#5:第4日 (8) 魔術師の登場
6時前に船に戻り、夕食。今日も
食事の途中で
「あら、面白そう。ヴィヴィたちにも教えてあげなきゃ」
「
「あんたは見ないの?」
「フォルティーニってのは有名なマジシャンなのか?」
「さあ、私も知らないけど」
「プロのマジシャンじゃありませんよ。確か、本職は数学者だったと思います。でも、アマチュアとしては有名で、時々TVのゲストに呼ばれていたりしますわ」
ルーシーがそう言って教えてくれた。彼女はミステリー一辺倒のグレイスとは違って、その他のことにも興味があるようだ。まあ、グレイスの興味が狭すぎるとも言えるが。
「アマチュアねえ、どんなマジックをするんだろう。箱の中に閉じ込められて脱出するとか?」
「アマチュアでイリュージョンをやる人は少ないですから、そういうのじゃなくて、たとえば、カードを使うとか、ロープを使うとか、ステッキを使うとか」
「なるほどね。じゃあ、例えば帽子の中からウサギを出すのは?」
「そういうのもありますね。ハンカチを取り出したり、カードを取り出したり、コインを取り出したり……」
コイン! コインだと!? いやまあ、マジックというのは別に儀式ではないから、コインだからといってターゲットに関係があるとは……しかし、ターゲットに関する情報がなかなかつかめないので、何かしらヒントになる可能性のあるものは見ておきたい気がする。
「ふうん、しかし、昨夜といい今夜といい、どうして元々の予定にないスペシャル・プログラムが開催されるんだろう」
「さあ、それは……何なら、
「いやまあ、そこまでするほどのものじゃないから、いいよ」
食事が終わると、いったん部屋に戻ると言ってエレインと別れた。エレインはミステリー二人組を誘って一足先にラウンジへ行ったようだ。
部屋に戻ってから、
そして近くにある部屋の番号を見る。Bの50番台あたり。紛れもなく、バーキン
幸い今は人通りが少ないため、階段の方へ行って、今度は反対側の通路へ入る。そこにも船員専用階段があるのだが、そのすぐ正面に例の4人組の
普通はこんなところで泥棒するときは、足が付かないように1回きりにするものだが、最初の被害者がそれを公にしないような場合、ついでとばかりに2回目を実行することもあるのでは? もしそうなら、次はそれをいつ実行するかだが……
さて、俺は本職の泥棒ではないから、どういう考えに基づいて決めればいいかは不明だが、俺ならいつやるか、というくらいの考えはある。ただ、例の4人組には警告した方がいいのかどうか。
しばらく考えてから図書館へ行く。今朝、マルーシャのところで見たマザー・グースの本を探したが、なかった。ミステリーの本ももう一度探したがやはりない。マジックの本もない。この図書館は今回のステージで役に立ちそうにないことが判った。仕方がないので明日の寄港地マンサニージョのことをもう一度調べる。エレインが部屋に戻ってくれば、こんなことはしなくて済むんだがなあ。
1冊だけ、まだ読んでいなかった本を見つけたが、今まで読んだものより少しは情報が多いものの、大したことは書いていなかった。やはりラス・ハダス・ホテルへ行って、そこのアクティヴィティーで楽しむくらいしかない。明日は例の4人組とは別行動だが、エレインと二人きりで観光するなんてのはまっぴらだ。あいつだって多分そうだろう。どうにかして他の同行者を見つけるしかないが、バーキン兄妹か、それともミステリー二人組か……まあ、それは明日の成り行きで考えるか。
10時前にラウンジへ。今夜も立ち見が出るほど盛況だ。アマチュアのマジシャンでここまで客が呼べるのだから大したものだ。ただし、入場料が要らないから、というのもあるだろうが。マジック・ショー自体は別のマジシャンが2日目の夜にもやっていたはずで、その時はどの程度の入りだったのかな。合衆国民はとにかくマジック・ショーが好きだからなあ。コイン・マジックがあったらよく見たいので、少しでもステージに近い席を、と探していたら、前の方のテーブルでノーラが手を振っているのが見えた。俺のいる辺りは暗いのに、よく顔が判ったものだ。
「アーティーが来るって聞いてたから、席を取っておいたの」
テーブルのところまで来ると、ノーラが笑顔でそう言って俺に席を勧めた。俺は確実に行くと言ったつもりはないが、ありがたく座らせてもらう。ノーラとヴィヴィの間だが、ヴィヴィはエレインとのおしゃべりと飲み食いに忙しそうだ。すぐにウェイターが寄ってきたので、ルートビアを注文した。
ほどなくバンドの演奏が終わり、例のコメディアン顔の司会者が舞台に立つ。そしてマジック・ショーの演者“プロフェッサー”・フォルティーニを紹介した。照明が落ち、ドラムが鳴る。シンバルが鳴って、後ろの方でわっと言う声が聞こえたので振り返ると、ラウンジの中央辺りにスポットライトが当たっていて、シルクハットに黒マント姿の男が立っていた。紛れもなく、初日に見たフォルティーニ氏だった。周りの客は気付かなかったようだが、あらかじめウェイターか何かに変装していて、暗くなっている間に着替えて移動したのだろう。マジシャンの登場方法としては常道と思われる。ラウンジの客が一斉に拍手する。
続いてフォルティーニ氏は近くにいたホワイト・シャツの男に右手を差し出し、相手が握手に応じると、その袖口から真っ赤なシルクのハンカチを取り出してみせた。男が実に解りやすい驚きの表情を見せながら拍手する。さらにフォルティーニ氏はそのハンカチをくるくると回し、それから両手で丸めたかと思うと、中から大量のバラの花びらを取り出して、テーブルの上に降らせた。周りの客が大喜びで拍手する。合衆国民とは何と驚きやすいのだろうと呆れる。俺なんか
それからフォルティーニ氏はステージへ向かってテーブルの間を歩いて行ったが、あるテーブルのところで立ち止まると、客に一声掛けてからそのテーブルの上に置かれていたナプキンを広げ、表と裏に何も仕掛けがないことを見せてから、広げた左手の上に被せた。そしてそれを右手で取り上げると、左手にはウェイターが持つような銀盆が乗っていて、そこから炎が勢いよく立ち上っているのだった。鮮やかなものだ。熱くないのかしら、などとエレインとヴィヴィが囁き合う。揮発するアルコールが盆の表面で燃えているだけだから盆自体は熱くないはずだが、この二人に化学的な説明をしても理解できないだろうし、黙っておく。
近寄ってきた司会者に燃える銀盆を渡し、フォルティーニ氏はステージに上がりかけたが、思い付いたように引き返すと、何と俺たちのいるテーブルの方へやって来て、被っていたシルク・ハットを取って、それをあろうことかヴィヴィに持たせた。中に何もないことを確認させると、ポケットから取り出した大きなハンカチを一振りしてハットに掛け、さっと取り除くと、ハットの中から大量のカードが飛び出してきてテーブルの上やヴィヴィの膝に降り注いだ。ヴィヴィはまるで小さな子供のように大喜びしている。まあ、そういうキャラクターだと思って選ばれたわけだ。
俺は取り出したハンカチに仕掛けがあると見てじっくり観察していたのだが、全く見破ることができなかった。フォルティーニ氏は恭しい仕草でハットを取り戻し、一礼してからステージへと上がった。改めて大きな拍手が送られる。
「ご来場のみなさまには……」
そこまで言ってからフォルティーニ氏は黙り、拍手の音が小さくなるのを待ってから続けた。明らかなイタリア訛りがある。
「改めて自己紹介致します。ロベルト・フォルティーニです。本職は、たぶんほとんどの方はご存じないかと思いますが、数学者でして……」
そう言うと少しざわついたが、フォルティーニ氏は一息置いてからまた言った。
「マジックの方はほんの余技というか、趣味でやっているだけなのです。今日はバンドの歌手の方がご病気とかで、
その割には、マジシャンの衣装まで持ってきているし、ドラマーが音を鳴らすタイミングまで打ち合わせ済みのようだが、まあいいか。
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