうが、そうでない奴にはどうだっていいことかもしれない。

 で、1マイル半を一直線に歩き通して南端の近くまで来たのだが、トラス橋に上がるスロープへ続く道は、工事資材のようなもので閉鎖されている。もう一本、地図には自転車道とある道には“壁”! やっぱり島からは出られなかった。

 さて、この道は地図上ではサーキットとつながっているものの、朝確認したときには“壁”があって通れなかった。ただし、サーキットを越える陸橋は渡れるかもしれない。渡れないと、またさっきの道を1マイル半、歩いて戻ることになるが……無事、渡れた。サーキットの内側にさえ入ってしまえば、カジノの方へ戻る道はいくつもある。もちろん、もう行くところはないので、後はカジノに行くしかない。

 人目がないのをいいことに、ここでカジノに入れそうな服に着替えることにする。都合良くも、このすぐ近くにはジャン・ドールという池があって、夏場は遊泳場として使われているので、このあたりで着替えるのはさほど不自然なことではない。もっとも、今はまだ泳ぐには早いし、更衣室を借りるわけでもなく、建物の陰でこっそりと着替えているので、人に見られたら悲鳴を上げられる可能性もなくはない。

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