#7:第6日 (2) 午後の過ごし方

 昼食の後は、バルコニーで読書。オーストラリア人は休日にビーチで日光浴をしたり読書をしたりするのが好きだとのこと。

 デッキ・チェアに寝そべり、パラソルで日除けを作って、メグに薦めてもらった『ケリー・ギャングの真実の歴史』を読む。ピーター・ケアリーという作家が書いたベスト・セラーで、ネッド・ケリーというオーストラリアの伝説的無法者を描いた歴史小説らしい。が、文章がだらだらしていて、なかなか先に進めない。無法者はハード・ボイルド的に書く方がいいと思う。

 メグに頼んで、1時間おきに色々なジュースを持って来てもらいながら、辛抱強く読んでみたが、4杯目を飲み終わったところで耐えきれなくなって、後は斜め読みで終わらせた。

 電話でメグにギヴ・アップしたことを正直に言うと「気分転換に身体を動かされてはいかがですか」と薦められた。暗にテニスに誘われている気がしないでもないが、無様な姿をさらすのは嫌なので「フットボールの練習に付き合ってくれる奴を探してきてくれ」と言うと、「私にお相手させて下さい!」と声を弾ませる。俺が投げるボールを受けたり拾ったりするだけなので、メグでもできないことはないのだが。

「じゃあ、トレーニング・ウェア、できれば汚れてもいいようなものに着替えてくれ」

 かりこまりましたアブソルートリー・サー!と元気な返事。着替えて先にビーチで待っておこうと部屋を出たら、ラグーン・ブールのところで追いついてきた。襟付きの白い半袖シャツに、ライム色のハーフ・パンツ。頭にサン・バイザーを被っている。たぶん、普段テニスをしている時の服装だな、これは。いつでも着替えられるよう準備していたに違いない。

 それにしても、肌が真っ白だ。日焼け対策はしてくれているのだろうか。長袖を着てくれるように頼むのを忘れていた。ボールを受けたときに腕に擦り傷を作ってしまったら、彼女の夫に怒られてしまうかもしれない。そう思って長袖に着替えてきてくれるように頼んだのだが、あっさり断られてしまった。こういうときだけ、俺の言うことを聞いてくれない。そのくせ、笑顔は絶やさない。

「お優しいお気遣い、ありがとうございます! でも、少しくらい腕に擦り傷ができるなんて、何でもありませんわ。それより、私、ボールの受け方を、同僚に教えてもらったんです。胸より上では、両手の親指と人差し指で三角を作るように構えて、胸より下では、両手の小指の先をくっつけるように構える、って」

 確かにそうなのだが、メグを相手に胸から上、特に顔の前へのパスなんて投げるわけにはいかない。受け損ねてこの綺麗な顔に当たったら、それこそ謝罪なんかでは済まないからな。

 だから、オックスフォードでやったように、近いところからの山なりパスだけだ。ロング・パスは別の方法を使う。しかし、パスの受け方を教えてもらったのなら、フットボールにそれなりに詳しい同僚がいるわけで、どうしてそいつを呼ばないのかと思う。

 ラグーン・プール前のビーチでは、他の泊まり客がたくさん遊んでいた。人を避けるために、北の方へ移動する。4分も1マイルも行くと、周りにほとんど人がいなくなった。ストレッチと柔軟体操カリステニクスを10分以上かけて充分にやる。テニスをする前はもっと簡単にしかしていませんわ、とメグが目を輝かせる。準備運動がそんなに楽しいのか。

 終わると、5ヤードくらいの距離から浮かせたボールを投げて、受け止めてもらう。もちろん、手のひらだけで受けるのではなく、腕まで使って抱き止めるようにさせる。

 少しずつ距離を離していくが、メグが遠くまで投げ返せないので、俺が近くまで受け取りに行かねばならない。そして後ろに下がりながら投げるのだが、ドロップ・バックやロール・アウトからのスクリーン・パスだと思えばちょうどいい距離だ。そして、俺がどこから投げても必ずボールが胸の前に落ちてくるので、メグがまた目を輝かせる。

「私も走ってボールを受けた方がいいのではないでしょうか?」

 同僚にどんなことを吹き込まれたのか知らないが、そんなことを言う。それをやるには、まずタイミングを合わせる練習を長い時間やってからでないと、うまく受けられないんだ、と言って聞かせる。メグが少し残念そうにする。そんな顔をしても難しいパスは絶対に受けさせてやらないぞ。

 30分ほど続けた後で少し休憩し――メグはちゃんと水を用意していた!――次は長いパスの練習。もちろん、メグには受けさせない。まず、ビーチに50セント硬貨を置いて、メグがその前に立つ。俺が適当な距離だけ離れて、合図を送る。メグが大股で10歩、横に避ける。俺がボールを投げ、50セントに当たったかどうかをメグが確認する。そして俺がボールを取りに行く。これを繰り返す。

 長いパスも受けますわ、とメグは言うが、「さっきとは比べものにならないほど速いボールだ。みぞおちに痣ができてもいいのか?」と脅す。さすがのメグも、痣なんて何でもありませんわ、とは言わなかった。50セントに当たる度に、メグは大喜びしている。5本くらい投げたら距離を伸ばす。20ヤードから始めて、最終的には60ヤードまで伸ばしたが、全て命中した。距離感が衰えていなくてほっとした。

「素晴らしいコントロールですね! 私、テニスではこんなこととてもできません。アメリカン・フットボールのQBというのは、みんなこんなことができるのですか?」

「うん、まあ、そうだな、プロになれるかどうかというレヴェルのQBなら、たいていできるだろう」

 実際は俺のように百発百中というQBはそうはいないだろうが、コントロールがいいからといってゲームに勝てるわけではないので、自慢にはならない。なぜなら、レシーヴァーが落下点に正確にたどり着けないことがあるから。いいQBというのは、パスを成功させねばならないときに、必ず成功させるQBのことだ。


 5時半になったので、ランニングを始める。メグにボールを持って帰ってもらい、南へ向かって走り出す。人がだいぶ減っているが、いつもよりは多い。週末だからだろうか。昨日まではほとんど誰もいなかったからな。そして今日はノーミもいない。まだデイントリーから帰ってないのだろう。

 走って行くと、次々にペアに遭遇する。週末だからだろうか。彼らはもしかしたら“夕暮れの二人きりのビーチ”を想像しながら来てきているかもしれない。もしそうなら、ご愁傷さまというところだろう。例によって俺がひがんでいるので、そう見えるだけかもしれない。突端の先の細いビーチにもペアがいるが、3組もいるので遠慮は要らないだろう。一番端にいたペアにだけは気を遣って、その20ヤードほど手前で折り返した。

 ホテルのところまで戻ってくると、ノーミがいた。ビーチにいる人々の中で、彼女だけが、一人きりだった。パラソルを回しながら、俺を見ている。私のところに来てくれますよね、という感じで。その期待に応えない理由はないので、走り終えて、彼女のそばに行く。

こんばんはグッド・イヴニング、ノーミ。デイントリーはどうだった?」

「こんばんは、アーティー。とても楽しかったですわ。私、大きな森や川を見るのは、大好きなんです。長い間、緑の少ないクーバー・ペディで過ごしてましたから。最初はモスマン渓谷へ行きました。世界最古の熱帯雨林なんですって。キュランダの熱帯雨林も素晴らしかったですけど、モスマンの方はもっとたくさん森の中を歩くことができて満足しましたわ。川に浸かって遊んだりしたんですよ。それから、アレクサンドリア・ルックアウトという山に登りました。国立公園内が一望できて、太平洋まで見えたんです。とても素晴らしい眺めでしたわ。もっとお話ししたいんですけど、この後、夕食をご一緒していただけません?」

「二人ならね」

「あら、残念ながら二人きりじゃありませんけど、私のお部屋にお友達を呼んで、ちょっとしたパーティーをやろうと思ってるんですわ。ご夫妻なんですけど、私のパートナーがいた方が釣り合いが取れると思って、ぜひお願いしたいんです」

「他の男は誘ってみた?」

「いいえ、お誘いしたいのはあなただけですわ」

 一体、彼女は俺を何だと思っていて、どうしたいんだろう。リゾート地でいい男に巡り会って浮かれてる、ってわけでもないしなあ。俺がまだ明らかにしていない“何か”に気付いていて、それに期待しようとしてるというか、利用しようとしているというか、そんな感じがするんだが。まあ、いいか。

「友人ってのは、コッブ夫妻?」

 言いながら、手振りでホテルの方に戻ることを促す。並んでビーチを歩きながら、彼女が返事をする。

「いいえ、夫人はさっきシドニーへお帰りになりましたわ。それに、彼女の夫はいらっしゃってませんもの。今夜、招待するお友達は、この近くに住んでる方です。以前、ここに来た時からの知り合いですわ。それがどなたかなのかは、後のお楽しみにしていただけません?」

「わかった。服は何を着て行けばいい? 相手にも依るかと思ってね」

「お誘いすることは、マーガレットに伝えてあります。受けていただけけるかどうかは判らないけど、あなたのお召し物を用意するようにと」

「手回しがいいな」

「でも、受けていただけるか不安でしたわ。断られていたら、ジャッキーにパートナーを頼むしかないのかと」

「ジャッキーはパートナーも探してくれるのかね」

「あら、いいえ、彼女自身をパートナーにと。彼女の男装はとってもお上手でしょう?」

 まあね。俺も最初は男だと思ってたからな。ホテルの2階に上がったところで別れた。

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