#4:第6日 (6) 水の城へ
扉を大きく開けると錆できしむ音がした。中に滑り込んで、扉を閉める。辺りをペン・ライトで照らしたが、広そうだ。地下室……だろうな。だが、何もない。物置きとして使っているわけではないようだ。もしかしたら、湖底トンネルを通って脱出する前の、一時避難場所のようなものか。部屋の床石も、トンネルとは違って、平坦に削った石が使われている。かつてはここに椅子や机が置かれていたり、床にカーペットが敷かれていたりしたことがあるかもしれない。
それはさておき、ここはどこの地下室で、どこから上に出られるのか。左の奥の隅に、鉄の扉がある。そちらへ行ってみる。閂があるが、外されている。顔の高さよりも少し低いところに、横長の四角い鉄板がぶら下がっている。きっと覗き窓の蓋だろう。開けて覗いてみたが、向こう側も真っ暗で何も見えない。取っ手を引くと、開いた。扉の外にも閂が付いている。解った。つまり、扉の内側の閂はこの部屋に立てこもるためのもので、外側の閂は島外からの侵入を防ぐためのものだろう。この扉を、どちらにも使えるようにしているんだ。
それはさておき、扉の外へ出ると、階段があった。見上げても真っ暗だ。しかし、階段を上がってよく見ると、扉の周囲から薄く光が漏れている。下の扉と同じように蓋付きの窓があった。覗いてみたが、やはり真っ暗で何も見えない。一体、何枚扉があるんだ?
扉の外へ出る。今度は狭い部屋だ。いや、正真正銘の物置だな。空っぽの棚があるだけで、荷物は何も置いてないが。すぐ横の壁に木の扉がある。開けると……祭壇と椅子だ。教会? いや、礼拝堂だな。屋敷の横に見えていた、礼拝堂の中だ。灯りは点いていないが、窓から入る光で中の様子がよく判る。小規模ながら、整った造りだ。下からの階段は、祭壇の後ろに作られていたようだ。
さて、礼拝堂に出られたのはいいが、ここから屋敷までどうやって移動するか。島を外から見たときには、礼拝堂は屋敷と少し離れて建っていた。渡り廊下はなかったように思う。ということは、迂闊に外へ出ると、誰かに見つかってしまう可能性があるわけだ。なおかつ、礼拝堂の正面の出入口は屋敷から丸見えだ。横か裏に、通用口があるだろう。それを探す。
祭壇を挟んで、反対側の小さな部屋があった。おそらくは司祭の準備室かな。そこにもう一つ扉があった。外へ出られるようだ。屋敷の窓を一つ一つ見て、どこもカーテンが開いていないのを確認してから外へ出て、木立に隠れながら屋敷に近付く。壁に張り付いた。これで屋敷の中からは見えないだろう。しばらく様子を窺うが、屋敷の中で誰かが動いたり出てきたりする気配はない。どうやら見つからなかったようだ。
さて、これから屋敷に侵入しようと思うが、中にどれくらい人がいるだろうか。男の使用人は?
女の使用人は、まず王女の世話をするメイドがたくさんいるだろう。その他、料理人も何人かいるに違いない。全部で10人以上? わからん。合衆国の金持ちの家庭ならともかく、王女一人が滞在する屋敷のために、何人いるのか想像も付かない。ただ、さっき誰か出て行ったはずだから、普段よりも数人が減っているはずだが。
待てよ、リッツェル島で大公の屋敷を見た時に、どこかの観光ガイドが使用人について説明をしていたような……しまった、あそこではそういう情報を仕入れなければならなかったのか。それに、屋敷の間取りについても参考にできることがあったかもしれない。
俺がこの手の屋敷について知っているのは、1階がパブリック・スペースで2階以上がプライヴェイト・スペースということくらいだ。だが、屋敷の主人の部屋が一番いい場所にあるということくらいは想像できる。王女の部屋はそれに近いところにあるだろう。使用人の部屋は、L字の短い方の
それでも、とにかく屋敷の中には入ろう。屋敷の正面入口は北東側にあり、礼拝堂から見えていたが、そんなところから堂々と入るわけにはいかない。島の南側の船着き場の方にも出入口があるはずだから、そちらから入るのが無難だ。
木立ち伝いに、屋敷の南側に回る。
フランス窓に近付いてガラス越しに中を覗き込む。ここがL字の折れたところに当たるので、
人がいないのを見定め、意を決して錠を開ける。レヴァータンブラー錠だった。王女が滞在する屋敷といえど、この程度のセキュリティー・レヴェルか。まあ、島であること自体がセキュリティーになっているがな。そっと窓を開けて中へ入る。床には臙脂色の厚手のカーペットが敷いてある。足音が立たないのでこれはありがたい。
さて、すぐに本館の方へ行くか、それとも上の階へ行くか。鞄を持っているので、これをどこかの空き部屋にでも放り込んで身軽になりたい。本館の1階なら
さて、次は王女の部屋探しだ。屋敷の中をうろつくのはできれば夜の方がいいのだが、それまでに王女が王宮へ帰ってしまう可能性もあるので、今しか時間がない。もちろん、王女がまだこの屋敷にいるとしての話だが。
とりあえず2階から探す。エントランス・ホール脇の階段を上がる。そしてそっと廊下を覗き込んだ……はずだったのだが、いきなりメイドと鉢合わせしてしまった。まずいな、これは。分厚いカーペットは、相手の足跡も聞こえなくするから困る。
「
声を出しかけたので手でメイドの口を塞ぎ、素早く背後に回り込んで腕を捻り上げる。そしてメイドの身体を壁に押しつけて、動けなくする。メイドはすっかり怯えてしまって身体に力も入らないようだ。
「
若くて背の高い、か弱そうな女だった。何か言おうとして口を動かしているが、呻き声だけが漏れてくる。本当なら、こんな手荒なことはしたくなかったんだが、なるべく痛くしないでやるから許してくれ。
「質問に答えてくれればこれ以上の乱暴はしない。解ったか?」
メイドは身体中をがたがたと震わせながらも、小さく頷いた。頭の後ろでまとめた明るい茶色の髪が揺れる。
「王女はどこにいる?」
そう言って口を押さえた手を少し緩め、顔を横に向けてやる。メイドは青ざめて泣き出すんじゃないかと思うほど顔を引きつらせていたが、悲鳴は上げたりせず、震える声で囁くように言った。
「
「いない? じゃあ、王宮か?」
「はい……今朝、お戻りになられて……」
「本当に?」
「はい、本当です……」
「信用できない」
「どうして……」
「いかに王女付きとはいえ、メイドにしては化粧が濃すぎるんじゃないのか?」
おまけに微かに香水の匂いまでする。下仕えのメイドがそんなにおしゃれするわけがないだろうが。しかもどこかで嗅いだ覚えがある。相手は黙り込んだままだ。
「お前、
「いいえ、私は……」
メイドの視線がおかしな方向へ動いた。同時に、後ろに人の気配を感じて、思わず飛び退く。型のいいスーツを着た、背の高い痩せた男がいつの間にか背後に立っていた。危うく殴られるところだった。まあ、相手も大怪我をさせないように手加減はするだろうがな。この男、どこから現れたんだ。そこらの空き部屋に潜んでいたのか。これだから分厚いカーペットは困る。
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