ステージ#7:終了

#7:バックステージ

 そういえば第6ステージの振り返りをする時間がなかった。最後の2日間にあんなごたごたがあったせいだが、いつやろうか。次は普通のステージだろうから、ターゲットの調査や獲得に忙しくて、振り返りをしている暇があるかどうか。

 それに、メグからの手紙も気になる。いつ読もうか。読んだら今以上にメグに思い入れしてしまう可能性もあるけれども。まさか、没収されたりしていないだろうな。されてたら俺はこのゲームを降りるぞ。

「先ほどのステージに対する質問を受け付けます」

「ヴァケイションのステージに、他の競争者コンテスタンツが紛れ込んでゲームをやっているなんて知らなかったぜ、ビッティー」

 何はともあれ、これを最初に訊かなければならないだろう。場所は風光明媚だし、ホテルは豪華で落ち着いてたし、食べ物もうまかったし、ヴァケイションの滞在先としては申し分なかったのだが、どうも登場人物に気になるのが何人かいると思ったら、あれだもんなあ。さしずめ、競争者コンテスタンツは3人、ターゲットは未亡人の指輪、ってところか。

 弁護士が俺を目の敵にしてたのは、俺をライヴァルの競争者コンテスタントだと勘違いしたんだろう。アスリート・ガイも俺のことを知っていた。ハンサム・ガイは……あの手の男は俺のことを無視するよな。

「申し訳ありません。認識済みということになっていましたので、口頭での連絡はしませんでした」

「俺の頭の中の記憶に加えられてるはずだったってこと?」

「はい」

「微塵もなかったな」

 だが、今までのステージを思い返してみると、確かに思い当たることがないでもない。一例は、競争者コンテスタンツのように思われる人物が一人多い場合があったことだろう。トレドのステージのマルーシャなんてまさにそうだ。彼女はきっと、ヴァケイション中だったに違いない。だからあんなにやる気がなさそうに見えたし、俺がターゲットやゲートのことを言っても、どうでもよさそうな態度を示したんだ。そういえばステージの場所自体、ヴァケイションで行くようなところがほとんどだった。むしろ、紛れ込んでるのは泥棒をやらされる俺たち競争者コンテスタンツの方だぜ。

「それはいいとして、俺はどうやら他の競争者コンテスタンツの邪魔をしてしまったようなんだが、そのことについては問題ないのか?」

「ありません。ヴァケイション中の競争者コンテスタンツによる攪乱は、シナリオには折り込み済みです」

「俺がもっと引っ掻き回してても問題なかったと?」

「はい」

 そういえばトレドで、マルーシャはバレリア――おっと、名前がちゃんと思い出せたぞ。このことも後で訊かなきゃあ――を連れてアルバセテに行ってたな。あれはフランス人の競争者コンテスタントの邪魔をしたことになると思うが、あれくらいやっても問題ないわけだ。

「ちなみに、このステージでは誰かターゲットの確保に成功したのか?」

「お答えできません」

 最終日の夜の10時まではあの指輪は無事だったわけだが、その後、つまり俺が立ち去った後に盗まれた可能性もあったはずだ。もっとも、ゲートが閉まる2時間前になったら、俺なら諦めるだろうな。確保したって、2時間じゃあゲートまで到達できないかもしれないんだから。

「ところで、ヴァケイション中に俺が以前のステージの内容を思い出そうとしたら、主要な人物の名前がことごとく思い出せなかったんだが、それはこのゲームの仕様なのか?」

「はい。ステージ終了後には、競争者コンテスタンツに対して精密検査と共に記憶の整理を行います。その際、記憶を一部抹消する場合があります」

「理由は?」

「ステージに持ち込める記憶の量には限界があるためです」

「仕様の欠陥だな。改修してもらいたいんだが」

「申し訳ありませんが、現行の仕様ですので」

「抹消された記憶は二度と思い出せないのか?」

「いえ、バックステージにいる間は、全記憶にアクセスできます」

「そうなのか。じゃあ、今なら全部思い出せるはず?」

「はい」

 じゃあ、例えば第1ステージの掃除婦ジャニトレスの名前は? フアナ・ハワードだ。当たり前のように思い出せる。議長はオーデル・ルーミスで、その夫人はヴァージニア。ついこの前のことのように鮮明に憶えているじゃないか。第2ステージのレストランの娘の名前はダニエル・フッサールで……いや、こんなことをしている場合じゃない。

「ここで思い出しても、ステージに戻ると忘れるのか?」

「はい」

「戻っても憶えている方法はないのかね」

「記憶に頼らない、物理的な方法によって持ち出すことなら可能です」

「なるほど」

 例えばペンで紙に書き付けるとか。今は身体の感覚がないからできないけど、ステージの途中にビッティーを呼び出したときならできそうだな。一度試してみるか。

「じゃあ、次は俺の肩書きについてだ。財団の研究員ってことになっていたようだが、いったいどういう財団なんだ?」

「公正としての正義のために行動する財団で、様々な研究を行い、世界的にその貢献を認められている組織です」

 正義のためねえ。そういうのって、悪い利権の温床になりそうで、あまりお近付きになりたくない団体なんだけど。

「つまり、俺はその財団で正義のための行動について研究しているってことになってるわけだ」

「そのように解釈して頂いて結構です」

 でも、実態は泥棒だぜ。正義のための泥棒ってのは何なんだよ、義賊かよ。そういうのもあまり好きじゃないんだけど。

「わかった。じゃあ、次は装備について。ヴァケイションで俺はメグにたくさん服を買ってもらって、その服をロジスティクス・センターってところへ送ったと聞いたんだが、それは次のステージでも装備として使用できるんだな?」

「例外はありますが、基本的には使用可能です」

「どうやって配送してもらえばいい?」

「宿泊先のホテルか、旅行センターに依頼して下さい」

「例外ってのは?」

「ホテルも旅行センターも存在しないステージでは配送ができません。また、装備が限定されているステージでも同様です」

 ホテルも旅行センターも存在しないステージ……未開の原始林の中にでも飛ばされてるってのか。そんなのは願い下げだな。冒険家じゃあるまいし、ヴァケイションが1ヶ月あっても行きたくないぞ。

「他に質問がなければ、次のステージに移ります」

「まだあるよ。次のステージからまた規定の成績を上げたら、6週後にヴァケイションに行くことができるのか?」

「形式的にはそうです」

「形式的とは?」

「該当する成績を上げた場合、ターゲットが七つ揃う可能性が高いです。その場合、現実の世界へ戻ることになります」

 ごもっとも。俺の目的は現実世界へ戻ることだよな。どうしてもう1回ヴァケイションに行きたいなんて考えたんだろう。メグが可愛すぎるのが悪いんだな。

「形式的でもいいから教えて欲しいが、次のヴァケイションでは同じ場所に行くことができるのか?」

「それはその時にならないと判りません」

「場所はランダムに選ばれるとか?」

「そう考えて頂いて結構です」

「ぜひ同じ場所を選択できるように、仕様をアップデートしてくれ」

「ご要望として承りますが、必ずしもお応えできとは限りませんのでご了承願います」

 おやおや、アップデートの要望なんて無視されるのかと思ったが、一応聞いてくれるんだな。それなら他にも色々要望したいことがあるのに。次のステージの間にまとめておくか。

「よし、次に行こうか」

「了解しました。アーティー・ナイトは第8ステージに移ります。ターゲットは“聖杯カリス”、競争者コンテスタンツはあなたを含めて3名、制限時間は7日です。このステージでは、裁定者アービターとの通信が可能ですが、回数が制限されています。ターゲット獲得前に2回以内、ターゲット獲得または他者による獲得通知後に1回となります」

「1週間も君の声を聞けなくて残念だったのに、今度は回数の制限があるんじゃ耐えられないぜ、ビッティー」

「申し訳ありませんが、ルールですのでご了承願います。通信に際しては、指定の時刻に、指定の場所において、腕時計に向かって呼びかけて下さい。ターゲットを獲得したら、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出してください。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言してください」

 ターゲットは“聖杯カリス”だと? 冗談もいい加減にして欲しいぜ。それこそ宝探しじゃないか。俺はそんなに信心深くないし、『最後の晩餐』の絵だって見たことがないんだ。どうせ宝物を探すのなら“聖杯ホーリー・グレイル”にしてくれないか。そっちなら俺だって馴染みがあるんだよ。何しろ名前が名前だからな。子供の頃は俺も聖杯ホーリー・グレイルを探し当てられるんじゃないかって本気で考えてたなあ。そんな物、実在するはずもないのに。いや、逆に仮想世界の中なら実在させられるのか。存在は物理法則には反しないもんな。

「装備の変更は、金銭の補充以外、特にありません。前のステージであなたが入手した装備は継続して保持できます。なお、次のステージからは難易度が上がりますのでご注意願います。ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」

 おいおい、“難易度が上がる”なんて重要なことをしれっと言ってくれたが、どういうことなのか訊いておこうか。

「難易度が上がるというのは具体的には何を意味しているのか説明してくれないか?」

「ターゲット獲得のための条件が増加します。また、条件を満たすような行動をした場合でも、それが偶然あるいは憶測による結果であると判定された場合、条件を満たしたことになりません」

「つまり、誰かが俺の行動をリアル・タイムに監視してるってことかな」

「それについてはお答えできません」

「じゃあ、偶然や憶測でした行動ってのはどうやって判定するんだ? いくらクリエイターだって、俺の頭の中までは覗けないんだろう?」

「行動から意図を解析する手段がいくつか存在します。それ以上のことはお答えできません」

 それがもしかして数理心理学ってやつか? まあ、いいや。意図を読めるものなら読んでくれよ。どうせ俺の心理を分析することなんて簡単だろうさ。エレインほどじゃないが、それなりに単純だろうからな。現にマルーシャは俺の行動をちゃんと読み切ってるんだから。

「難易度が上がっても、次のヴァケイションに行くための基準は同じ? それとも、難しいから基準が下がったりする?」

「同じです」

「ちなみにその基準は?」

「お答えできません」

 俺の最初の6ステージの結果は獲得数4.5だったかな? それなら基準は3か4くらいだろう。難易度が上がって、6ステージ中、獲得2回で規定の成績、とかなら2回目のヴァケイションに行けるんだがなあ。獲得3回でも、3回目が6ステージ目なら、ヴァケイションに行った後で現実世界に戻る、ということにしてくれないかな。まあ、そういう暢気なことを考えながらやってたら勝てなくなるって気がするが。

「以上だ」

「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」

 以上だ、と言ったということは、心の準備ができたというのと同義だと思うのだが、こういうところでは俺の行動意図は読み取ってくれないらしい。ディレクターズ・チェアから、ことさらゆっくりと立ち上がる。

「ステージを開始します。あなたの幸運をお祈りしますアイ・ウィッシュ・ユア・グッド・ラック

 ビッティーのこの言葉は好きだが、メグに「お気を付けてステイ・セーフ」と言われる方がもっと好きだ。あの声を、録音しておけばよかったなあ。

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