#4:第6日 (9) 帝国騎士アルトゥール

 さて、屋根裏への隠し通路探しだ。第一の可能性は天井から降りてくる隠し階段。天井のどこかを棒でつつくと降りてくるとか、あるいは壁のどこかに隠されたハンドルを回すと降りてくるとか。別に、壁に隠されたボタンを押したらモーターで階段が降りてくるとかでもいいのだが、隠し通路が作られた時代を考えると、そういうのはないだろうな。

 そんなことを考えながら天井を見る。シンプルな、飾り気も何もない天井だ。壁とつながる隅の辺りに金色の凝った装飾があるくらいで、継ぎ目が全く見えない。クロス張りじゃなくて、漆喰だな。こんな天井が丸ごと降りてきたら、部屋中が占領されてしまう。まあ、巧妙に継ぎ目を隠してあるのかもしれないが、これだけじっくり見ても判らないのだから、ないのだろう。

 第二の可能性は壁の一部が隠し扉になっていること。窓のある三方の壁には、そんなものを作るのは無理だろう。隅には太めの柱が通っているが、天井に上がる梯子を中に取り付けるにはちょっと細すぎる。つまり、隠し扉があるなら、西側の壁ということになる。壁には真ん中に暖炉、そしてそれを挟んで南側にベッド、北側に書き物机がある。壁自体には天井と同じく継ぎ目は全くない。暖炉以外の装飾品は壁に取り付けてあるランプで、ベッドと暖炉の間に一つ、書き物机がある側に等間隔に三つ並んでいる。

 暖炉は使わなくなったらしいが、装飾品として残してあるのだろう。炉室から中を覗き込んだが、ダンパーがあるはずのところを漆喰で塞いである。念のために押してみたが、びくともしない。炉室の中の壁が動く、というのもよくある手だが、押しても壁の冷たい手触りがするだけだ。炉室から顔を出し、全体を眺める。マントルピースの一角が外れるようになっていて、そこに隠されたレヴァーを動かすと、なんていうのもよく聞くが、白い大理石の塊を穿って作ってあるらしく、一部が動くなんてことがありそうにない。炉棚の上には置き物も何もない。

 続いてベッド。一番多いのはヘッド・ボードが動くことだ。黒檀と思われる高級そうな木材が使われているが、叩いても虚ろな音はしないし、継ぎ目は紙一枚入りそうもないほどぴったりと接合されている。頭の近くの壁が動くというのもあり得ることだが、天井と同じく漆喰で塗ってあるので、継ぎ目が全くない。念のために、ベッドの下を覗く。カーペットが隙間なく敷き詰められている。そしてベッド自体は床に取り付けられて、動かせないようになっていた。

 それから書き物机。壁に寄せてあるが、床に固定してあるわけではない。しかし壁との隙間を覗き込んでも、何もない。継ぎ目を隠してあるわけでもない。だから、もし壁が動くとしたら、全部を回転させるしかないな。大ごとだ。回り舞台だぜ。モントフォールの湖上劇場じゃあるまいし。

 いったん、隣のドレッシング・ルームに戻る。クローゼットと鏡に抜け穴がないかを見るためだが、そもそも王の部屋との間の壁が薄すぎて――といっても1フィートくらいはあるのだが――クローゼットや鏡の向こうに通路を作るのが不可能だ。クローゼットは天井まで届いていないので、中から屋根裏に行けそうもない。

 次に王の部屋と接する北側の部屋へ行ってみる。質素な部屋で、小さな書き物机と、戸棚がいくつか。家令スチュワード執事バトラーの控え室かな。王のそばにいる必要がある時だけ使う部屋かもしれない。しかし……やけに狭いな。判った。王の部屋との間の壁の一部が、厚すぎるんだ。戸棚で巧妙に隠してあるが、よく見ると壁と天井の間の装飾が途切れている。

 王の部屋へ戻って、その壁がどこに当たるのかを見る。書き物机のところだ。しかし、念のために書き物机を少しばかり動してみても、やはり継ぎ目はなかった。どうなってるんだ? まさか、この下の部屋――たぶん、王太子の部屋と思うが――からなら屋根裏へ行けるのだろうか。しかし、王の部屋からは行けないなんて、そんなことあるわけがない。何のための隠し通路なんだ。下の部屋へ行って確かめている時間もなさそうだし……

 とにかく、この“壁”を通り抜ける方法を考えなければならない。特に意味はないが、書き物机の椅子を引き出して座ってみる。クラシックな形をしているが、意外と軽い。座面は布張りで、適度な反発力があって座り心地がいい。これも一つの“玉座”だな。座ったまま壁と天井を眺める。壁からは、この書き物机のためと思われるクラシックなデザインのランプ――もちろん、中は電灯に換装されている――が突き出している。このランプの中に隠しスイッチがあって、それを操作すると隠し扉が現れる、なんてのが面白いのだが、そもそも壁に継ぎ目がないんじゃあ扉が現れようがない。

 ……ああ、そうか。きっと、これまでこのステージ内で見てきた物の中に、ヒントがあったんだ。行くところが多すぎて、一部の場所では真面目に見て回らなかったりしたこともあったから、見逃したか聞き逃したかしてるんだろうな。ハーレイ氏ならすぐに判ったかもしれない。今頃、地下でどうしてるのかね。そろそろ気が付く頃じゃないかな。

 そういえば間もなく、王女のお茶の時間だ。今、王女の部屋へ戻ると、メイドが現れたりしてややこしいことになりそうだが、いったんは戻っておくか。降参です、という報告になりそうだがな。椅子もちゃんと元に戻しておこう。一瞬でも玉座を感じられたのは面白かったが……おっと、椅子がラグに引っかかった。こいつは鋲で床に留められてないんだな。まあ、この屋敷は床のほとんどにカーペットが敷いてあるから……あれ?

 椅子に座ってもう一度考え直す。もしかして、判ったんじゃないのか、隠し通路の入口が。


 王の部屋を出て、2階の王女の部屋へ戻る。侍女の控え室からドアをノックする。

「お入り」

 王女の涼やかな声が聞こえた。最初に聞いた時より、ずいぶん声の通りがよくなったような気がする。中へ入り、再び王女に拝謁する。王女は本を読んでいたようだ。栞のようなものを挟み、静かに本を閉じたのが見えた。

「お茶の時間にはまだ少しありそうですか」

「お茶は出ないかもしれませんね。リルやエリザがまだ眠っているようですから」

 なんだ、お茶を淹れるのは隣の部屋の侍女か。それじゃあ、まだあと2時間は無理だろう。急いで戻ってくることもなかったかな。でもまあ、そろそろ使いの者ってのが帰ってくる時間だろうし。

「何か判りましたか?」

 本をベッドの脇の小テーブルに置きながら王女が訊いてきた。

「判らなかったらどうなります?」

「隠れられないのですから、お帰りになる他ないでしょう。もちろん、捕まらないという保証はできませんが」

 やっぱりそうか。現実は厳しいな。

「では、もし見つけたと申し上げたら……ご覧になることをお望みになりますか?」

 こちらを見ていた王女の目が輝く。青白かった頬に、赤みが差してきたように見えた。

「一度は見たいと思っていました」

「ご同道願えれば、お目に掛けることもできましょう」

「そうしたいところですが、ロイバーの言を安易に信じることはできません。私を騙して人質にすれば、身代金ルーズゲルトでもネックレスハルスケッテでも、あなたの思いのままに手に入れることができるでしょうから」

 おやおや、元お転婆王女も、大人になったと思ったらずいぶん慎重なんだな。まあ、仕方ないか。こっちは所詮、ただの素人泥棒だ。隠し通路の在り処を教えた後で、捕まったって文句は言えない身分だからな。

「では、如何いかようにいたしましょう?」

「あなたを帝国騎士ライヒスリッターに叙任します。私と、この国に忠誠を誓いなさい。そうすれば、あなたの言を信じてもよいでしょう」

 帝国騎士インペリアル・ナイトだと? 王女のネックレス目当てにこそこそやって来て、当てが外れた上に隠し通路探しの使い走りまでやらされた、フットボーラー崩れの泥棒もどきを? いやいやいや、とんでもない王女だ。しかも、明らかに順序が逆だし。普通、忠誠を誓うから騎士に叙任されるんだろうが。おおかた、昔からこうやって人を振り回すのが好きだったんだろうぜ。仕方ない、付き合ってやるか。

「ありがたき幸せ。王太女殿下ハー・ロイヤル・ハイネス・クラウン・プリンセスとこの国に忠誠を誓います」

「では、アルトゥール、こちらへ」

 いや、わざわざ名前をドイツ風に呼ぶ必要はないと思うんだが。というか、ちゃんと名前を憶えてたのかよ、たかが泥棒の。しょうがない王女だなあ。言われるままに部屋の中央まで進む。王女は穏やかに微笑んでいる。立ち止まったら、もっと近くへ寄れと目で合図された。王女は目の使い方がうまい。一歩ずつゆっくり進んでいたが、とうとう王女のベッドの横まで来てしまった。

 近くで見ると、まばゆいばかりの美貌に神々しいまでの威厳だ。病気でやつれていなかったら、俺なんか圧倒されてとても近付けなかっただろう。マリーの姉のギーゼラが王女にどれだけ似ているか知らないが、王女の代わりに結婚式に出たとして、これほどの威光を放つことができるのかどうか。

「これより、騎士叙任式リッテルシュラークを執り行います。アルトゥール、ひざまずいて、こうべを垂れなさい」

 何だかなあ、王女のお遊びに付き合わされてるだけのような気がするんだが、仕方ないので言われたとおりにする。王女が小テーブルの上から何かを取り上げ、それを俺の右肩の上に載せた。

「直りなさい。この剣を授けますのでおきなさい」

 剣? 顔を上げると、王女が俺の顔の前に何かを差し出している。剣の形の……ペーパー・ナイフ? こんな物、どこに置いてあったんだ。ああ、もしかして、本の栞代わりに使ってた? 呆れるぜ。まさか、こんなつまらないことを思い付いたから、帝国騎士だの叙任式だのと言い出したんじゃないだろうな。お転婆はいまだ健在ということか。渡されたペーパー・ナイフをポロシャツの胸ポケットに無造作に突っ込んで立ち上がった。

「ありがたき幸せ。きっと伝説の名剣でしょう」

「ええ、『ニーベルングの指環』に登場するノートゥンクです。では、アルトゥール、王の部屋へ案内しなさい。車椅子を」

 ベッド脇の車椅子を広げて用意する。しかし王女はベッドに寝そべったままだ。まさか、自力では乗らないつもりか。

「アルトゥール、玉体へ触れることを許します」

 つまり、抱き上げて車椅子に乗せろって言いたいんだな。それはいいけど、掛け布団の下はちゃんとした寝間着なんだろうな。謹んで布団をめくると、純白の清楚なネグリジェだった。安心した。膝と脇の下に腕を入れ、王女の身体を抱え上げる。重くはない。なるべく優しく車椅子に載せて座らせる。

「膝掛けを」

 小テーブルの上に畳んであった膝掛けを王女の膝に乗せる。手の掛かる王女だ。まあ、こっちはフットボーラーなんで、他人から細々と指示されるのは慣れてるけどな。ようやく準備が整ったので、車椅子を押して部屋を出る。

「リルやエリザはまだ起きないでしょうか」

 待女の部屋を通る時に王女が心配そうに言う。

「さて、睡眠薬を飲まされたのだと思いますが、どれくらいの量だったかは判りませんので、何とも」

「そうですか。あと1時間くらいは起きない方がよいのですが」

 そっちの心配かよ。

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