#7:第5日 (5) オパールの指輪

 部屋に戻ってシャワーを浴びて、着替えの服を見ると、また新しいシャツとスラックスだった。俺の鞄に入りきらないのは確定だな。

 着た直後にメグがやって来て、お車の用意ができましたと言う。“ザイ”はホテルのレストランだが、ホテルの敷地内にはなくて、道路を挟んだ反対側にある。シャトル・バスも出ているのだが、俺とノーミのためにまたリムジンかセダンを用意したのだろう。

 エントランスに行くと、案の定セダンが停まっていた。車に近付いたが、ドアを開けてくれない。なるほど、ノーミが来るのを待てと。

 しばらく立っているとノーミが現れた。高級感のある白いドレスを着ている。とにかく白が好きなんだな。元が裕福な家の育ちだからか、それなりに高貴な仕草が垣間見える。

 ドアマンがドアを開け、ノーミが車に乗る。続いて俺。メグやその他のスタッフに見送られながら車がスタートする。たかが食事に行くのに、ここまでしてもらうものなのかね。

「日本料理はお召し上がりになったことがありますか?」

「あるよ。カジュアルな店でだけど」

「それは結構ですわ。私も何度か行ったことがありますけど、あの“箸”の使い方がまだ上手にならないんです」

「ナイフとフォークで食べたって問題ないと思うがね」

「どうしても無理な時はそうしますわ」

 レストランに着いて、席に案内される。日本料理店だが、テーブル席だった。内装は日本風……に思えるが、どうも装飾華美だ。日本をイメージさせる物がやたらと置いてある。本当の日本風はもっと簡素だろう。すぐに、食前酒と小鉢が出てきた。

「ナイトさんの農場のお話を聞かせていただけませんか?」

 それを聞かれるのは困る。口から出任せだからな。カレッジの時に、本当に農場を経営している友人のところに泊まりに行ったことはあるが、どんな様子だったかさっぱり憶えていない。

「狭い農場だよ。栽培しているのはオレンジとグレープ・フルーツとサトウキビだけだ」

「あら、農作物だけなのですね。牛や豚や鶏は飼っていないのですか?」

「飼ってない」

「広さはどれくらいです?」

「100エーカーくらいかな」

「ああ、それでは私の生家の所領と同じくらいですね」

「生家はどこだ? ああ、アデレイドだったか」

「ええ」

「そこには戻らないのかね」

「もう人手に渡ってしまいましたわ」

 事情はわからないが、帰る家はもうないってことかな。確か財閥の娘だったはずだが、破産したのか? それとも、単に引っ越しただけかもしれない。刺身と魚のソテーが出てきた。なぜ刺身と焼き物が同時に。

「一人で農場を経営してらっしゃるの?」

「そう。忙しい時だけ人を雇う」

「北半球は今は冬だから、お休みなのですね」

「そうだ」

「アメリカン・フットボールはそのお休みの時にやるのですか?」

「まあ、そうだ」

「プロのプレイヤーですか?」

「いや、セミプロのようなものだ」

 本当は違うのだが、アリーナのことを説明して理解させるのは至難の業だろうと思うので、余計なことは言わないことにしたい。

「アメリカンはオージー・ルールズと違ってボールを投げられるのですね」

「そうだが、俺はオージー・ルールズのことをよく知らないんだ」

 オージー・ルールズというのはオーストラリアン・フットボールのことだろう。袖なしスリーヴレスシャツにハーフ・パンツでやる、ラグビーのようなフットボールということしか知らない。ただし、パントの蹴り方は参考になるので、そこだけ何度も見た。パントだけを集めた動画が出回っているのだ。

「私もよく知りません。色んな人からお話を聞くだけなんです。ジャックもクリケットの方が好きでしたし」

 よく知らないのに訊いてくるということは、とにかく俺と何か話をしたいと思っているということだろう。とりあえず、簡単にフットボールのルールを説明する。興味深そうに聞いているが、どの程度理解しているのかは判らない。

 天ぷらと寿司が出てきた。何か、無茶苦茶な順番に料理が出てきている気がする。日本人でない客には、いかにも日本料理という皿をいくつも出していればいいとか思ってないか? まあ、実際それで客も喜ぶんだろうけど。

「次のゲームはいつですか?」

「この前のスーパー・ボウルでシーズンは終わりだ。次は8月のプレ・シーズン・ゲーム。レギュラー・シーズンは9月の2週目くらいからだ」

 もしかしたらこの時代はプロ・ボウルがシーズン最終戦だったかもしれないが、どうせこちらでは次の月曜日にしか見られない。

「それは残念ですね。他にスポーツはなさらないのですか?」

「どういうわけか他のスポーツはみんな不得意でね。泳ぐことすらできないんだ」

「まあ、そうでしたか。私も泳ぎはそんなに得意ではないんです。溺れない程度で。テニスが一番得意なのですが、あなたは?」

「下手だな。ラケットにボールを当てるだけで精一杯だよ」

 プエルト・バジャルタでの無様な姿を思い出す。そういえば、クルーズで一緒になった4人組の名前も思い出せないな。つい2週間前のことなのに。

「そうですか。お上手なら一緒にテニスができたのですが」

「したければ世話係に相手を探してもらえばいい。何なら、俺の世話係のミセス・ハドスンが得意らしいから、彼女とすれば」

「あら、ええ、マーガレットとは何度かプレイしたことがありますわ。彼女は私よりも上手ですね。私が打ち返しやすいボールを打ってくれるので、ラリーが続いてとても楽しいんです」

 そうだったのか。やっぱりメグは優秀だな。なぜだかわからないけど自慢したくなる。

「ゴルフはしますか?」

全くネヴァー

「それは残念ですね。ネットボールはご存じですか?」

「知らないな」

「バスケットボールに似たスポーツなんです。こちらでは学校で習うのですが、プレイされているのは英連邦コモンウェルス・レルムだけかもしれませんね」

 茶碗蒸しと味噌汁が出てきた。最後は何が出てくるんだろう。おそらく、和菓子とは違うものだろうな。

「どうして俺にスポーツのことばかり訊くんだ?」

「明日、何かご一緒していただけないかと思って」

「明日は何もしないでのんびり過ごすつもりなんだ」

 せっかくヴァケイションに来たのに、今日までは4日連続でオプショナル・ツアーに出かけていた。せめて2日くらいはゆっくり過ごしたい。

「そうですか。では、朝や夕方のジョギングは?」

「それはやる」

「フットボールは持ってきますか?」

「それはその時にならないと判らない」

「ぜひ持ってきて下さい」

「どうして?」

「私もあのボールを投げたり受けたりしてみたいので」

「そういうことなら、解った」

 妙なことに興味を持つ女だな。抹茶のアイスクリームが出てきた。まあ、これも日本料理か。砂糖の塊のような菓子よりはいい。

「明日、デイントリー国立公園に行こうと誘われてるんですが、あなたはいかがです?」

「さっきも言ったとおり、何もしないつもりなんで、遠慮しておくよ。君を誘ってくれた人と楽しんで来てくれ」

「“人たちパーソンズ”ですわ」

「ということは、二人か」

「いいえ、3人です」

「あの3人?」

「ええ」

 3人で女を誘うとは、変わった男たちだ。抜け駆けを防ぐための協定でも結んだかな。

「ツアーの最中に投資や資産の話をしないように頼んでおきなよ」

「たぶん、そんなことはしないと思いますわ。でも、皆さん、どういうわけか私のこのオパールの指輪に興味がおありみたいで。普段は着けないんですが、皆さんが見たいとおっしゃるんです」

 言いながら、左手のオパールの指輪を指で弄んでいる。

「申し訳ないが、そんなに価値がある物には見えないな」

「ええ、そのとおりですわ。私は綺麗な色だと思ったのですけど、仲買人がこの程度では売り物にはならないと言っていました。ただ、ジャックがこれを見ていい鉱脈がありそうだと思ったと言っていた石だったので」

「そういうことなら大切にした方がいい」

「ええ、どれくらいの価値があるかとかも一切気にしていないんですが、それでも鑑定させて欲しいという人もいらっしゃるんです。マッカーシーさんやアーミテイジさんもそうなんですわ」

「鑑定させてやったのか?」

「いいえ。なぜか判らないんですけど、彼らに渡したら返してもらえなくなりそうな気がして」

 女の勘ウーマンズ・イントゥイションってやつかな。

「もう一人の……ランドール氏は?」

「写真を撮りたいので一晩貸して欲しいとおっしゃってました」

「しかし、貸さなかった」

「ええ」

 何が嬉しいのか解らないが、ノーミは笑顔でそう答えた。

「特に理由はないが、俺もその指輪は誰にも渡すべきじゃないと思う」

「そうします。この後は、バーに付き合っていただけませんか?」

「あいにくだが酒はあまり飲まないし、部屋に戻ってやりたいことがある」

「あら、ごめんなさい、お酒を飲まれないことを忘れてましたわ。でも、昨日と同じようにフロリダを1杯だけでも結構ですから」

 1杯だけでも、というのを断るのは気が引けるので、付き合うことにする。車でホテルに戻り、オーシャン・ブリーズ・バーに行って30分ほど過ごした。その間の彼女の話題は、先月過ごしたフィッツロイ島のことばかりだった。話し方もなかなかうまくて、俺も時間があれば行ってみたいと思ったくらいだ。あんなに話がうまいのに、どうして俺の話ばかり聞きたがるんだろう。

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