#8:第1日 (4) ワイルド・カードの使い方

「なかなか鮮やかな手際でしたね。ミス・グリーン、何かコメントは?」

「子供を相手に、間接的にしゃべったのが良かったのよね。母親が若かったら直接話してたんじゃないかしら」

「では、ミスター・レッドはいかが?」

「もう少し母親と話しても良かったんじゃないかなあ。名前すら訊いてないよね。名前を訊いてたら、スザンヌとの会話の時に有利になるはずだろう? 最低限の情報しか集めようとしていないよ」

「そうですね。そこは一応指摘ポイントとしておきましょうか。毎度のこと、って思われそうですけどね。ミスター・ブルーは?」

「そうだなあ。スザンヌと出会うイヴェントは発生するだろうけど、レッドの指摘どおり、彼はスザンヌを扱いきれないと思うな。だから、別のイヴェントを発生させる必要があると思うよ。ロイスでもいいけど、僕が一番面白いと思うのはステファンだな」

「ステファンですか。今までほとんど誰もコンプリートしたことがないですけど」

「彼もイヴェントが発生する確率が、6人の中で一番低いからね。3日目までのお楽しみにしておこうか」

「では、続けます。間もなく5時ですから、もう教会には寄らないでしょう。行動を自動チェックして、問題なければ宿泊地に……あら、どうしたのかしら?」

「何?」

「聖ジェームズ教会にもう一度寄っているようです」

「ヒルトン・ホテルへ行くなら通り道じゃなかった?」

「でも、教会の正面へ回ってるんですよ」

 グレイがキーボードを操作し、教会の前に立っている被験者エグザミニーの姿をプロジェクターで映し出す。扉も、その外側の鉄柵も閉められているが、被験者エグザミニーは柵のすぐ近くに立って扉を眺めていた。

「何もしてないけど……この時間から、侵入する? まさか」

「向かい側にあるのは学校? もう閉まってるんでしょう?」

「でも、まだ人通りがあるよ。こんな明るい時間に、無理だよ」

 しばらくすると、被験者エグザミニーは首を軽く捻ってから、ランゲ・ニーウ通りの方へ戻り始めた。

「何してたんだろう。錠のタイプを確かめてたのかな?」

錠前破りロック・ブレイカーですからね。錠はレヴァータンブラーですが、ここでは通常は内側から閂を掛けるだけになっています。出入りには南側の通用口を使っていて、こちらは電子錠とピンタンブラー錠の複合です」

「直前の行動は?」

「5分前に戻します」

 映し出されたのは、教会の扉から観光客が出てくるのを、被験者エグザミニーがランゲ・ニーウ通りから見ているところだった。まだ開いていたのか、と思って見に行ったら目の前で閉められた、というシーンだったのだ。

「ああ、そういうことね」

「神父に何か言えば良かったのにね。5分だけ見せてくれとか。彼は以前も、神父に話しかけずに情報集めに失敗したんじゃなかった? 消極的だと思うなあ」

「今回は決定的ではないので、指摘するにはちょっと厳しいかと思いますが、一応マークだけはしておきましょうか。では、次は宿泊地ですね」


「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」

 入口の前に立ったドアマンが声をかけてくる。トップ・ハットを被ってブラック・スーツを着ているから何事かと思ったが、ここはこういうスタイルのようだ。宿泊だと言うと、例によって俺の鞄を奪い取り、ベル・ボーイに渡す。ベル・ボーイは鞄を持ってフロントレセプションへと先導する。

 ちょうど団体客のチェックインの時間帯らしく、たくさん人が並んでいるが、女のスタッフが目敏く寄って来て、鞄を受け取る。若くて綺麗だが、メグほど愛らしくはない。別にメグと比べる必要はないのだが。

「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」

「予約はしていないが、泊まれるかどうか訊こうと思って」

「申し訳ありません、本日はご予約で満員でございまして」

 女がいかにも申し訳なさそうな顔をして言う。それが仕事だから仕方ない。しかし、こっちには……

「このカードで泊まれるか訊いてきてくれないか?」

 そう言って“最後の切り札トランプ・カード”を見せる。使わないと、またホテル巡りをやらされる羽目になるだろうから、今回は使う。

 女はカードを見て唖然としていたが、すぐに何か思い当たることがあったらしく、「少々お待ち下さい」と言いながらカードと鞄を持って、フロントレセプションの方へ小走りに去って行った。そして中年の女性スタッフと話をしていたが、すぐにその中年スタッフを連れて二人で俺のところに戻って来た。えーと、今回はやっぱり中年婦人に縁があるステージなのかな。

「ようこそ、ミスター・アーティー・ナイト、ヒルトン・アントワープ・オールド・タウンへ。フロント・オフィス・マネージャーのラウラ・ペーテルスです。どうぞこちらへおかけになって下さい。本日から何泊のご予定でいらっしゃいますか?」

「そうだな、1週間くらい」

 案内されたソファーに座りながら答える。さっき取り次いでくれた若い女は、鞄を持ちながら緊張の面持ちで後ろに控えている。

「ありがとうございます。最上階のエグゼクティヴ・ルーム、もしくはアンバサダー・スイートがご利用いただけますが、いかがいたしましょうか?」

 またそんな豪勢な部屋を用意しようとする。今回も俺の身分は“財団”なのかねえ。

「普通のシングル・ルームでいいよ」

「ご配慮ありがとうございます。ですが、“財団”の方にご利用頂く時には、デラックス・ルームよりも上位と決まっておりまして、本日はそのデラックス・ルームが満室なものですから」

「広いのは落ち着かないんで、狭い方がいいな。ジュニア・スイートは空いてない?」

「ああ、はい、ジュニア・スイートでもよろしいのならご用意いたします。では、少々お待ち下さい」

 何か、少し気になる言い方をしたな。ジュニア・スイートは満室だが、そこに予約を入れている客をアンバサダー・スイートにグレード・アップして対応する、とかかもしれない。別に、それでもいいけどね。他の客に迷惑をかけるんじゃないだろうし。

 で、俺の鞄は別のスタッフによってどこかへ持ち去られ、若い女だけが取り残されている。俺を見張る、いや、応接するためにいるのかもしれない。

「申し訳ないな、驚いただろう?」

「あ、はい、いえ、その……私、“財団”の方のご宿泊を受け付けたのは初めてでしたので……」

 俺は初めてじゃないけど、あのカードを見せた時の歓迎ぶりは、ちょっと大袈裟すぎると思ってるんだよ。もちろん、俺の方も悪いんだろうけどな。こんな一般人のような身なりで現れて、しかも脇腹のところにチョコレート・アイスクリームの染みまで付けてるんだから。決して君を試すとかいじめようとしたわけじゃないんで、気にしないでくれ。

「ずいぶん古いホテルのようだけど、中は新しいね」

「はい、昨年改装いたしましたので」

「じゃあ、客も増えただろう」

「はい、通常は当日のお客様にご利用いただけることはほとんどなくて、観光シーズンですと1ヶ月前から予約で満室になりますので……」

 雑談をする間もなく、ラウラ・ペーテルスが戻って来た。宿泊者レヒストラティエカードを埋めてきたので、内容を確認してサインをしてくれと言う。ろくに読まずにサインをしていると、

「ロジスティクス・センターに問い合わせましたら、あなたのお荷物をお預かりしているとのことでしたので、こちらに配送するよう手続きいたしました。1時間ほどで到着すると思います」

 と言う。すごいね、やっぱりちゃんと届けてくれるんだ。サインをしたカードを差し出すと、ペイジ・ボーイならぬペイジ・ガールが来て、客室にご案内しますと言う。先ほどの若い方のスタッフと同じ歳くらいの、見た目がちょっと派手な女だ。鞄を持って俺の先を歩いているが、ぴったりしたパンツに包まれた尻を魅力的に揺らすので、気になって仕方ないから、そういう歩き方はやめて欲しいのだが。

 客室に着くと、中を一通り説明し、「何かご不明な点はございますか?」と艶然とした笑顔で訊いてくる。何となく誘惑されているような感じがするのは気のせいだろう。特にない、と言いながらチップを渡すと、フロントレセプションとコンシエルジュの内線番号を言って出て行った。良かった、今回は世話係がいなかった。メグ以上の世話係がそうそういるとは思えないけどな。


「ワイルド・カードを使ってホテルに落ち着いたか。今回は、民間の宿泊先を探す努力を一切しなかったな」

「都会の場合は、それ、難しいからね。今回だと六つで、キー・パーソンを見つけても、また夜中まで粘らないといけないし、いい選択だと思うよ」

「ああっ、先に言われた!」

 レッドがそう言ってふくれっ面をする。ブルーが「ごめんよソーリー・マァム」と謝る。

「ミスター・ブルーのご意見は適切ですけれど、先程から発言が多すぎますね。ミス・グリーンとミスター・レッドのご意見が滞りがちな時にお願いしたいのですけど」

 グレイが冷静に、しかし少し目を細めながら言う。発言の量や質は、調整しなければならない。

「そうなんだけど、ボナンザの行動って、やっぱり面白いんだよなあ。一番予想しにくいところを衝いてくるよね。で、今日はもうおしまい?」

「自動チェックしましたけど、夕食時にピクシーとニア・ミスがあっただけで、その後は部屋からも出ず、通信もせず、特に興味深い行動はなかったようです」

「夕食は何食べたの? 変わったものは食べないタイプだったと思うけど」

「そうですね、至ってオーソドックスに、シーフードのプレートをホテルのレストランで食べたようです。あら、特別デザート? ああ、そうですね、サブ・キー・パーソンからの通知で、レストランの給仕がワッフルのデザート・セットを出しています」

「そうか、ヌレットと接触したから、デザートのイヴェントがたくさん発生するんだよね。彼、甘い物が苦手みたいだから、どう反応するか楽しみだな」

「ちょっと待って、違うわ、甘い物が苦手なんじゃなくて、控えているだけよ。“食べたら運動してカロリーを消費しなければならないという、強迫性障害に近い意識を持っている”」

「意志が強いのはいいことだけど、どこまで保つかな。女性に対しても同じように何らかの忌避感を持ってるみたいだけど」

「今回は男女関係のシナリオは少ないんでしょう? でも、どうしてそういうシナリオが多いステージばかりなのかしら。見てると嫌になることもあるんだけど」

「そういうシナリオが多いのは、被験者エグザミニーを誘惑することで失敗を誘うためだよ。現に、他の被験者たちエグザミニーズ、特に男性は、女性関係で失敗していることが多い」

「ボナンザはまだ失敗してないね。パラメーター的には、男女関係に巻き込まれなさそうなタイプなんだけど、巻き込まれた上で、成功してるんだなあ。やっぱりシステムのどこかにバグがあるんだよ」

「では、その点については、システム課に報告を上げておくことにしましょうか。じゃあ、今日はここまでということで」

 アビーが操作し、システムをサスペンドさせる。キャシーが髪のリボンを外しながら言う。

「ねえ、アビー、帰りにアイスクリーム食べに行かない? あのシーンを見て、食べたくてうずうずしてきちゃった」

「いいわね! できれば、ベルジアン・チョコレートのアイスクリームがある店にしたいな」

「ヘイ、ポール、まだ1日目だ、そうそう悪いところは見つからないさ。2日目以降がレッド役としての本領発揮のしどころだよ。ボナンザの手抜きは、どんどん指摘してくれていいよ」

 エリックが眼鏡を外し、指で目頭を押さえながら言った。

「そうなんだけどね。でも、明日以降、グリーン役と変わってくれないかなあ。どうもボナンザみたいな、運が強く見えるタイプを見ると、批判をしてもシナリオに対する文句みたいなものしか出てこない」

「あっはあ、それはあるね。それに今回はきっとピクシーが何かやらかすと思うよ。できればボナンザの行動を引っ掻き回してくれると面白いんだけどね。それじゃ、また明日」

「おーい、部屋に帰らないのか?」

 シミュレーター室を出た後、エレヴェーターに乗らず、階段を駆け上がっていったエリックを見ながら、ポールはため息をついた。あいつは本当に自由気ままにやってるな。普段は研究室に来る時間もバラバラだし、1週間ぶっ通しで徹夜しながら研究論文を書いているかと思えば、連絡もせず2週間くらい来なくなったりするし、しょっちゅう引っ越しするし、恋人はころころ取り替えてるみたいだし……

「エリックの行動パラメータを取り出して、シミュレーターに突っ込んでみたいよ。アビーやキャシーもそう思わないか?」

 エレヴェーターに乗りながら、ポールは訊いてみた。キャシーが4のボタンを押しながら答える。

「エリックを? んんー、私も本人に訊いてみたけど、そんなことしたら49日後に失格になるか、途中で排除されて終わるよって言ってたわ」

「なるほど、ルールに従ってゲームをやる気はないってわけか。その方があいつらしいかな」

 では、自分はどうだろう。エレヴェーターの加速度を感じながら、ポールは考えてみた。自分なら、こつこつと真面目にやるに違いない。ただ、泥棒としての技量は何も持ってないし、天才的なひらめきもない。だから何ステージかは成功するかもしれないが、結局は失格になるだろう。自分は推理ゲームや脱出ゲームには向いていない。

 だが、今のチームの研究は向いていると思う。統計と論理により分析を進めるのは面白い。ただし、時々エリックのようなとんでもない発想をする奴が、自分の分析のその先を、ひらめきだけで言い当ててしまったりすることがあって、がっかりしたりもするのだが。

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