#7:第6日 (4) 理想のゲスト

「川から上がって、また散策路を歩いて、吊り橋を渡ってから引き返したわ。それから、バスに乗ってずっと北の方へ走って、アレクサンドリア・ルックアウトに行ったんだけど、途中、川をはしけで渡るところがあるの。ケーブル・フェリーって言って、川の上に渡したケーブルを艀につないで、エンジンで動かしてたわ」

 今日はいい天気だったので、アレクサンドリア・ルックアウトからの見晴らしはとてもよかった。以前、行った時は薄曇りで今一つだったので――なんだ、行ったことがあるんじゃないか――グレイト・バリア・リーフやその先の水平線まではっきり見えて、とても感動的な眺めだった。

 それから山を降りてレストランで食事。その後は白い砂が綺麗なケープ・トリビュレイション・ビーチへ。また水遊びをしたり、近くの遊歩道を散策したりしてから、南へ戻ってデイントリー川でクルーズ。ゆったりと流れる広い川を、1時間ほどのんびりと船で遡る。

 川幅が狭くなって、ジャングルの中を行くかようになると、岸辺に野生のワニが日光浴しているのが見られたりする。以前の時は船に乗る頃に曇り始めて、ワニもほとんど見られなかったのが、今回はとてもたくさん見られた。ただ、ほとんど動かないのが残念だった……

「今日は天気が特によかったから、景色がどこも綺麗だったでしょうね」

「ええ、そうね。それに、午後からは私に話しかけてくる人も少なくて、景色をゆっくり眺めることができたわ。おしゃべりするのも楽しいけれど、その間にいい瞬間を見逃したりもするから」

「そうね、それはあるわ。私も昔はデートする時はずっとおしゃべりしてたけど、今なら素敵な男に肩を抱かれながら、ゆっくり景色を眺めるのがいいわね。アーティーはどう?」

「俺はガール・フレンドと旅行したことがないから判らんね」

「まさか、本当? じゃあ、昨日の私との小旅行ミニ・ブレイクが初めてだったのかしら?」

「あれは小旅行なんてものじゃないだろ。たかだか1時間くらい、二人で遊泳してただけじゃないか」

「それでも私はとっても楽しかったわよ。おしゃべりも少しで、後はずっと二人で手をつないでいたし、理想的なデートだったわ」

「そういうものかね。でも、二人でいる時間なら、ここに来てからメグと一緒にいた時間の方が長いと思うが」

「メグって誰?」

「俺の世話係だよ」

「そういえば彼女も既婚でしたわね。ですけど、エアーズ・ロックにはアーティーと一緒に行っていましたわ」

 ノーミが口を挟んできた。

日帰りワン・デイ?」

「いいえ、もちろん1泊ワン・ナイトです」

「あら、まあ! ねえ、彼女に話を聞いてみたいから、呼んでくれない?」

 冗談のつもりだったのに、ノーミが余計なことを言ったので、おかしなことになってしまった。ただ、アイリーンも笑顔なので、ひどいことにはならないと思うが。ノーミが電話でメグを呼び出す。

「ご用でしょうか?」

 メグが素敵な笑顔でやって来た。隣の控え室の、秘密のパーティーがとても楽しいのかもしれない。

「アイリーンがあなたに訊きたいことがあるんですって」

「何でしょう?」

「あなた、アーティーと一緒にエアーズ・ロックに行ったんですって?」

「はい、お供いたしました」

「向こうで1泊したステイ・ワン・ナイトんでしょう?」

さようですイエス・マアム

「彼は優しくしてくれた?」

まあマイ! ええ、もちろん、私にお優しくして下さいましたわ。もちろん、あの時だけでなく、ここにいらっしゃってからずっと同じです。でも、あなたのおっしゃるお優しさとは微妙に違うサトル・ディファレンスような気がいたしますけど」

 その答えを聞いて、アイリーンが楽しそうに笑う。メグのかわし方がうまかったからだろう。同じ既婚者でも、メグの方が年季が入っているからだろうか。いや、アイリーンの歳は聞いてなかったな。もしかしたら、あまり変わらないかもしれない。

「他には何か?」

「アーティーが、どんな風に優しいのか、教えて?」

「はい、私が色々とお世話しようとしても、ご用事をご自分で処理されようとしたりして、私の仕事がなるべく少なくなるように気遣って下さるんです」

「あなたを困らせたりもしないのね」

さようですイエス・マアム

「他のゲストよりも優しいのかしら?」

「私が男性のお世話係をするのはミスター・ナイトが初めてなので、申し訳ありませんが比較できません。でも、私が想像していたよりもご用事が少ないですし、たびたびお優しい言葉をかけていただきますので」

「そういう意味ではあなたにとって理想的なゲストなのね」

さようですイエス・マアム

「やっぱりアーティーっていい男なのね。私の夫にも見習ってほしいくらいだわ」

「他には何か?」

「もう結構よ、下がっていいわ」

「ああ、いいえ、食事はそろそろ終わりだから、食後の飲み物を用意してちょうだい。皆さんの飲みたい物を伺って、それから片付けを」

 ノーミがアイリーンの後を引き継いで言った。

「かしこまりました」

「皆さん、この後はバルコニーに出てお話をしません? そろそろ夜風が気持ちよくなっている頃ですわ」

 なかなか慣れたホステスぶりだ。飲み物を注文してから階段を上がり、バルコニーに出る。俺の部屋のバルコニーとは角度が違うが、見えるものはだいたい同じだった。ノーミの言ったとおり、いい風が吹いている。

「明日はどちらへ?」

 デッキ・チェアに座りながらペイシェンスがノーミに訊く。君、ほとんどしゃべらないわりに、話の転換だけはうまいな。

「そうですね、明日は1日ゆっくり過ごして、明後日からは別のところへ行こうかと思いますわ」

「あら、どこへ行くつもりなの?」

「なるべく行ったことがないところがいいですわ。合衆国とか」

「まあ! じゃあ、アーティーに付いていくつもり? 羨ましいわ、私も付いて行こうかしら」

 いや、アイリーン、君が付いてくるのは無理だろ。俺だって合衆国に帰りたいくらいけど、次にどこへ行かされるかは、俺自身が知らないからな。

「君もそのうち休暇ヴァケイションを取って、合衆国へ遊びに来るといいよ」

「でも、冬までは休暇ヴァケイションなんて取れないわ。それとも、駆け落ちするって言ったら連れていってくれる?」

「俺は誰も連れて帰らないよ」

「ノーミも?」

「そんな約束はしていないからな」

「でも、アーティーの農園は見てみたいですわ」

「農園?」

「アーティーは農場主なんです」

「農場主? あら、でも、あの世界的に有名な財団の人って聞いていたけど」

 待て待て待て、アイリーン、どうして君が“財団”のことを知っているんだ? 俺だってその“財団”が何なのか知らないってのに。ノーミを見ると、澄ました顔をしている。ちょうど、ジャッキーが飲み物を運んできた。テーブルの、各自の前に飲み物を置いて「他にご用は」と言う。

「今はないわ。ありがとう」

「では、またご用ができましたらお知らせ下さい」

 ジャッキーが下がった後で、ノーミが言った。

「もちろん、財団のことは私も存じていますわ。そこでのアーティーのお仕事も興味がありますけど、農場のお話も聞いたので、そちらの方も楽しそうだと思って」

「あら、そうだったの。アーティーって色々な仕事をしてるのね。やっぱり付いていこうかしら。私の夫なんて、最近はインストラクターの仕事も真面目にしないのよ」

「昨日は私の隣で女性のグループにレクチャーしてらっしゃいましたけど、とても親切に教えておられましたよ」

「若い女の子だけには優しいのよ。ペイシェンス、あなたも知ってるでしょ?」

 ペイシェンスは笑って答えない。

「君も若い男だけに優しいとかいうことはないのか?」

「そんなことないわ。私は子供から高齢者まで、みんなに優しく教えてるのよ。もっとも、夫婦とか恋人に教えてると、女性の方が機嫌が悪くなっちゃうんだけど」

 ノーミとペイシェンスが笑う。まあ、彼女はこうしてドレスを着ているときよりも、水の中にいる時の方が、ずっと“ハンサム”で生き生きして見えるからなあ。しかも、あんなすごい胸の谷間で男を悩殺したら――まあ、普段は谷間なんて見せてないんだろうけど――女の方の機嫌が悪くなるのも解るよ。

「ねえ、アーティー、私の教え方は優しかったでしょう?」

「ああ、とても丁寧で優しかったよ。それに頼もしくて、もし溺れても君に掴まれば助けてもらえると思えたな」

「ほら、やっぱり! アーティー、やっぱり明日もクイックシルヴァー・ツアーに来て、私と一緒に泳がない? あなたが抱きついてくれるのなら、一緒に溺れてもいいわ」

 ノーミとペイシェンスがまた笑っているが、冗談に聞こえないんだよ。ただ、溺れて死ぬなら、一人よりは美人と一緒の方がいいのは認めるけどね。でも、俺が一人で死んで美人を生き残らせる方が、世界にとっては有益だろうな。

 1時間くらい話をして、10時頃にお開きブレイク・アップになった。パートナーとしてノーミと一緒に、アイリーンとペイシェンスの帰りを見送る。それから部屋に戻るためにメグを待っていると、フロント係デスク・クラークのキャサリンが訪ねてきた。ノーミに用があるのかと思ったら俺にだそうで「一つお願いがあります」と言う。

「この6日間と、明日のハドスンの仕事ぶりについて、ご評価をいただきたいのです。明日の、お帰りになるまでに、彼女に手紙を書いていただけますか? あなたがお帰りになった後で、彼女に手渡します。それと、彼女にもあなたへのお手紙を書くように申しつけていますので、それもお帰り前にお渡しします」

 手紙ねえ。俺、そういうの苦手なんだけどな。でも、メグの仕事には満足してるから、書くけどね。彼女からの手紙は楽しみでもあるけど、俺に対する彼女の評価は、さっき聞いたからなあ。

「解った。が、俺はあまり字がうまくなくてね。ワード・プロセッサーで書いてもいいのかな」

「お任せします。要は、あなたのお気持ちを、彼女に伝えていただければ結構なので」

 そういうことを言われると、手書きの方がいいかと思ってしまう。ジェシーからの手紙も手書きだったし。

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