ステージ#6:終了

#6:バックステージ

「ステージの結果について、クリエイターからのコメントをお伝えします」

 いやいやいや、最後は焦った。ターゲットを獲得したのが9時半で、期限まで1時間近く余裕を持ってアトーチャ駅行きの列車に乗ったと思ったのに、それが一つ手前のビジャベルデ・何とかブラーブラーという駅で止まってしまい、ドアが開かないので窓から無理矢理降りて、タクシーが捕まらないので地下鉄に乗り換えて、何とか間に合うかと思っていたのに、それもアルメンドラレス駅で止まってしまい、結局そこから2マイルばかり、地図を見ながら走ることになるとは。アトーチャ駅か、その周辺で事故でもあったのかな。

 30秒近く残してプエルタ・デ・トレドに着いたが、南北のどちらが門の“内側”かを考えるのが面倒で、まず南から北へくぐって失敗、その後、北から南へくぐってようやく退出することができた。が、「確保ポゼッション!」とか叫びながら門をくぐっていたところなんか、周りの観光客にはさぞかし奇異に見えたことだろう。おかげでまだ息が切れて……はいないが、とにかく間に合ってよかった。

「今回のステージでは3日目に用意されていたシナリオをほとんど回収していないため、ターゲットの入手に必要な情報をキー・パーソンから得るために困難をきたすことになった。ただし、複数のキー・パーソンズへの効果的な接触により、全シナリオ中のレア・ケースに該当することとなり、ターゲット獲得に問題のない状況が発生、成功することとなった。ただし、レア・ケースはあくまでも補助的なシナリオであり、獲得成功に対して低い評価しか与えられない。なお、競争者コンテスタントから裁定者アービターへの連絡の際、ステージ内の登場人物の感情に配慮してターゲットの獲得に躊躇するという趣旨の発言があったが、既に説明しているとおり、それは不要な配慮であることを注意喚起する。行動全体については、特に評価するべき点はない。むしろ、前回のステージよりも非論理的行動が目立つことになった。その点について、今後改めることを促す。以上です」

 相変わらず評価が低いな。6ステージやってもこれだ。いい加減、俺にこんなことさせるのは無駄だってことを、クリエイターも気付きゃいいのに。

 3日目のことは全面的に俺が悪い。マルーシャのあの“無言の色香”に惑わされたんだ。どうしてあの時あんな行動を取ってしまったのか、自分でもいまだに理解できないんだけれども。

 感情がどうこうっていうのも勇み足のつまらない発言だったことは認めるよ。結局、ターゲットは“去年の”優勝トロフィーだったんだからな! それじゃあ盗まれてもモニカにとっては大した痛手にはならなかったろうさ。しかし、非論理的行動が目立つってのは何なんだ。俺は可能な限り演繹的推理に基づいて行動したつもりなんだぞ。

「先ほどのステージに対する質問を受け付けます」

「どこまで答えてくれるか解らないが、一応訊こうか。3日目のシナリオが、6日目と7日目のドロレス襲撃事件に関わりがあると想像しているんだが、結果的にあの襲撃者に対して俺が取った行動は正しかったんだろう?」

「詳細は説明できませんが、大幅に間違っています」

「何だと?」

 大幅に間違っている? ドロレスを助けるべきじゃなかったとでもいうのか? いや、訊いてもどうせ教えてくれないだろうから、訊かないけどさ。しかし、ドロレスに怪我をさせるのはどう考えてもまずいし、ターゲットは判って獲得できたんで、推理というか勘が大筋で当たっていたのかと思ってたんだが。

「あの襲撃者たちはドロレスに危害を加えるつもりはなかったってのか?」

「お答えできません」

「3日目はドロレスのことをもっと突っ込んで調べておけばよかったのか? 例えば、スアレス親方に話を訊くとか」

「詳細は説明できませんが、キー・パーソンに関する情報収集を主とする方針が正しかったことだけはお伝えできます」

 ドロレスとはほとんど毎晩食事しながら、色々話はしたが、彼女に対する外部の評価の収集は、確かに少なかったかもしれない。話しやすい、気さくな女だと思えても、裏から見ると本人は気付いてないような一面があるかもしれないからな。

 特に、「知らない男からよく声をかけられて、食事までならOK」なんていう性格は、予想外の恨みを買うこともあるだろう。だからこそ襲われたんだと思っていたが、それが違っているというのなら、どう考えたらいいのか判らない。ともあれ、部屋に泊めてもらえたというだけで、彼女のことを信用しすぎたかもしれない。

「じゃあ、次の質問。競争者コンテスタンツと思われる奴らが俺の他に3人いた。マルーシャは確定だとして、フランス人とドイツ人、どっちが本当の競争者コンテスタントだったんだ?」

「お答えできません」

 やっぱり答えてくれなかったが、これが今回最大の疑問だ。フランス人とドイツ人は、どちらもキー・パーソンに接触しているところを確認できた。一人はこそこそしていて、もう一人は堂々としていた。それはどうでもいいとして、どちらが本当の競争者コンテスタントであってもおかしくないという感じだった。一番やる気がなさそうに見えたのがマルーシャで、それでも最終的にはバレリアと接触していたようだし、3人が3人ともそれらしく見える。しかし、競争者コンテスタンツは俺を入れて3人と言われたんだから、誰か一人は違うはずなんだ。

「俺がターゲットを獲得した後で、なぜ誰も奪いに来ようとしなかったんだろう?」

 それもある。マルーシャに至っては、トレドの駅からパラドールに電話したら、既に8時半に発ったと告げられた後に、「次のステージでお目にかかることを心待ちにしています」というメッセージを預かっている、とまで言われたのだった。しかも「あなたの親愛なるマルーシャ・チュライより」という結語クロージングまであったってんだから。前回のこともあるから、今回は譲っておくわ、とでも言われた気分だった。俺は手玉に取られてるんだろうか。否定はできないけどな。

「ターゲット獲得の連絡が遅くなったこと、及び、退出ゲートが異なっていたことによると思われます」

「ゲートが異なる? 初耳だぜ、ビッティー」

 そんな情報は頭の中にも追加されてなかったぞ。

「メインの退出ゲートは、そのステージ内でターゲットを確保する可能性が高いと考えられる競争者コンテスタンツにのみ通知されます。最大2人です。その他の競争者コンテスタンツにはサブ退出ゲートが通知されます」

「それは……要するに、ターゲット獲得のための努力をせず、最後の退出間際に確保者から掠め取ろうとする小狡いトリッキー行為を阻止しようっていう意図?」

「そのように考えていただいて結構です」

 なるほどね。ゲートの位置を教え合おうという俺の提案に対して、マルーシャが曖昧な返事をした理由が判った。同じゲートを通知されるとは限らないってことを知ってたわけだ。それならそうと、彼女も言ってくれればいいのに。前回は俺にわざわざゲートの位置を教えてくれたから、みんな同じなのかと思ってたぜ。

「通知されたゲートがサブだってことは教えてくれるのか? もちろん、自分がターゲットを確保してないときだが」

「お伝えしません」

 また納得。要するに、待ち伏せしてターゲットを奪うのはそれなりに難しいって訳だ。そりゃそうだ。もしみんな同じゲートから退出するのなら、ゲートが通知されたらいち早くそこへ駆けつけて、確保者が来るのを待っていればいいんだから。このルールによって、待ち伏せできるのは1人に限られるわけで、それなら何とか躱し様もあるだろう。

「ところで、今のは結構重要な情報だと思うんだが、どうして今まで教えてくれなかったんだ?」

「本情報は、主に警告として競争者コンテスタントに通知されます。あなたはこれまで該当するような行動はありませんでした」

「それは俺が比較的真面目にこのゲームに取り組んでるからだと解釈していいか?」

「そのように考えていただいて結構です」

「ちなみに、ターゲットを確保する可能性が高いってのは誰が判定するんだ。君か?」

「私ではありません」

「じゃあ、クリエイターか」

「お答えできません」

「じゃあ、主席裁定者ヘッド・アービターか」

「お答えできません」

「それとも、他に何人かステージの成り行きを観察してる奴がいるのかな」

「お答えできません」

 ビッティーは教えてくれないが、主席裁定者ヘッド・アービターと考えていいだろうな。それがどういう奴かは結局よく解らないけれども。

「他に質問はありますでしょうか」

「ターゲットは去年の優勝トロフィーだったが、モニカが今年の優勝トロフィーを持って帰ってくる前に獲得した場合、ターゲットとして認められたのか?」

 たぶんそんなことはない、と思うが一応訊いてみる。あのトロフィーがターゲットだと気付いてよかった。最初は今年のトロフィーだと思って、夜中の3時にモニカの居間に忍んで行ったが、腕時計を近付けても何の反応もしなかったときには少なからず焦った。

 おまけにその瞬間、ソファーで寝ていたバレリアがむっくりと起き上がって、「アーティー、やっぱり来てくれたのね、嬉しいわ」などと言い出すんだから、どれだけ肝を冷やしたフリーズ・マイ・ブラッドか! しかし、その後「でも、ごめんなさい、私、やっぱりギジェルモをまだ愛してるのに気が付いたの。だから、私のことは諦めて」と言って、ぱったり寝てしまった。迷惑な寝言もあったものだ。

「特定の情報を入手した後であれば、ターゲットとして認められることになっていました」

 その後、暗闇の中で落ち着いて考え直し、モニカが連覇したのを思い出して、去年のトロフィーに当たりを付けた。が、それは寝室にあると考えられるし、モニカとアナベルの二人も寝ているところに忍び込むのはさすがに危ないので、いったん下の居間に戻った。そして次の日の朝、朝食を済ませた後で別れの言葉を述べて出て行ったふりをし、モニカが出掛けた後で忍び込んで、首尾よくターゲットを獲得することができたのだった。

 現れたビッティーに「こんなターゲットはフェイントだぜ」と言ってやったが、何も答えてくれなかったよな。あれ、今、ビッティーは何て言ったんだ? 特定の情報を入手した後であれば、って言ったか? 質問したのに答えを聞いてなかったら、また注意されるところだ。

「他に質問はありますでしょうか」

「結局、トレドを出られる条件ってのは何だったんだ?」

「お答えできません」

「袖なしの男や鍛冶屋のリカルドや哲学かぶれのクラウディオは、何のための登場人物だったんだ?」

「シナリオの一部に関係しています。それ以上はお答えできません」

「俺は複数のキー・パーソンズと知り合いになったが、結局誰を本命にしたらよかったんだろう」

「お答えできません。ただし、誰を選択しても正当なシナリオを回収していれば、ターゲットを入手できたことは保証します」

「彼女たちのボーイ・フレンドにはほとんど話ができなかったけれども、うまくやればもっと仲良くなることができたんだろうか」

「お答えできません」

「初日の晩は一体何が起こって、俺がドロレスに部屋に泊まれることになったんだろう」

「お答えできません」

「バレリアはナイフ好きという嗜好に問題があると思うんだけれども、彼女はこの先、幸せな結婚生活ができるんだろうか」

「お答えできません」

「どうして彼女たちは共同住宅テネメントの中では下着姿で過ごしてるんだろう。やっぱりあの共同住宅テネメントのルールなのかな」

「お答えできません」

「アナベルの箸の練習は本当にダマスキナードの技術に役立つんだろうか」

「お答えできません」

「ドン・フアンは一体何人の女性をたぶらかしたんだろう」

「お答えできません」

 最後はお決まりの無意味な質問の羅列。ビッティーは「お答えできません」の一辺倒かと思っていたら、一つだけ有用な情報をくれた。複数のキー・パーソンズのうち、誰を選んでも構わないってことだ。

「よし、次に行こうか」

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