#7:第5日 (6) 振り返り・その5

 さて、第5ステージの振り返りだ。


 第5ステージ

  時代:1975年

  場所:メキシカン・リヴィエラ・クルーズ、及びメキシコの各寄港地

  ターゲット:儀式のコイン、英6ペンス銀貨

  キー・パーソン(ズ):クルーズの客で、メキシコで結婚する女の友人たち


 このステージの最大の特色は、裁定者アービターが“同行”したことだろう。それまで声だけの存在だったし、機械のような冷たい声だったから印象が悪かったけど、このステージで“アヴァター”を伴ったおかげで、実在感が増して一気に印象がよくなった。“通信”した回数も多かったからな。アヴァターが従妹のエレインだったってのが今一つだが、あいつの外見はやはり内面に釣り合ってなかったってのが判ったのも面白かった。

 それから、裁定者アービターの能力について。ターゲットに関連した単なる質問相手じゃなくて、百科事典エンサイクロペディアメモ帳ノート・パッドとしても使えるということを初めて知った。今のところ、地図表示や観光案内しかしてもらっていないが、次のステージではもっと有効な利用法を考えることにしよう。

 さて、このステージのキー・パーソンズ。名前が思い出せないのはもはやどうでもいいとして、4人のうち、誰が一番重要だったかの見極めに失敗したのがまずかった。俺と最も親しくしてくれた女にばかり構っていたのがいけなかったのだろう。いや、キー・パーソンズを見つけるのを、エレインに任せきりにしてしまったことが一番の問題だったかもしれない。だから、彼女たちのそれぞれに関する性格分析ができなくて、見かけの印象だけで判断してしまったのだ。

 あと、エレインのお守りをしすぎたのも悪かった。あいつはもっと放ったらかしておいてもよかっただろう。

 それから、ターゲットに関する情報収集。これは、キー・パーソンズと漫然と観光をしてばかりだったのがよくなかったのだろう。3日目までに、というビッティーからの――そう言えばこの時点ではまだ名付けていなかった――警告があったとおり、もっと積極的にキー・パーソンズと打ち解けるようにしていれば、結婚する二人についての情報がもっと得られたかもしれない。

 彼女たちはそれについてあまり話したがらなかったが、誰かがうっかり、例えば一番お調子者だった羊顔の女とかが、6ペンス銀貨のことや、あるいはそれにつながるヒントを口走るようなシナリオがあったのかもしれない。

 だが、3日目までに得なければいけない情報とは、一体何だったんだろう? 俺は本当にそれを得ていなかったのだろうか。何しろ、一度は俺がターゲットを獲得したし、それを一番重要なキー・パーソンである“クイーン”に渡さなければ、俺の勝ちだったのだ。もちろん、俺の性格的には渡さずにはいられなかったのだが、それは情報の獲得とは何の関係もないはずだ。

 渡さなかったら、それはそれで特別なイヴェントが発生して、取り上げられることになったのだろうか? それはあったかもしれない。が、何が正解か判らないのでは、推し量りようもない。

 続いて、他の競争者コンテスタンツについて。マルーシャは最初から判っていたからいいとして、もう一人は結局、数学者でアマチュア・マジシャンのフォルティーニ氏だった。これは、当たりを付けた二人のうちに入っていたから、まだ警戒できた。しかし、向こうはどうやって俺のことを知ったのかは不明だ。盗聴器でマルーシャたちの様子を窺っているうちに、俺が引っかかってきたのだろうか。

 もう一人、推理作家のミッチェル氏も怪しかったが、彼は違った。もしかしたら、彼は逆にキー・パーソンだったのかもしれない。あるいは、ミッチェル夫人の方か。とにかく、彼らともう少し話をしておくべきだっただろう。ミステリー・ファンの二人組は、彼らと親しくなるための橋渡し役だった可能性がある。

 そう言えば、俺がある程度有名な存在だったのにも驚いた。これはどのステージでも共通なのかもしれない。しかし、フットボールがメジャーでない国では、気付かれないことの方が多いのだろう。スーパー・ボウルでMVPになるようなQBだったらまた違ったかもしれないが。

 ただ、何かで有名な人間がステージ内にいたら、そいつは競争者コンテスタントである可能性があるってことだ。もっとも、マルーシャとフォルティーニ氏以外に、そういう例はない。マルーシャだって、オックスフォードでは有名人の扱いは受けていなかった。ただしイングランドはオペラに対する関心が低いから、というのが理由かもしれない。ともあれ、何かのヒントにはなりそうだ。

 そして、ターゲットを獲得するタイミングについて。アカプルコの到着前夜だけが唯一のタイミングだったろうか? それ以前の日だって盗み出せた、ということはないだろうか。結婚する女がいるのを俺が知ったのは2日目で、もし6ペンスと結婚式の関係さえ知っていれば、その日の夜に盗みに入る、ということだって可能だったのではないか。

 問題は、靴の中に6ペンスを入れたのはいつかということだけで、それがあの夜のパーティーの直前だと限定されていたのだろうか? もう少し調べていれば、そのタイミングしかない、ということが判っていたのかもしれない。俺が部屋に侵入して、そこに6ペンスがあったのは、単なる偶然だった可能性の方が高いからな。

 それから、ターゲットそのものについて。“クイーン”に6ペンスを渡さずにいる方法はあったか? もちろん、あった。代わりのを用意しておけばよかったんだ。彼女が手のひらの中ですり替えたように、俺もすり替えればよかった。ただ、それを用意するには、もっと前に6ペンスがターゲットだと気付いていなければいけなかった。

 だが、代わりをどこで入手できた? 寄港地のどこかで入手できたのだろうか。コイン・ショップは見当たらなかった。そうか、もしかしたら、大きなホテルなら結婚式の会場になるから、6ペンスを入手できたんじゃないか。寄港地はどこも大きなホテルがあった。マサトランのエル・シッド・ホテルでは、結婚式の話題が出たこともあったな。でも、普段から結婚なんてことを意識してないから気付かないんだよ。

 そういえばあの6ペンスは、元々誰の物だったのだろう。“クイーン”は“本当の持ち主”がいると言っていた。それが花嫁でないことは間違いない。誰かは判らないが、花嫁はその人物から6ペンスをあの日に受け取った? そうするとさっきのタイミングの問題が解決……いや違うな、クルーズに出る前から用意していたに違いない。女はそういう時に準備万端で臨むんだよ。これらが全てが判るシナリオが用意されていたはずだ。とにかく、早い段階で6ペンスに気付かなかった俺が悪い。

 こうして考え直してみると、架空世界のシナリオは意外に細かいところまで作り込んである。俺みたいに雑な調査でターゲットを手に入れる奴がいたら、シナリオを作った奴が腹を立てるんじゃないだろうか。まあ、それはそのシナリオに穴があるせいだ、と思ってもらいたいが。

 最後は、ステージを退出するまで。これは振り返ってもしかたない。マルーシャの手のひらの上で踊っていたプレイド・イントゥ・ハー・ハンズだけだからな。しかし、彼女が考えることは本当に解らん。妹のティーラもそうだったけど。

 さて、今日の振り返りはこれまで。メグを呼ぼう。

「はい、ご用でしょうか?」

「明日の予定の確認だ」

「かしこまりました。すぐに参ります」

 明日は予定なんてほとんどないのに、電話で済ませるようなことはしないんだな。まあ、訊いてみたいことがあるから来て欲しかったので、ちょうどいい。メグは言葉どおり、すぐにやって来た。いつものように魅力的な笑顔だ。俺に呼ばれるのがそんなに嬉しいのか。

「明日は日中のご予定は特にありません。ランニングにはいらっしゃいますか?」

「うん、いつもの時間だ。その後、ジムへ行く」

「かしこまりました。では、6時からランニング、7時半からジム、9時頃からご朝食というご予定で心づもり致します。昼食、夕食のご予定は、その都度お伺いします。他に何かご用はありませんでしょうか?」

「デイントリー国立公園というのはどんなところだったっけ?」

 初日にドリスに聞いたような気もするが、その時は興味もなくて聞き流してしまった。長話になるように仕向けて、またメグを座らせる。

「ここから北に車で1時間ほどのところにある国立公園で、世界最古の熱帯雨林の姿を残す森として世界遺産に登録されています。モスマン渓谷の散策やリヴァー・クルーズなどがお楽しみいただけます。ツアーへのご参加をご希望ですか? 明日のご参加なら、今からでも予約の手続きを致しますが」

「いや、行かなくてもいい。君は行ったことがあるか?」

「ございません」

「行ってみたいと思う?」

「ええ、そうですね。時間と、一緒に行っていただける人がありましたら」

「ミズ・フレイザーは明日行くそうだ」

「そうでしたか」

「彼女は色んなところへ遊びに行くのが好きなのか?」

「どうでしょうか。こちらには先週からご滞在ですが、先週は特にどこへもお出掛けにならなかったと思います」

「君とテニスをしたそうだな」

「ええ、先週、お相手させていただきました。それから、前回いらっしゃった時も」

「君は打ち返しやすい打ってくれるので楽しいと褒めていたよ」

「恐縮です」

 俺は一体何の話がしたいんだろう。単にメグと話したいだけなんだろうか。

「どうして君が彼女の世話係にならなかったんだ?」

「今回はご下命がありませんでしたし、夫人がいらっしゃる前からあなたのお世話係を担当することが決まっていましたので」

 俺がポート・ダグラスをヴァケイションの滞在地に決めたのはステージが始まる5分くらい前だったはずなのだが、どうしてそんな先から決まってたんだ。もしかして、バックステージの5分は仮想世界の10日間くらいに当たるのかな。

「でも、私が男性のお客様のお世話係をさせていただくのは、あなたが初めてなんです。ですので、あなたに十分ご満足いただけているかどうか心配です」

「初めてとは思えないほど十分よくやってくれているよ」

「ありがとうございます」

 メグが慎み深く微笑む。独り占めしたくなるような笑顔だ。人妻なのに。

「明日と明後日は出掛けないので、君に手間をかけさせることになるだろう」

「あなたのお役に立てるよう、精一杯頑張ります。何でもお申し付け下さい」

「休ませてくださいと言いたくなるほど、用を言い付けても怒らない?」

「やりがいがありそうです!」

 やはり今までは物足りなかっただろうか。

「まず、カクテルのフロリダを作ってくれないか」

「かしこまりました」

「君も何か飲んでくれると嬉しい」

 俺の提案に、メグはまたにっこりと微笑んだ。

「では、2杯作ります。フロリダは飲んだことがありませんので、ぜひ味わってみたいです」

 そして本物のフロリダを作ってもらい、上のバルコニーに行ってメグと一緒に飲んだ。

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