#6:第6日 (2) 三つの寝室

 まずは、一度も入ったことがない寝室から。ベッドに鏡台にクローゼット。これだけか。居間と同じで、本当に物が少ないなあ。探し物をするには楽でいいけど。

 その探す物は、ナイペスの“剣の王”だ。カードそのものではなくて、その在り処を示すような何かでもいい。ベッド……は調べなくてもいいか。シーツが乱れたままだ。昨夜は楽しく過ごしたようだ。鏡台。まさか、化粧品で“剣の王”という銘柄があるんじゃないだろうな。香水とか。なかった。

 クローゼットは? 女のクローゼットを開けるなんて、あんまりやりたくないが、仕方ないなあ。服が少ない! ドレスも普段着も数着ずつしかないじゃないか。これなら俺の方が多いぞ。それはともかく、ジャケットとかで、エンブレムにナイペスが描かれているものは……ない。下の抽斗は下着だろうから、さすがに見るのはやめておく。

 次は居間。着替えをしているときなどにたいてい見たのだが、もう一度調べよう。昨日の朝と、変化はほとんどない。テーブルの上に地図が。マドリッドだ。今日の行き先かな。メモもある。しかし、当然のようにスペイン語。ただ、地図上の名称なら読み解けるはずだ。"Artes Decorativas"……これは解りやすい、装飾芸術美術館のことだな。他は、レティーロ公園パルケ・デル・レティーロに、王宮パラシオか。ウェリントン? これはきっとホテルだな。マルーシャに付き合わされたときに見た地図が、ここに来て役に立った。怪我の功名ラッキー・ブレイクだ。

 しかし、なぜメモを残していった。別のメモを作ったので、こっちを残したのか。もしそうなら、このメモは当てにならないかもしれない。まあ、いいか。

 ……何だ? どこからか、音がする。いや、解った、玄関のドアからだ。錠を開けようとしている? まさか、ドロレスたちが戻って来たのか。やけに時間がかかっている。おかしい。この前、錠を付け替えたから、すぐに開くはずなんだ。とすると、これはピッキングの音か!

 誰かが忍び込もうとしている……いや、既に俺も入ってるんだぜ。こんな短い間に、二人も侵入者があるなんて、どういうことだよ。これもシナリオなのかなあ。いざとなったらどこへ隠れるかを考えてみたが、隠れる場所がない。せいぜい、寝室のベッドの下くらいか。しかし、今動くと中に俺がいることを察知されてしまう。逆にその方が、相手が警戒して立ち去るかもしれないのだが。

 音が止んだ。諦めたのか。微かに靴音……立ち去ったようだ。これは女の靴音か? というか、来る靴音に気付かなかったなんて、俺も不注意だな。

 窓から下を覗く。共同住宅テネメントを、誰かが出て行くのが見える。やはり女だった。地味なグレイのブリム・ハットに、同じくグレイのダッフル・コート。ハットのせいで顔は判らない。体型からして、俺が知っている女ではない。一体何者だ。ドロレスの友達……ではないよな、ピッキングしようとしたんだし。どうやらこのステージにはまだ隠れた登場人物がいるようだ。

 気を取り直して、部屋の中を見回す。何か置いてあるとしたら物置棚だが、それも物が少ないので……本と雑誌は読めないけど、これはターゲットとは関係がないな。アート系だ。ダマスキナードのデザインの参考資料として買ったんだろう。

 ゲーム類は、本当にたくさんあるなあ。ボード・ゲームはざっと見るだけにして、カードは……同じようなのがたくさん。古いのが多いけど。ナイペスは3種類。昨日、モニカの部屋で見たフルニエのカードばかりだ。腕時計にかざしてみるが、どれも反応なし。まあ、そうなると思っていた。その他に、ターゲットに関係しそうな物はなし。

 期待外れだったな。仕方ない。次は、やっぱりモニカの部屋かなあ。

 ドアを出て、錠を掛けて、階段を上がる。同じ型のドアを目の前にして、錠を開けて、中へ入る。どちらも開け閉めはあっという間。

 居間は昨日“見ただけ”なので、調べる。物が多いが、整理されているので調べやすい。テーブルの上には何もなし。棚にある本は、ゲームの解説書かな。意外に少ない。理論よりも実戦で鍛えるタイプなのだろう。そしてこのゲームの数。すごいな。世界中のゲームがあるんじゃないか。いや、それは大袈裟か。

 スペインのゲームだけで十分数が多いんだ。でも、日本のハナフダがある。ショウギもある。シャンチーにマークルック。ついでにマージャン。おっと、これはクリベッジ・ボードだな。ゲームの付属品まで揃えてるわけだ。たいしたものだ。

 いやいやいや、感心してばかりいられない。ナイペスは……すごい数だ。いくつ持ってるんだよ、同じような物ばかり。ナイペス大会の参加賞か? 片っ端から腕時計にかざす。やはり反応なし。しかし、これだけあると何かヒントになりそうな気がするんだが、見落としてるのかなあ。

 他には、壁に絵とカレンダーが掛かってるくらいかな。カレンダーに何か書いてある。今日の日付のところだ。電話番号か? ホテルの番号かな。暗号だったら面白いんだが。

 寝室へ移動。ベッドにでかい熊のぬいぐるみが。意外だな。ナイペスの馬のぬいぐるみなんかだったら面白かったのに。鏡台には化粧品が、結構たくさんある。ウェイトレスのときはさほど化粧をしてないように思ってたんだが、恋人とデートするとき専用か? そんなこと俺が気にする必要もないが。

 怪しいものは特になし。クローゼットは、意外に服が多い。モニカの私服姿は、朝食へ出掛けるのを見たくらいだが、部屋着かと思うほど簡素だった。ファッションに興味がないのかと思っていたが、これを見るとそうじゃないようだ。これもデート専用か。確かに、綺麗にした姿を見せるのは一番好きな相手だけってことでいいと思うんだけどね。どうしたんだ、俺は。さっきから余計なことばっかり考えてるな。

 ベッドは調べないが、ベッドの横のラックはたくさん物が置いてあるので調べる。ここにもナイペスが。寝る前にもゲームのことを考えてるんだろう。俺もベッドの横にボールを置いているが、プレイ・ブックも置くようにした方がいいな。

 それからこれは、トロフィーか。ナイペスの大会でもらったんだろう。いくつもある。俺はそんなの一つも持ってないや。オレンジ・ボウルの時のゲーム・ボールだけだ。羨ましがってる場合じゃない。しかし、こういうのを見ると、モニカに付いていった方が良かったのかと思うなあ。でも、恋人と行くのに俺が付いていけるわけはないし。他にそれらしい物はないか。こんなところかな。

 さて、次はどうしようか。やはりバレリアのところか。彼女の家まで迷わずに行けるかどうか、自信がないけど。

 部屋を出て、ちゃんと錠を掛けて、階段を降りる。地図を見ながら、というか、バレリアの家がどこにあったかよく憶えてないのだが、迷路の道を歩く。確かこの辺、と思えるようなところを何度も通って――似てるような似てないようなところばかりだ――奇跡的に、バレリアの家と思えるところへたどり着いた。周りを見て、確かにこんな風だったよな、と確認する。

 しかし、今回は正面切って入っていくわけにはいかない。バレリアの家族がいるだろう。確か裏口があると言っていた。一緒に行く気があるなら、そのドアへノックするはずだった。地図を見ると、確かに建物は裏の通りへも面しているように見えるので、そちらへ回る。他の2軒の家に挟まれた狭い通路を入ると、ドアがあった。軽くノックをしてみたが、誰も出て来ないので、ピックで錠を開けて入る。

 短い廊下のすぐ横に部屋がある。中へ入る……何だ、これは、武器庫か!? 壁にナイフが! ベッドの横の壁が、一面ナイフで埋め尽くされている! いや、それは表現が過ぎたかもしれないが、少なくとも100以上はナイフが飾ってある。土産物屋でもこんなには置いていなかった。ナイフだけでなく、包丁キッチン・ナイフ短剣ダガー長剣ソードも……

 ドロレスの言ったとおりだった。確かにこれは怖いな。長居したいと思わない。座って楽にしてねって言われたって、できるもんか。しかし、この中に剣の王が……ないと思うけど、探してみるか。いや、ナイフの方はきっとどうでもいい。カードだ。

 サイド・ボードにゲームがたくさん置いてある。ナイペスもある。ドロレスやモニカのと同じ絵柄のナイペスを持っている。トロフィーがあるじゃないか。バレリアも大会に参加したことがあるようだな。写真だ。モニカと一緒に写っている。バレリアは笑顔だが、モニカは不機嫌そう。負けて悔しかったのだろう。何年前のかよく判らないが、これがヒントになったりしないのかなあ。

 クローゼットも見てみようか。何だ、意外に服を持ってないな。デートする機会がないからか。それとも、旅行へ持って行ったか。1泊だからそんなに持っていくわけはないか。どうしてブラジャーを丸めてこんなところに入れてあるんだ。カップがでかいなあ。おっと、ドアにノック……誰だ? いや、どうして俺が忍び込んだら誰か来るんだって。

「バリー! バリー、俺だ!」

 聞いたことある声だな。元夫、いや現夫のマックスだな。また金をせびりに来たんじゃないだろうな。しかし、そんなでかい声を出したら家族が来るじゃないか。やめてほしいんだが。

「今日は、こないだ借りた金を返そうと思って来たんだ。だがよ、車が使えない間、保険が下りないって言われてよ。だからその間の生活費に使うから、やっぱりもうしばらく貸しておいてくれって頼みに来たってわけさ。それからよ、友達からも借りたんだが、そいつがすぐ返せって言いやがってよ。まだ返せねえって何度も言ってるんだが、あんまり待たしちゃあ悪いかって思って、もうあと100ユーロばかり貸してほしくってよ。それで……」

 マックスが大声で無心を続けているが、家の中からは何の反応もない。無視することにしてるのかな。それはそれで助かるが、バレリアはいないんだから、さっさと諦めて帰って欲しいものだ。

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