#4:第6日 (7) 王女の部屋
「なかなか観察力があるのね。もう少しで騙せるかと思ったのに」
女はさっきまでとがらりと態度を変え、不敵な表情で言った。本性を現した、というところかな。男がその脇に寄り添い、にやけた顔をしながら俺の方を見る。どうにも不釣り合いな感じだが、
「そりゃあ無理ってもんだ。化粧だけじゃなくて、手足の手入れも行き届いているし、話し言葉がこの国の女と違うし、おまけに不法侵入者に捕まってるのにパニックも起こさず物分かりが良すぎるってんじゃあ、疑わない方がおかしいって」
「そうね、少し大人しくしすぎたかしら。あいにく育ちがよくって」
確かに美人で理知的な顔立ちだが、どこか険のある表情だ。男は痩せているが俺より背が少し高く、不遜な面構えをしている。ハーレイ氏からもらった情報も役に立ったよ。彼を気絶させて地下の横穴に引っ張り込んだのはこいつらかもしれないな。
二人とも使用人の服装をしている。女がメイドの扮装で男は執事か? どこで用意したんだよ。俺よりちょっと前に忍び込んで……いや、俺が慎重に行動しすぎたからここまで来るのに時間がかかったが、せいぜい15分くらいの差だ。それでも着替える時間なんかないはずだぞ。最初から着てきたんなら、ずいぶん手際が良くて結構なことだ。
「王女はここにいるんだな?」
「さあ、どうかしら。ご自分で探してみれば? でも、がっかりすること請け合いよ」
「ご忠告ありがとう。だが、俺は何事も自分で確かめなきゃあ気が済まなくてね。で、あんた方はこれからどうするんだ?」
「決まってるでしょう、ターゲットを盗りに行くのよ。邪魔されたくないから、あんたはしばらくここで遊んでなさい」
「そうさせてもらおう。25秒間だけここから動かないでいるから、その間にさっさと行ってくれ。おっと、泥棒が入ったって騒ぎ立てるのはなしにして欲しいがね」
「そうね、私たちも逃げにくくなるから騒ぎはごめんだわ。行くわよ、ヴェルナー」
女は先に立って階段を降りていった。名前を聞くのを忘れたな。まあ、こちらも名乗ってないからいいか。男は俺の方に陰険な視線を飛ばしながら、女の後を追って階段を降りていく。あいつ、結局一言もしゃべらなかった。
さてさて、つまらない邪魔が入ったが、本当の使用人に見つからなくてよかった。それにしても、大騒ぎというわけじゃないが、それなりにドタバタしたはずなのに、誰も気付かないものなのかね。
それはまあいいとして、女の言葉は少し気になる。がっかりすること請け合い、か。王女に会えたとしても、ターゲットの情報が得られないという意味か? それは実際に王女に会ってみれば判るだろう。
あの二人がこのフロアにいたということは、王女もこのフロアにいるということだと思う。東側の、一番奥の部屋か……いや、西側だな。東側は、王子がいたら使う部屋だろう。3階は王と女王、2階は王子と王女。男の部屋が東側、女が西側。俺が部屋に序列を付けるならそうする。あの二人の行動とも符合する。
2階の西側だけでもいくつも部屋があるが、一番手前から見ていくか。廊下を挟んで北側と南側に部屋があるが、たぶん南側だろう。王太女なんだから、なるべくいい部屋を使わなきゃあ。
さて、一番手前のドアだが、レヴァータンブラー錠だ。開けてみたが、中から閂が下りているらしくて、ドアが開かない。次の部屋も同じタイプの錠だったが、中に入ることができた。だが、誰もいなかった。部屋も思ったより狭い。部屋の真ん中に
隣の部屋との間にドアがある。そこを開けると、広い部屋に出た。壁は薄いクリーム色で、天井も同じ。豪勢なシャンデリアがぶら下がっている。壁には絵画が飾られているわけでもなく、椅子が何脚か押しつけてあるだけだ。奥の壁のところに天蓋付きのベッドが置いてある。しかしやはり誰もいない。空き部屋か。
侍女の部屋を通り抜けてまた廊下に出て、隣の部屋へ行く。錠は開くが、やはりドアが開かない。その次の部屋のドアは開いた。中に入ると、女が二人、テーブルを挟んで椅子に座って眠りこけている。なんだこりゃあ。テーブルの上には飲みかけのコーヒー・カップが二つ。ひょっとすると、あいつらに眠らされたのかな。ゾフィーを眠らせたのと同じ手口か。じゃあ、しばらく起きないだろう。ずいぶんと効き目の早い眠り薬があるもんだ。それとも屋敷内に協力者がいたか?
それはいいとして、この部屋に侍女がいるということは、隣の部屋には王女がいるということだ。ずいぶんあっさりと見つけることができた。しかし、ポロシャツにジーンズじゃあ、謁見にはちょっと失礼か。もっといい服を着てくればよかった。せめてあの二人組並みに。ドアの前に立ち、軽く咳払いをしてから、ドアをノックする。
「
かろうじて聞き取れるくらいの小さな声だった。ゆっくりとドアを開けて中に入り、丁寧にドアを閉める。先ほど見たのと同じような広い部屋だ。壁と天井はミント・グリーン。落ち着いた、というよりは、爽やかな感じだった。
奥の壁際に、やはり天蓋付きのベッドがあって、今度はそこに女がいた。マットを起こして、もたれかかりながら寝そべっている。やつれた表情だが、凜とした高貴な顔つきは疑いようもなく王族のものだった。そして、
「誰です?」
「突然現れましたる失礼をお許し下さい、
王女の威光のせいか、つい丁寧な言葉遣いになってしまう。
「リルやエリザはどうしました? まだ眠っているのですか?」
「はい、殿下。その次第で、お取り次ぎ頂けませんでした」
どうやら侍女が眠らされたことをご存じのようだ。つまり、王女はさっきの二人組と会話をしたということになる。その時の様子が、想像できるね。突然王女の寝室に押し入って、侍女はどうしたと訊かれたら、よくお休みだよ、なんて答えたんだろう。
「あなたも何かを盗みに来たのですか? でしたら、お帰りなさい。あなたの目的の品物はここにはありません」
うん、まさに取り付く島もないね。力のない声だが、威厳溢れる響きでそういうことを言われると、従わなきゃならんって気がするよ。さすがは王女だ。だからと言って簡単には引き下がれないんだが。
「お身体が優れないと伺っておりますが、二言三言、お話を聞かせていただけないでしょうか?」
「
「いいえ、先ほどの二人組と同じ、泥棒です」
「でしたら、お帰りなさい。何も話すことはありません」
即答だった。
「失礼いたしました。では、すぐに引き下がりますが、その前に……ここから外の景色を少しだけ眺めてもよろしいでしょうか?」
「では、2分間だけ許しましょう」
時間稼ぎのために言ってみたのだが、ご親切な王女様で助かる。しかし、この部屋の窓から見る景色が素晴らしいのは事実だ。隣の部屋へ入って中を物色した時に気付いた。特に湖の広がり具合……何がどういいのか具体的な説明が付けられないのだが、左手の丘陵が湖を抱き込む感じから、緩やかに右側に続く湖岸線、そしてその向こうの町並みと背後のアルプスの山の稜線、さらにその上に広がる空の配分が、まさに絵のようというか、いや実際には風景があってそれが絵が描かれるのが本来なのだが、とにかくいつまで眺めていても飽き足らない景色だ。待てよ、確かこんな絵を美術館で……何とかいう王室画家の描いた絵の中にあったような。
「いや、何とも結構な景色です。ご病気の無聊もさぞかし慰められましょう」
「そうですね、島は何かと不便ですが、王宮よりも居心地がよいのは景色のせいもあるでしょう」
おや、こっちの話に乗ってきてくれた。その線で攻めるのがいいのだろうか。
「こちらへは年に何度くらい?」
「3、4度でしょう。月に一度は来たいと思っているのですが、供の皆に不便をかけるので、それもままなりません」
「では、お元気であられた時には月に一度は?」
「ええ」
「その頃は供の者も少なかったのでしょう」
「ええ」
「時にはここを抜け出されて……そう、ここから見える、モントフォールやザンクト・マルティンなどへ遊びに行かれたこともおありでは?」
「湖の周囲の町はどこも綺麗で、素敵だと思います。何度も訪れたくなるところばかりです」
例の湖底トンネルを使っていたのはこの王女ではないかと思って鎌を掛けてみたのだが、さすがにはっきりした答えは返ってこなかった。しかし、否定はされなかったな。
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