#5:第3日 (2) フィルムと構図(フレーム)
8時25分頃にラウンジへ行ったが、4人組はもう既に来ていて、俺たちの席まで確保していてくれた。パンとコーヒーを取ってきて空いている席に座らせてもらう。横はノーラだった。リリーはまた俺から一番遠いところに座っている。せっかく甲板で話ができたのだが、そういう
「朝、甲板でジョギングしてらしたんですって?」
ノーラが気さくに話しかけてくる。昨日の夜も、エレインを間に挟んで隣に座っていたのだが、俺に何度か話しかけてくれたのが彼女だった。俺に興味を持っているとかではなくて、単に
「ああ、
「ええ、私も一緒に走る約束をしてたんだけど、眠くて起きられなくて」
「休暇で来てるんだろうからのんびりしていればいいさ。走りたければ明日からにすればいいよ」
「ええ、そうしようと思って。一昨日から食べ過ぎてて、ちょっと気になってるの。私、食べ過ぎるとすぐに太るんです。だから今朝もこれだけなの」
ノーラの前にはオレンジが二切れとコーヒーしかない。とはいえ、俺の方がバゲット・スライスが二つ多いだけなのだが。
「それは俺も同じだな。特に朝は少なめにしないとまずいんだ」
「あら、本当! そんなに立派な身体なのに、これだけで保つのかしら?」
俺のことを立派な身体とは褒めつつも、見ているのはせいぜい腕くらいだろう。ノーラの方はバランスのいいスタイルをしているが、肥満と無縁ではなさそうだというのは、ブラウスの半袖から覗く二の腕を見れば何となく解る。しかし、逆にこれくらいの肉付き方が、彼女の全体のプロポーションには合っているような気がする。
4人組のスタイルをじっくりと観察したわけではないのだが、ベスはグラマー型、リリーは痩せ型、ヴィヴィは“非痩せ型”で、ノーラが一番平均的な――多少骨太の感はあるが――体型だ。平均というのは合衆国の女としての平均であって、ヨーロッパとはたぶん違うだろう。俺としては好ましいのだが、痩せ型がいいと思ったり、胸が大きいのがいいと思ったりする時もある。女の体型に関する俺の好みは、俺自身でもよく判らない。
「君が言うように、俺も昨日と一昨日は食べ過ぎてるからな。これくらいでちょうどいいんだよ。今日の昼と夜はバランスを考えて食べないと」
「そうですね。もしかして、栄養バランスに詳しかったりします?」
その時、ちょうどエレインが席に戻ってきた。皿の上にパンやらスコーンやら果物やらが山のように積まれている。ノーラは口まで開けて驚いている。
「ワォ、美味しそう! その
ベスやリリーと話していたヴィヴィが目ざとく見つけて訊く。あっちのテーブルに新しく運ばれてきたとエレインが言うと、ヴィヴィは私も取ってくると言ってものすごい勢いで行ってしまった。ノーラは俺と目を合わせた後でくすくす笑っている。
「エレインは今日、見に行きたいところある?」
向こうの席に座っているベスがエレインに訊くと、そこからは今日の観光の話になった。エレインはプラサ・マカドを見に行きたいと答えた。一応ちゃんと考えているらしいが、それ以外にアイデアはないようだ。やはり奴は中途半端だ。
ノーラとリリーがガイド・ブックを持って来ていて、テーブルに広げながらみんなで見る。みんなで、といっても正確にはエレインとヴィヴィ以外と言うべきか。二人は食事の合間にガイド・ブックを見て、俺を含む4人はガイド・ブックを見る合間に食事をする、という感じだった。まあ、食べている量の差とも言えるだろう。
ベスとリリーの意見を元に、ノーラがそれをまとめてスケジュールを考えた結果、まず港から南の方にある
ノーラは他の3人の性格をきっちりと把握しているようで、バラバラになりそうな意見を手際よく整理して計画を立ててしまった。おそらく彼女は、エレインの性格も昨日の夜に話をしただけで十分把握しているだろう。何しろ、あいつは恐ろしく単純だから。
マサトラン入港は9時。朝食が終わったのは9時を過ぎていたが、これは意図したことで、到着直後は混雑するため、10分か15分ほどずらして降りようということになっていた。上陸用の荷物はめいめい
先にたくさん客が降りたので、タクシーは出払ってしまっているが、
小山といっても近くで見上げているとそこそこ高く見えて、ガイド・ブックには520フィートと書いてある。エレインとヴィヴィが不安そうな顔をしている。他の3人は楽しそうだ。性格の違いが実に解りやすい。
砂利道を登り始め、ジグザグをちょうど3往復、100ヤード行っただけで、エレインが音を上げる。俺に向かって、鞄を持ってくれなどと言う。町を散策すると言っているにもかかわらず、どうしてこんなに荷物が多いのか。おまけにヴィヴィまでついでとばかりに俺に鞄を持たせようとする。無碍にもできないので鞄を持ってやることにしたが、彼女がキー・パーソンでないことを祈る。
そこからは道がジグザグでなくなり、緩やかに曲がる坂道になったのだが、振り返ると港が一望できて、乗ってきた
そういえば、船を出た時から、ベスとリリー、俺とノーラ、エレインとヴィヴィがペアになって歩いている。ベスとリリーは特に仲がいいのは解っていて、同室らしいし、座る時もいつも隣か向かい合わせだ。ノーラは普段はヴィヴィとペアになっているのだろうが、エレインとヴィヴィがやけに意気投合しているらしいので、余り者どうしで俺とペアになってくれているのだろう。
ただ、先を歩いているリリーが、時々振り返って俺の方を気にしているので、俺と話をしたがっているのではないかという気がする。もっとも、朝のランニングで俺にしつこく追いかけ回されたので、その記憶が残っていて、後ろから来るのが気になる、というだけかもしれないが。
300段の階段を、エレインたちのせいで何度も休みながら登ること20分、ようやく頂上の
「そうだわ、ノーラ、写真を撮りましょうよ」
ベスが声をかけて、ノーラが鞄からカメラを取り出す。写真を撮ってくれる人を探そうとしているが、気軽に声をかけられそうな人が見つからないようだ。俺が撮ろうと言ってやったが、せっかく一緒に来たのに、などと言ってなおもきょろきょろしている。しかし、やはり見つからないらしく――彼女がどういうタイプの人間に頼もうとしていたのは定かではないのだが、中高年と家族連れくらいしかいなかったせいかもしれない――俺が撮ることになった。
カメラを渡されて驚いた。ライカのM4! そうか、この時代はフィルム・カメラがまだ全盛期なんだ。俺の時代でもフィルム・カメラは趣味人のためにまだ細々と生産されているが、ほとんど目にしない。俺は爺さんのコレクションの骨董カメラで使い方を教えてもらった。もちろん、このライカM4の操作方法も知っている。考えてみれば、俺の古い物に関する知識はみんな爺さんのコレクションがベースになってるよな。
しかし、ライカM4は高級機だったはずだが、なぜ彼女のような若い女が持っているのだろう。誰かから借りたのかな。後で訊いてみよう。女5人を、陸と海と船が入る構図のいい場所に立たせ、露出とシャッター速度を決め、
「OK、セイ・チーズ!」
近くと遠くの両方に
念のためもう1枚撮っておく。ノーラがフィルムを何本持ってきているか知らないが、デジタル・カメラと違ってそう何枚も撮るわけにはいかない上に、失敗も許されない。俺とエレインの写真も撮ろうかとノーラが言ってくれたが、遠慮しておく。エレインも撮られたがっていないようだ。
「ところで、このカメラは君の?」
「あら、いいえ、父に借りてきたんです。父はカメラに凝ってて……でも、私は全然カメラのことが解らないので、使い方も教えてもらったんです。忘れちゃいけないからって、紙に書いてもらって」
ノーラが鞄から取り出した紙を見ると、晴れ・曇り・屋外・屋内などの明るさ別に、露出とシャッター速度の組み合わせが何通りか書いてある。俺が設定した数字も書いてあって安心した。それに、レンジ・ファインダーの
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