ステージ#6:第8日

#6:第8日 唯一の心配は?

  第8日-2003年11月24日(月)


「グッド・モーニング、ビッティー!」

 ドロレスがシャワーを浴びている間に、少し外の空気を吸ってくる、と言って出てきた。すぐ近くの、タホ川が見える広場。2度目なので、道に迷うこともない。ドロレスのシャワーは短いが、ビッティーと話している間は時間が止まってるんだから大丈夫だ。

 月は4日前よりも少しだけ明るくなって、中空に浮いている。その月と同じように、ライト・アップされたミラドールも山の上に浮いている。あそこにいる、俺を困らせた女も月を見ているだろうか。二つの灯りがかき消すようになくなっていく。寒々しく響いていた川のせせらぎも聞こえなくなった。

「ステージを中断します。裁定者アービターがアーティー・ナイトに応答中です。連絡が一つありますが、お聞きになりますか。それとも、質問が先でしょうか」

「連絡か。よし、そっちを先に聞こう。たぶん、もうゲートが開いたという連絡だと思うが、どうだ?」

「はい、その通りです。ステージ終了まで12時間を切りましたので、ゲートが開きました。ゲートの場所は、トレドの門です」

 ひゅう、と一つ口笛を鳴らす。当たっていたな。だが、もし3日目にあんなことになっていなかったら、その存在すら知らなかったっただろう。考え直すと彼女に強いられてやったことは、ステージの中でそれなりに役立った。特に、忍耐が。もっとも、3日目に調べることができなかった事実の方がきっと多いだろう。

「あの門を、どちらの方向からくぐればいいんだ?」

「“内側”から“外側”へくぐって下さい」

 もう一つ口笛を鳴らす。もちろん、さっきとは違う心理だ。ビッティーは察してくれないだろうけど。

「“内側”と“外側”があるのか。知らなかった。見分ける方法は教えてくれる?」

「お答えできません」

「解った。後で調べるよ。さて、俺からの質問だが、その前にまた少し“独り言”を聞いてくれないか?」

「90秒以内でお願いします」

 おや、今回は制限時間付きだ。ゲートが開いたときの連絡だからか? もっとも、そんな長話をするつもりはない。苦手なんだよ、バレリアのようにはいかない。

「ターゲットは判ったんだが、その持ち主は、それを明日、首長メイヤーに見せに行くと言ってるんだ。俺が盗んでしまうと、見せる物がなくなってしまう。そうすると彼女は困るだろうと思ってね。ここは仮想ヴァーチャルの世界だから、さっさと盗んでしまって、クローズしてしまえばいいんだろうが、その前に彼女が盗まれたことに気付いて困ったら、なんて思うと、盗むのが申し訳なく思えてきてさ。せっかく友人になったことだし。だから盗むんじゃなくて、カードの勝負で手に入れようとしたけど、それも失敗だったよ。つまり、盗んでもいい理由がまだ見つかってないんだが、俺はやっぱり気が弱い人間なんだろうか、ビッティー?」

「ゲートは既に開いていますので、ターゲットを入手しなくても退出することが可能ですが、その場合、敗者ルーザーになります」

 いつもながらビッティーは冷静でいい。世の中で一番よくないのは、解ったふりをして同情してみせる人間だからな。正しい姿は、解らないときは余計なことを言わず、事実のみを告げるってことだ。そして相手に考えることを促す。今回の場合も、盗んでいい理由は必ずあるし、見つけろということだ。

「解った。期限までに何とか盗むようにするよ。ところで質問だが、ターゲットを獲得した場合でも、期限までに退出しなかったら失格になるのか?」

「失格になります」

「例外はなし? 移動のために乗った列車やバスが遅れたり、途中で困っている人を助けたりしても?」

「不測の事態に見える事象でも、ステージ内であらかじめ設定されたイヴェントに過ぎません。正しい選択をすれば、期限までに必ず退出することが可能です。酌量されるとすれば、他の競争者コンテスタントがあなたを巻き込んで失格になろうとした場合のみです。ただし、前例はありません」

 なるほど、負けるくらいなら相手も道連れ、なんていう倒錯した思考の競争者コンテスタントがいないとも限らないからな。そんな奴はこの世界に順応できてないだろうから、どうせ勝てないと思う。とはいえ、そういう危険な思考をする競争者コンテスタントは他のステージに隔離してくれないかな。精神状態は監視できないみたいだから、難しいか。

「酌量というのは失格が取り消されるのか、それとも期限に対して猶予が与えられるのか」

「後者です」

「つまり、邪魔されたからってもたもたしてたら、やっぱり失格なんだな」

「はい」

「解った。もう一つ。ゲートがトレド以外にある場合、トレドから出るのにまた条件を満たす必要はある?」

 あれ、面倒なんだよ。もしかしたら、ソコドベール広場に行けばいつでもそういう相手を見つけられるのかもしれないけどさ。

「条件はありません」

「よかった。質問は以上だ。最後にお願いだが、別れの挨拶の時には俺の名前を呼んでくれ。アーティーって呼ぶんだぜ。いいな?」

「了解しました」

「終了だ。お休み、ビッティー」

「ステージを再開します。お休みなさい、アーティー」

 お休みなさいと言ってくれたが、朝までぐっすり寝るわけにはいかない。みんなが寝ている間に、モニカのところへトロフィーを盗みに行くんだからな。ドアの錠は簡単に開くので問題ない。唯一の心配は、バレリアが寝ずに俺のことを待っているかもしれないってことだけだ!

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